雪ノ下と申します。
気ままに書いていきます。
突然打ち切るかもしれませんし突然違う話を書くかもしれませんし突然打ち切ったと見せかけてからの投稿なんてのもあるかもしれません。許して。
小説を書くのが好きでいい気分転換になるので、参加させていただきます。
よろしくお願いします。
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雪ノ下 No.11436959 2011年11月06日 00:27:23投稿
引用
試験勉強を頑張る学生でも、試験勉強を諦めた学生でも、現実を諦めた学生でもいい。
贅沢な暮らしをするサラリーマンでも、僅かな贅沢をかみしめるサラリーマンでもいい。
まだ何もわからない子供でも、全部解っているように笑う老人でもいい。
——あなたは、運命を信じる?
運命っていうのはそもそも、予定調和みたいな意味。
冷蔵庫から卵を取り出して、自分の頭に思いきりぶつけてみなさい。割れるでしょう?
え?割れないって?それはあなたが逃げているだけよチキンめ、早く割りなさい。冗談よ。
つまり卵に衝撃を加えれば割れる。同様に扉を開ければ扉が開き、首を絞めたら人は死ぬ。
原因があれば何かが起きる。それをこの世界では運命と呼ぶ。
運命線なんて言葉が教えてくれるように、人は自分の人生を線で見ている。
いくつもの分岐点を数え、その先の未来を幻視し、あのときああしていればと嘆く。
それはつまり、神様の視点で自分の生き様を見ているということ。
未来からなら、人は自分の一生をその程度には理解できるのだ。
「——もっとも、私はそんなの信じないけれど、ね」
道を歩けば、足音が響く。これは運命である。
人が運命だなんて大げさに言っているのは所詮こんな程度のことにも当てはまる式なのだ。
そういえば、「運命の人」だなんて言葉がある。笑える。大爆笑ものだ。
その二人の出会いが運命だった、初めから決定づけられていただなんて、笑い飛ばしたくなる。
よく考えるとこの言葉ってすっごく頭悪いんじゃないかとすら思う。
運命ってのはそんなんじゃない。
誰かとの出会いも、受験の合否も、天変地異も戦争も世界も、日常も。
奇跡が積み重なることが運命づけられていたなんて、そんなわけない。
私は世間一般のそういう考え方を信じない。
世界線も運命線も存在しないし、ラッキーもアンラッキーも運命の赤い糸も信じない。
私たちのこの世界はたった一つの物語。たった一本の直線以外では表せない。
IFの世界もパラレルワールドも違う未来も、奇跡も幸福も不幸も、存在しない。
宇宙が生まれ、地球が生まれ、私が生まれ、今この道を歩いているのも、すべて運命。
どんな確率で最悪のカードを引こうと、どんな確率で不幸な病に罹ろうと、どれだけ迷って生活しようと、それらはすべて、世界によって元から作られていた筋書きに沿った物語の一端に過ぎない。
だから、こんな具合に。
「あっ」
「あ?」
「う、うわ、わわ、わ」
「ああ…」
「うわわわわわわわわっ!??」
目があったような気がした男性が、そこの病院の窓から転落するのだって、運命なのだ。
どんなありえない事態でも、それは運命。神様が書いた小説の一部でしかない。
だから、面倒だと思いつつ私が助けようとして、救急車を諦めて警察に連絡しようとして、
「あら?」
その男が転落防止ネットに引っかかって助かったのを見てなんだか残念な気がするのも運命。
「た…助かった…」
だから…嗚呼、我ながらしつこい。もう運命語るの疲れてきたわ。でも、
「ん?あ、れ…あ、あぁっ!」
「…は?ちょ、はぁぁっ!?」
——その転落防止ネットから私に向かって落ちてくるのまで運命とか、神様ふざけてる。
雪ノ下 No.11437091 2011年11月06日 01:11:24投稿
引用
「………」
「……あはっ」
「え?あ、はははっ」
「あっはははははっ」
「はははははははっ」
そのネットからは大した高さでは無かったので、仕方なく受け止めて抱えてあげた。
男だっていうのになんだかふわふわしている。体重が。何こいつ、私より軽いんじゃない?
目が合ったので笑いかけた。病人には優しくするべきだよね!
すると彼も笑った。親しみの持てる素敵な笑顔だった。
笑いあう私たち。人間、分かり合えるものですね。
「——分かり合えたとでも思ったかこの小僧!いったいどんなゴミカスな注意力してたら窓から落ちるんだッ!?」
「えええ!?口を開かなければ良かったのにこの人!落ちるところからやり直させて!」
「そうか、ならばやり直すがいい、ただし一人でな!!」
「そしたら僕はコンクリの地面に熱すぎるキスをされますよね!そんなファーストキスがあってたまるか!」
「心配するな、ネットの高さからなら死にはしない!だからお前が窓に戻るまでの間に私はどんな手を使ってでもあのネットを取り除いておこう!」
「今ものすごく遠回しに死ねって言われたっ!?」
男性とか男とか小僧とか病人とか廃棄物とかゴミカスとか表現したが、その人物は少年だった。
年は私と同じか、もしくは年下だろう。まだ子供らしさの残った子だ。カッコいいというより可愛い。下手をすると私の女の友人よりも可愛い。可愛いので道路に投げ捨てるのは遠慮しておいてあげた。
それからどうしたって?
私はその子を抱えたまま病院のロビーに入り、できるだけ苦しそうな顔で「この病院の窓からゴミが落ちてきたんですけど。不法投棄はやめてくださいな」と受付の人に言って、少年に「酷過ぎる!」と軽く泣かれ、受付の人が「羽生くん、後で詳しく話を聞かせてもらうわよ?」と背後にゴゴゴ…という謎のオーラを発しながら凄み、少年は私の腕から降ろされ、別の看護師さんに背負われていった。
…わかったのは、彼の名前が羽生——はぶ、ではなく、はにゅう。確か埼玉県の地名姓だったっけ…?——という苗字であること、病院側の彼の扱いが私の彼の扱いと大差ないこと、…そして彼は左足を怪我していて、それが原因で入院しているのであろうということだった。看護師が彼を背負ったのはそういう理由だろう。
病室までついていき、そこまでの道のりを記憶し、今の転落で怪我に影響がないか検査している彼らを尻目に、病院を出た。
もうそこまでで充分だ。病室に残って、医者たちが去ってから彼と話す必要などない。
私の運命は決まっている。この胸にある意志が、その運命を決めてしまう。
普通じゃないんだ、私は。さっきまでの罵詈雑言を聞いてもらえれば分かるだろうけれど。普通の人と違ってそういう運命は信じないし、こういう運命は信じる。そして、運命を感じる感覚を理解できる。たぶんこれって異常なんだと思うよ。
要するに、私は今日はここを立ち去っていいってこと。
…私の全身が、彼も異常だって叫んでるんだから。
…私の信じる運命は、彼が明日も窓から落ちるってことだから。
雪ノ下 No.11439025 2011年11月06日 18:20:25投稿
引用
途中、見知った顔とすれ違う。
「……寒川、学校はどうした」
「そっちこそ。あ、あたしは勿論サボりだけど?」
寒川なんとかさん。私の通う学校の同級生だ。
以前はおとなしめな子でクールビューティ寒川の名を欲しいがままにしていたが、高校進学した頃からだんだんとチャラついていき…。
「学校はちゃんと行くものだぞビッチ寒川」
「ビッチとか言うな!あたしはそういう経験なんてないっつーの!」
「…そこまで聞いていないんだがなぁ…じゃあそのほとばしるほどのビッチ臭はどこから来るんだ?」
「え!?あたし臭い!?……すんすん…漂白剤の香りがするわね…」
自分の服のにおいを嗅いで漂白剤の香りを確かめる寒川。何こいつ、新しすぎる変態か。
「今日はどこに行くんだビッチ変態?」
「ああ、ちょっとギターをいじりすぎたらちょいと故障しちゃってね、人混みがマジ勘弁な東京の楽器の街と言われるところまでギターを直してもらいに行くんだ。あとアンタ、私の呼称がおかしすぎる」
「故障?それはどんな故障なのだ?」
「ビッチ変態とか酷過ぎない!?」
「呼称が故障してるって寒川…寒すぎるぞビッチ…」
「理不尽すぎる!?」
高校進学したころから、彼女は突然エレキギターにはまりだした。
なんでもどこぞのガールズロックバンドに傾倒し、それの真似をし始めたらこんなビッチっぽい女になったらしい。なんだそのバンド。ガールズビッチバンドと呼んでやる。
「ま、夢を見るお前は格好いいよ。じゃあな」
「え?あ、ありがと、ばいばい…」
そのビッチ変態は頬を染めて、胸元で手を小さく振った。何この子、羽生が中の下レベルに見えるほど可愛い。これが…恋?…いやビッチか。
寒川と別れて、病院に到着。
今頃、世間の私の同年代の連中は退屈な授業を受けているだろうが、私たちは違う。
それぞれがまったく違う意味を持って、ある意味同じように生きている。
それぞれがまったく違う敵と、戦って戦って戦って、生きているのだ。
だから、
「あっ、おはようございます昨日の変なお方〜!」
そんなこんなで、羽生という男は転落防止ネットから挨拶してくる。
「あれ?無視ですか?ってか——あ、やばい」
なんでそんなところにいるんだ、というツッコミはもはや不要だった。
もう確定的。こいつ危ない子だ。
「わ、わ、わわ、お、落ち、落ち——!」
「あ、悪いけど今日ちょっと腹痛いんで。落ちようもんなら空に還すよ?」
「ヒュー…!この落差からの重力エネルギーとそれに真っ向から対抗してアッパーとかおまってうわああぁっ!!」
そんなこんなで、今日も羽生は空を飛べやしない。
雪ノ下 No.11442754 2011年11月07日 20:58:05投稿
引用
特に話かけもせず、視線も合わせず、羽生を病室まで戻す。あ、私の表情は思いっきり歪んでます。
昨日と同じ受付の人と目があった。私が微笑むと彼女も微笑みを返してくれた。何の同意だ。
病室のベッドまで丁寧に戻してやると、少年——羽生は礼を言った。
その礼は彼を受け止めたことに対する礼なのか、それともここまで運んだことに対する礼なのか。
私にはまだ分からなかった。
私はそんな彼に微笑みながら、鞄から小さな箱を出す。
「…そら、お見舞いの品だ」
「え、わ、あ、ありがとうございま…………は?ボケモン?」
「なんだ知らないのか?ボケットモンスター。ビカチュウで有名な」
「いや、ビカチュウぐらいそりゃ知ってますけど、なんでこれがお見舞いの品なんですか?」
「いっそのことゲームオタクになってしまえば、窓からダイブするより画面の先にダイブしたくなるんじゃないかなと思ってな…」
「何その捻じ曲がった優しさ!?」
「不満なのか?…あ、もしかしてお前、ラブプラタナスが良かったのか?病院内で痴漢事件が起きたら即刻突き出してやろう…。」
「いきなり性犯罪者扱い!?あなたの脳内で僕のイメージはどれだけ酷いんですか!?」
幼児嗜好より男子高校生のあれな嗜好を優先すべきだったか。私もまだまだらしい。
「まったく、私としたことが…本当にすまないな。入院中にあってお前のようなゴミが卑しい欲望を抑えられるわけがないというのに、本当に私は誤った選択をしてしまった…。」
「本気で落ち込まれた!?落ち込むポイントそこじゃないでしょ!あとゴミ扱いされてるけど僕には羽生という名前が!」
「…下の名前は?」
「巡り巡るのメグル。羽生巡です。」
そう言った羽生の表情は、なんとも形容しがたいものだった。
悲しんでいるようで、少し微笑んだようにも見えた。
泣き笑っているときのような矛盾を孕んだ曖昧な笑顔。
巡というその名前に、どれだけの意味があるのだろう。
彼はその名前に、いったいどれだけ重い運命を感じているのだろう。
他人のことを理解するのは、本当に難しい。
「そうか、巡か。いい名前だな」
「…さっきまで人を性犯罪者扱いしてたのに何ですかその優しげな視線は?」
「子供のころの口癖は『ククク・・・』だったんだろ?ほら、巡って『く』が3つも」
「無かったことにしましたね今。あとそんなミステリアスな幼少期過ごしてません。」
「そりゃあ残念だ。あと羽生と言えば某イケメンスケーターが」
「聞いてません。…あなたのお名前は?」
そうして羽生は私に期待を込めた眼差しを向ける。
今だけは真面目に名前を教えてほしいらしい。…あちゃー、巡ちゃんこの私に惚れてもうたかなはいふざけすぎましたすみませんでした羽生さん。
「ユイ。異なるものを結ぶ“結異”の意味で“結衣”だ。私は、篠原結衣」
その名前を聞いて、羽生は小さく笑った。私も笑う。
皮肉というか、運命的というか。
異なるものを結ぶなんて名前が、今の私たちに反映されているような気がしたんだ。
「結衣さん。」
「なんだ」
「僕、ボケモンのこのソフト、持ってるんですよ」
羽生はそう言って、脇にあった小さなカバンからゲーム機とボケモンを取り出す。
「データ消すから——いっしょに、はじめからやりません?」
私がなんて答えたかって、そりゃ素っ気なく承諾したに決まってるだろ。
雪ノ下 No.11453799 2011年11月10日 22:19:42投稿
引用
普通の少年少女のように、言葉を交わし、笑い、ふざけあい、笑った。
私は羽生が最初の一匹にくさタイプのボケモンを選んだのを見届けてから、ほのおタイプのボケモンを選択した。
これで対戦したら絶対負けないな!はっはっは!とか思ってたら序盤でほのおタイプがまるで通用せず苦しみ、その間に羽生は先へ進んでいった。何このゲーム。私とほのおタイプに何の恨みがあるの?
そんなこんなで、ゲームは中盤に入っていく。
先に進んでいる羽生の画面を覗き見てみた。…なんかこの距離、高校生にもなると恥ずかしいな。
『な!だれだおまえたちは!』
『ふははは われらハゲット団 きさまらのボケモンは われらがいただいていく!』
悪役であるハゲット団(メンバーが皆ハゲ)のしたっぱが、主人公の道を塞いだ。
いつもならここで主人公がバトルしやっつけるというパターンなのだが、今主人公のボケモンはライバルとの戦闘後で傷ついている。これでは勝ち目はない。
『く… どうすれば…。』
『メグル! ここはおれにまかせて さきにいけ!』
『! そんなのダメだ ミゲル!』
ミゲル(主人公の親友でライバル。彼も戦闘後で手持ちが弱っている。…なんで外国人っぽい名前なの?)が主人公の前に立ち、すべてのボケモンを繰り出した。やばい、ミゲルいいやつすぎる。
『やめろ ミゲル ! おまえのボケモンだって !』
『それいじょう いうな!ここはおれがくいとめる!』
『でも!』
『信じろ メグル! だって——』
だって。
私だったら、羽生だったら、寒川だったら、なんて言うんだろうか。
私は正義とか、愛とか、誰かのためとか、そんな台詞は言えないと思う。
私はそんなことのために命を張れるほど、強くない。強く信じることはできない。
だから私は、自分のためにっていうと思う。自己保身のため、自己満足のためにって。
だからこんなことは全部、偽善なんだろうなって。
羽生がごくりと唾を呑む。その先の言葉なんて、彼には当然わかっていた。
『おれたち ともだち だろ!』
ともだち。
なかまでも、ライバルでもなく、ともだち。
それはこの世界でもっとも危険で難しい、最高の距離。
そして、羽生はゲーム機を取り落した。
「…羽生…?」
私は思わず、恐くなってその名前を呟いた。
そのときの羽生の表情は、なんとも形容しがたいものだった。
悲しんでいるようで、少し微笑んでもいる。
泣き笑っているかのような、矛盾を孕んだ曖昧な笑顔。
他人のことを理解するのは、本当に難しい。
羽生は自分の名を名乗ったときと同じように、寂しげに微笑んでいるのだった。
「ともだち…か…。」
「…どうかしたのか?」
私がゲーム機を拾って渡してやると、彼は小さく頷いた。
動揺してゲーム機を取り落したと思えば落ち着いていて、でも——泣いている。
決して涙は零れないけれど、彼はいま、泣いているのだ。
「少し——思い出話をしてもいいですか?」
雪ノ下 No.11453974 2011年11月10日 22:56:58投稿
引用
あまり大きな声で言いたい話でも、ユイさんのような女性に突然話すような話でもないのですが、僕には好きな子がいました。
大人しいクラスメートでしたが、とても綺麗で、一目見てからもう彼女のことを忘れることができなくなりました。
気になって視線を送るけどそれでも話せる機会はなく、これでいいかと日々を過ごしていました。
ある日のことです。
彼女が放課後に一人で教室に残っていたので、何をしているのかと聞いたのです。
「勉強。」とだけ、彼女は小さな、鈴の音色を思わせるような声で言いました。
「どうして?」
「行きたい高校があるから。」
「どうして行きたいの?」
「そこを目標にしてるから。」
「どうしてそこが目標なの?」
「そこの合唱部はとても強いから。」
会話を続けたくて、質問攻めをする自分が情けなく感じられ、「へえ。」とだけ返してそのときの会話は終わりました。
またある日のことです。
掃除の時間に、彼女は突然動きを止めました。
どうしたのかと思って見ると、目を閉じて放送に耳を傾けていたのです。
掃除の時間にはいつも放送委員会が音楽を流すのですが、その音楽が気になったらしいのです。
そうやって周りを気にせず曲に聞き惚れている彼女もやっぱり素敵でした。
僕はなんだか嬉しくなって、その音楽が終わったときに彼女に話しかけました。
「今の曲、好きなの?」
「…知らない曲。」
「じゃあ知りたいとは思わない?」
「知りたいけど、でも」
「今のバンドのCD持ってるんだ」
「貸して」
彼女は普段見せないキラキラした表情で、僕にそう迫りました。
次の日にCDを貸すと、彼女は放課後、イヤホンをしながら勉強するようになりました。
先日のの曲を聴いているのでしょう。僕は嬉しくなりました。
何をしているのかと聞くと、彼女は一言、「勉強。」とだけ答えました。
「どうして?」
「行きたい高校があるから。」
「どうして行きたいの?」
「そこを目標にしてるから。」
「どうしてそこが目標なの?」
「…そこの軽音学部でね、バンドやってみたいんだ。」
僕はくすっと笑い、彼女は照れくさそうに微笑みました。
このとき初めて、僕たちはともだちになれた気がしたのです。
彼女もきっとそう思ってくれたから、こう言ったのだと思います。
「君、羽生巡くんだったっけ?」
「はい。あなたは」
「ゆきな。雪の名前と書いて雪名だよ。私は寒川雪名、よろしくね羽生くん?」
そうやって、もうとっくに知ってる名前を改めて教えてくれたのです。
そのときの彼女の表情は忘れられないものです。
雪が溶けるように優しく、最高に綺麗な笑顔が咲いていった様子は。
こうして僕らは友達になりました。
雪ノ下 No.11474094 2011年11月17日 00:22:29投稿
引用
「ご存知なんですか!? ていうかビッチって…えと、」
「ああ落ち込むな、あれはまだ処——」
「そそそそんなこと考えてませんよ!!」
寒川雪名の穏やかな性格は変わりませんでした。
優しく微笑み、静かに佇み、清らかに歌う。
そんな彼女の隣に友人として並んでいられのが、本当に幸せでした。
雪名さんはよく僕をカラオケに誘って、あのバンドの曲を一緒に歌いました。
その歌声の一つ一つに、彼女の想いが強く強く込められていました。
それを僕だけが聞いていられるのが、何より嬉しかったのです。
そんなある日、僕らにとある怪異が降りかかるのです。
「あれはなんだったのか——言ってしまえばそれは“頭痛”なんです」
「…頭痛?」
「はい。小さな子供が泣き喚くような、訴えかけるような、悲痛な泣き声を連想させる痛み。
それが僕と雪名さんに“必ず同時に”響くようになりました」
「…そうか」
羽生の恋愛相談みたいな話は、突然怪異の世界に足を踏み入れた。
「それからなんです。僕と雪名さんの認識に相違が出始めるのは」
——いわく、昨日話したことを覚えていない。
昨日会ったことを覚えていない。
今はなしている相手がだれか覚えていない。
雪名が羽生を、羽生が雪名を、覚えていない。
自分自身すら何者なのか、覚えていない。
頭痛が、今日も響く。
行動と感情と記憶に確証が持てなくなる現象。
健忘症の類ではない。というより、健忘症の比ではない。
すべてを忘れるわけではなく、部分的に記憶を喪失し、そして気づかないうちに元に戻っている。
それでも現象がもたらすものは大きかった。記憶の相違は、信頼の相違。
二人の間にはどうしても埋められない溝が出来てしまった。
「そして、とある事件が起こります。その頃にはもう、僕たちを繋いでいるものは2つだけ。音楽プレーヤーを埋め尽くす共通の曲と、」
「現象による頭痛?」
「はい。」
「雪名さん。」
「なに。」
「今度、あのバンドのライブを見に行きません?近くでやるらしいんだ」
「うん。」
「チケット、二人分取っておきますね。待ち合わせして一緒に、」
「うん。」
「……。」
「ねぇ。」
「うん?」
「——私、ギターを始めようと思うの」
雪ノ下 No.11476988 2011年11月18日 00:17:00投稿
引用
「私、もっと笑顔の似合う明るい子になりたい。
羽生くんが教えてくれた、あのバンドのボーカルみたいに。」
——そのバンドのギターボーカルは、不幸な家庭に生まれた。
両親の喧嘩が絶えず、それは時折彼女に飛び火し、その子は暗い子に育っていた。
そんなある日、とあるバンドに出会い、ギターを始め、歌い始め、笑い始めた。
音楽で世界は救えないけれど、音楽で誰かを救いたい。それが彼女の音楽だった。
「私、変わりたいんだ。きっと音楽は、私を救い出してくれる。変えてくれる。だから——」
寒川雪名は、今までに見たことがないくらいに饒舌で、子供みたいに笑っていた。
嬉しいんだろう。音楽に触れ始めてからずっと内に秘めていた願いを羽生に聞かせて、期待に胸を膨らませているんだろう。
これから何かが始まる、それは素敵なことだって確信してる少女の顔だ。
それだけじゃない。
彼女をそう思い立たせたのは、羽生がいてくれたからだ。
そこにあるのは、ただ純粋な感謝と愛情。
現象なんて跳ね返して、友達としてでいい、もう一度ちゃんと笑いあいたい。
この気持ちを、彼に伝えたい。
だけど——それを拒んだのは、雪名のその健気な努力を蔑ろにしたのは。
雪名のことを世界で最も愛する、羽生巡だった。
「「上手くなったら、一緒にバンドをやらない?」」
それは、人が人である限りありえないことだった。
自分の意識は自分の内側にしか存在しえない。
他人の目を使って自分を見ることなど、不可能なこと。であるはずだったのだ。
ましてや他人の気持ちを完全に理解しきるなんて、絶対に不可能。
他人の気持ちを読むことはできたって、それを自分の気持ちと同じように知覚してしまうなんて不可能。
突然、こんな風にセリフがまったく同じトーンで重なるだなんてのは。奇跡級の異常。
「……羽生くん…君って人は……!」
「ごめん。わざとだったんだ」
「「わざとって、どういう」」
また。雪名の動揺した声に羽生が被せる冷たい声。
雪名が泣きそうに顔をゆがめる。それでも羽生の攻撃はやまない。
愛しているのに。二人の生き方の違いを、羽生は証明しようとしてしまった。
「やめてよ……いったい…どうしてこんな………」
「雪名さんだって解ってるでしょう?説明するまでもないはずですよ。
僕らの意識は繋がり始めているんだから。」
そう。寒川だって理解していた。理解していながらも、必死で羽生の意識を押しのけて、自我を保っていた。
頭痛と音楽というたった二点のみの、しかし強固すぎる二人の繋がりが、ついに二人の“以心伝心”という事態を招いてしまった。
自分が相手になってしまう。相手が自分を呑みこんでしまう。
そんな恐怖が、リアルに襲い掛かる。
それは絶対にありえないこと。しかし今、逃れがたい現実として、二人に重く降りかかっていた。
そして、それによって羽生はようやく気づくことができた。
「だから——もう隠す必要ないですよ、雪名さん」
「隠すって、何を、」
「もう『死にたい』って気持ちを隠す必要はない。僕には全部、解っちゃったんですから——」
雪ノ下 No.11489160 2011年11月21日 03:38:14投稿
引用
それを聞いた雪名は、黙りこくってしまった。
それだけは、彼女にとって聞かないで欲しいこと——無理矢理閉じた傷だった。特に、羽生にだけは。
その傷が、意識の繋がった羽生に勝手に開かれてしまう。自分が今日まで隠してきたこの自殺願望が、あらわになってしまう。
寒川はそう恐怖した。でも、羽生の考えていることは違った。
意識下では羽生の考えていることを寒川も理解してしまっている。
羽生の愛情も雪名の恋情も、完全に伝わってしまっている。
だから、この会話はすべて確認事項。二人が繋がるための、長い長い道のり。
「ギター、やりなよ。僕、雪名さんの歌をもっと聞きたいんだ」
「…羽生…くん…」
「辛かったことは全部、僕が受け持つ。君には純粋に音楽を楽しんでほしい」
「…ダメだよ…それは…」
だって、あのバンドのボーカルは——
「確かに彼女は、辛い過去を乗り越えて歌っている。でも、僕が君に望むのは違う姿なんだ」
「…!だめ、言わないでっ、」
「それは純粋無垢な歌姫。無垢な子供が大声あげて歌ってるみたいに、ただ音楽の喜びを噛みしめていてほしい。僕が君のそんな姿を見たいっていうのはね、つまりそれは——」
——ああ、つまりはそういうこと。
羽生も寒川も結局、分かっていた。
羽生の望んだコト、寒川の望んだコト、それは結局、
「「——全部、わがままだったんだから」」
そして——寒川雪名と羽生巡はリンクしてしまった。
薄れていた記憶、関係、強くなった頭痛。それらはすべて元に戻り、羽生と寒川は繋がる。
体は二つあるし、意識だって二つある。ただ、その二つの意識を繋ぐバイパスが出来てしまったのだ。
寒川は辛かった己の過去、トラウマ、そこから生まれる自殺願望。それらを意識の外に追いやり、ただ音楽に夢中になっている。
羽生は寒川の過去、トラウマ、自殺願望をその一身にすべて奪っていき、ひたすらそれらと戦っている。
そんな、意味を見失った顛末——。
雪ノ下 No.11495235 2011年11月22日 23:34:43投稿
引用
「…ええ。そういう、ことなんです」
事を話し終えた羽生は、それまでとは違った雰囲気だった。
子供らしさを残していた表情はまるで、孤独な老人のように疲れた表情をしている。
「お前の口調が以前より丸くなっているのも、寒川の口調が——、いや、寒川自体があんなビッチ風になったのも、お前たちがお互いの影響を受けているから。そうだな?」
「…はい。彼女が変わったのはギターを始めたのも関係あるでしょうけど」
「そうか。…そういえばあいつ、今日はギターを直しに東京に行くとか言ってたな」
「…そうですか」
・ ・ ・ ・ ・ ・
「…知っていたか?」
その質問の意図するところは一つ。「今も寒川と意識が繋がっているのか?」という意味だ。
羽生の話を聞く限りでは、寒川は共有した意識をあまり快く思っていない。
可能であるならばそのつながりを切ろうとするはず。
その否定願望を越えてなお、この異常な繋がりは保たれるのか。それが知りたかったのだ。
「……いいえ。」
そして羽生からもたらされる真実は、私の予想が大きく外れていたことを教えてくれた。
「いまこの瞬間、僕は彼女とリンクしていません。——お互いが拒むことによって初めて、このリンクは機能を停止するのです」
私が思っていた以上に、二人の繋がり——リンクは意識的だったのだ。
「当初、寒川さんだけがこれを拒んでいましたがそれが切れることは無かった。僕が彼女から悪いものを奪い終えたとき、僕から彼女にそれら逆流しないように、僕もリンクを拒み——絶縁が発動したのです」
ぞわり。
その話を聞いて、私は薄気味の悪いものを確かに感じた。
——あまりにもシステムの都合が良すぎないか?と。
それはもちろんリンクに対して。いや、リンクの発生源に対してだ。
使用者の双方が望めばリンクが止まり、…おそらく、逆の行動を起こせばまたリンクするのだろう。
なんとも人間味の溢れるシステムじゃないか。意識的、意図的なものをヒシヒシと感じる。
いったい誰がこんなふざけたものを考え、生み出したのかと言うのだ、畜生。
無論、それが人間に出来るはずはないのだが。
電車の中、黒いギターケースを抱きしめながら、寒川雪名は思い出す。
冬丘高校に合格し、あとは入学式を待つばかりの、春休みの出来事。
普段出かけることの少ない彼女だが、その日曜日は珍しく外出していた。
行き先は決まっている。通っていた中学からは徒歩30分。
——賽彩神社。さいさいという読みが人の興味を引きつけるらしく、ぽつぽつと参拝客は訪れる。
あまり大きくはないがそこそこ有名で、小綺麗で、何よりほかの神社より神秘的な雰囲気がある。
だが、その名前に込められた意味は、なんとも妙なものだった。
賽——サイコロの目、すなわち生まれ持った運命に、彩りを加える——予定調和ならぬ幸福を与える。
ルール違反のような響きを持つ神社だったのだ。
寒川が賽銭箱に入れたのは、万札が5枚。…五万円だ。
普通は小銭、奮発しても千円程度だろう。願かけにかけるお金なんてそんなものだ。
しかし、五万円というのは尋常じゃない。何が尋常じゃないって、それは願いの強さだ。
「どうか——」
そこで、何が祈られた。何が、呪われた。
神は、嗤う。
「——新しい自分に、なれますように」
「…結衣さん、大丈夫ですか?なんだか、顔色が悪いようですが」
「…ああ心配するな、お前の顔面のほうがひどいから」
「え………そ、そうなんですか……」
「…ああ心配するな、冗談だ。アラビアンジョーク、イェア、オゥケィ?」
「冗談…僕の顔なんて冗談じゃない的な遠回しな罵倒ですか…はい…」
「お、おいこら、それ以上暗い顔するな」
雪ノ下 No.11503032 2011年11月25日 20:58:32投稿
引用
「え?…あ、あの、結衣さん?」
「その……可愛いところもある、ぞ?」
「いや嬉しくない!そのデレはいろいろとおかしいですから!」
「なんだ、可愛い路線で攻めていたんじゃなかったのか」
「そんな覚えは毛頭ありません!」
「ボケモンとか」
「あんただって持ってきたじゃないですか!?」
そんなやり取りをしつつも、私は彼に聞かなくてはならないことが山積みだった。
だけれど、どこからどこまでを彼に訊ねていいものか、分からない。
寒川のプライバシー、彼の話の信憑性、彼の歪み。
どこからどこまでを信じていいのか、分からなかったのだ。
そう考えてようやく、ああ、と気づく。
私は主人公でも、ヒーローでもないんだな、と。
「ふう…ボケモンのやりすぎで時間をくってしまったな。そろそろ昼食で人が来るだろう。私はしばらく離れる」
「え?ここにいちゃダメなんですか?」
「無許可で入っているからな」
「ちょ」
「フッ、ではな」
「ちょちょ」
「…心配するな、また来るよ」
それだけ残して、私は振り向かずに病室を去った。
振り向かなくとも、背中に彼の視線が注がれていることは感じていた。
…お尻だったらどうしよう。
・わたしのしらなかったこと
病院を何事もなく出ると、太陽の日差しがゲーム疲れの目に差した。
今日は暖かい。梅雨の匂いは感じないが、それでもいずれはやってくることがわかる。
「…どうしたもんかな」
…羽生のあの話が、もしも嘘だったら?
寒川との失恋話を失恋のショックで超壮大にしているとしたら?
…やばい、このリアクションはとあるノベルゲーの主人公と完全に一致だ…。
でも、あの主人公の気持ちがわかるなぁ。大変な話に巻き込まれてしまった…とか聞いてはいけない話だった…とか主に面倒くさいなぁ…とか。
でも、寒川雪名と羽生巡についてなら調べるアテがある。私の情報網(中学時代)を舐めてはいけない。高校ではまだ中級クラスのぼっちだが。
——まさかあの頃、ほかのクラスから遠くで眺めていた寒川雪名の近くに、羽生巡という男がいたとは。知らなかった。
あれ?クールビューテイ寒川は知ってたけどなんで羽生のこと知らなかったの私?おいしっかりしろ私の情報網。
というわけで携帯電話のアドレス帳から、二度と連絡しないつもりだったアドレスにメールをした。「話があるので18時に駅前吉井家な」とだけ。彼女は必ず来るだろう。だって私だし。うん、意味不明。吉井家は全国展開の牛丼店チェーンね。
そういえば高校に入ってから一人もアドレス交換してないなぁ…携帯電話とかぼっちの持ち物じゃないよな。え?私のは高性能カメラだよ。通話とメール機能はおまけ。
さて、となると18時までヒマだな…羽生とゲームの続きでもするか…いやその前にメシだな…。
そんなときに電話が鳴った。おい誰だよ。こんな平日の昼間にどこの遊び人だ。
画面も確認せずに通話ボタンを押した。聞こえてきたのは明るい女の声だった。
「カレー味のうんことうんこ味のカレー、君はどっちを選ぶ?」
「ではその二つを混ぜてみようか」
「うむ、するとカレーうんこ味のカレーうんこになって、ん、んん?…我々はどうやら大変なものを開発してしまったようだね…。」
「…そうか、ではぜひ実践して試食してみてくれ。一人でな!」
「うっ、がはッ、うぐぅ…一人…ああ、そうだね…私は…」
「ご無沙汰だな、うんこカレー味の独身女教師、アキちゃん先生」
「おー!覚えていてくれたのー!」
「ああ、独身ってところは」
「主にそっちかー!!元気そうで何よりだよ篠原ー!!ははははーん!」
メールの相手だった。中学時代に世話になった先生、アキちゃん先生だ。本名忘れた。あきこだっけあきこだっけあっこだっけ。まあいいや。
「おかげさまでそれなりに。それでどうした?」
「んー、ああ、今日は仕事無いんだわ私」
「…クビになったのか。大人は大変だな…」
「違うってー!今日は運動部が揃って公欠で、全学年登校してる生徒は自習なんだ」
「アンタの顧問の部活は?」
「我がボランティア(笑)部には関係のない話でしょー?」
「自分の部活…いや慈善事業に(笑)をつけるなよ…じゃあなんだ、アンタいまヒマか?」
「うん、だからお昼一緒にパクパクしようぜー?」
「ああ、それが手っ取り早いな。…ん?私が今ヒマかもわからないのに電話してきたのか?」
「うんー、吉井屋(笑)よりサキ屋がいいかなーって」
「じゃあ吉井屋に集合な。つゆだくなめんな!」
ちなみにサキ屋は全国チェーンの牛丼屋ね。
雪ノ下 No.11512590 2011年11月28日 19:13:27投稿
引用
ジジイ、金髪、ニート、お巡りさん、ババア、etc。
しかし爺さん婆さんの多いこと。高齢化社会を実によく反映した光景だ。
「来たぞ、アキちゃん」
アキちゃんは約束通り吉井屋にいた。しかし、店の前で待っているとは。デートか。中で待っててよかったのに。
「おぉっ!リアルJKと化した篠原だーっ!うおーっ!あんまり変わってねぇー!」
「お前…そうナチュラルに喧嘩吹っかけられるとなぜか傷つくんだが…」
あんまり変わってないってどこを見てるこのヘンタイ。
「いいから早く食おうぜ。これ以上店が混むと人混みに酔う自信がある」
「うんっ!」
そのくらいの軽いやり取りで入店。二人でテーブル席に座り、牛丼大盛を注文。アキちゃんは半熟玉子牛丼カレーを注文。なんだそれは。結局牛丼なのかカレーなのかわからん。
それらが届くまでの間に、アキちゃんはお冷をごくごくっと。うお、こいつのノドすげぇ鳴るんだな。
「ぷはーっ!やっぱ………飲料水ではイロハスが神だなぁ?」
「やっぱって順接的な接続詞だと思うんだが…。まああれは美味い」
自販機で100円で555mlであれはやばい。美味すぎる。あらゆる炭酸飲料水が「うはw高ぇw」となるぐらいリーズナブルに美味い。でもその隣に並んでるイロハス〜温州みかん〜にも惹かれる。あれはもうグレイトフル・テイストだ。何よりもあのペットボトルを潰すときの感触がたまらない。そこまで楽しませてくれるうえ環境に優しいとかイロハス神すぎる。イロハスマジ天使。でも学校の自販機以外だと少し高かったりする。
「いやーほんと進学して良かったよなー。イロハスがやすいんだもんなー」
イロハスは私の高校生活に彩りを加えて——あ、いや、慰めになってくれている。みんな、たくさん飲んでたくさん潰そう。以上、イロハス愛飲委員会の篠原結衣でした。
「あっははは、相変わらずのアホっぷりだねー篠原ァ。ホント変わってない」
「あんたが言うなあんたが…」
アキちゃんこそ、当時の3年2組——羽生と寒川の在籍していたクラス——の担任と生活指導をしてた頃からまるで変わってない。遅刻した私に対してまるで怒らずというか指導もせず雑談して大爆笑してほかの先生にアキちゃんが怒られてた頃から何も。変わっていく羽生や寒川を見ていたあの頃から、何も変わってないように見えた。そこに私は、あの頃の時間と雰囲気を感じて、なんだか懐かしくなる。
「それで?何の話だ小娘?」
「口調変えてもまったくそれっぽい雰囲気が出ないとかお前すごいな。初めて尊敬したかもしれない」
「がーん。へっはは、心配しないで、私は強く生きていく…よ…」
「その隣には誰もいないまま、ゴールまで…な…」
「うおおおっ!水だぁっ!!」
アキちゃんが水を再び煽る。おい。それ私のだ。
雪ノ下 No.11536563 2011年12月09日 23:10:44投稿
引用
…リンクによって生まれる部分は適当に補完して。
アキちゃんを信用しないわけではないが、話が進まなければ意味がない。
もしそれを話さなくてはならなくなったとしても、そう言えば怒らないのがアキちゃんだ。
「ふーむ、なるほどねー」
アキちゃんは神妙な顔つき…にはならず、あくまでいつもの、薄い笑みの表情を保ったまま話に耳を傾けていた。その様子は、中学のころに私の話を聞いていたときとまったく同じ。その光景が重なるのに気付いてはじめて、私はアキちゃんに頼ってばかりだなと気づいた。
「それで篠原はどうしたいの?」
「寒川雪名の過去について聞きたい」
端的に言えば、初めに解決すべきことはこれだ。事の発端はこれであると言ってもいい。
寒川雪名が自己変革を求めたのがすべての始まりなのだ。
彼女が何らかの過去を持ち、自分を憎み、新しい自分に変わりたいと思ったのが、羽生を偶然にも巻き込んでしまった。
寒川と羽生が交流しはじめたのが原因ではなく、寒川雪名が孕んできた負の記憶が原因なのだ。
「…プライバシー的なあれこれは、今だけはナシにしてほしい。私は、あいつらの手助けをしてやりたいんだ」
「…………しょうがないなー。篠原だから特別に、ね」
「助かる」
羽生に聞くよりも、信憑性としては高い。
リンクの話が真実なら羽生の持っている情報量のほうが当然多いのだが、万が一を考えると危険だ。だからアキちゃんに聞いた。
「いろいろと、雪名ちゃんのイメージが裏切られることがあると思うけど。でも、…いい子だから。お願いねー」
私はコクンと頷いた。ところでなんで私は苗字で呼ばれて寒川は名前をちゃん付けなのかしらん?ねぇちょっと?
「雪名ちゃんはあれで、感情の揺れ幅が大きい子でね。悪い時期にはカウンセリングなんかも受けてた。そのときに聞き出したことと、あと彼女の御祖母さんに聞いたことぐらいしか知らないけど、教えるね。」
雪ノ下 No.11536810 2011年12月10日 00:18:25投稿
引用
…環境があまりにも場違いだが、二人の雰囲気は真剣そのものだった。
「あれでもともとは割と元気な子だったらしいんだ。
たとえるならアレだね、男主人公が友達と会話してると『えっなになに何の話ー?』って割り込んでくる感じの明るい幼馴染的なキャラ」
「どんなたとえだよ…わかりやすいから困る…」
「で、物心がついて、小学6年のときに母親が病死。家は雪名ちゃんと仕事で忙しい父親だけになった」
父親は仕事で家を空けることが多く、思春期の少女は、広く感じられてしまう家で一人で暮らしていく。
「じゃあ寒川が根暗になったのはその頃?」
「根暗て………」
アキちゃんは(・ω・`)という感じの顔をした。
「そのころから変わっていったのかもしれないけど、まだしばらくは明るい少女の外面を保つことが出来ていた。中学に入学して、なんか親友が出来たらしい」
「ほ…ぅ?親友ねぇ?」
これは初耳だ。私の知る人では当人たちと羽生ぐらいしか知らないだろうが。
…なんとなく、その親友が羽生だったらよかったのにな、と思った。
「その子のおかげで彼女は笑って二年を過ごした。いや、一年と十ヵ月か。そこでとある事件が発生する。三年生を目前に控えた、バレンタインデーだったんだ。
寒川の父親は——行方をくらました。何の書置きもなく、何の連絡もなく、突然に。
母親が死んでからそんなことは一度もなかったから、彼女はひどく心配した。夜を越えて朝が来て学校に行く時間になっても昼休みの時間になっても下校時間になっても、彼女は家で待ち続けたんだ。でも——父親は、二度と戻らなかった」
それは、何のためだったのだろうか。夜逃げか、何らかのトラブルか、自殺か。
その答えは闇の中だが、何であったとしても、寒川をたった一人にしていいはずはなかった。寒川の、たった一人の家族としてだ。
「…彼女の父親は母親が病死したときに、ぜったいにおまえを守って見せるって、雪名ちゃんに誓ったらしいんだ。だから、クソ親父のグリーンピースバァァァカ!」
「…なんだその罵倒…」
そんな台詞を吐きながら、アキちゃんは紅唐辛子を牛丼カレーにのせた。
グリーンピースを罵倒してるように聞こえるのは私だけか?
「…ちょうどそのころに、あの親友の子も休学だか転校だか何だかでいなくなっちゃったらしい。彼女の世界は、…崩れ落ちたんだ。」
「…ふーん…」
いま、ものすごく反応に困ってついテンプレな反応をしてしまった。
それは、なんだか胸のあたりがこう、そわそわもやもやしているからだった。
何だろうな、この感じ。この違和感。この既視感。
中二のときのバレンタインデー?…ダメだ、思い出せん。
雪ノ下 No.11541010 2011年12月11日 01:00:21投稿
引用
そうやって寒川は、深窓の令嬢になっていく…それも、近寄りがたいという意味で。
いじめを受けたりすることがなかったのが、せめてもの救いだ。
何もかもが色褪せていった彼女は、穢れのない存在に見えたのかもしれない。
大事なものを、すべて失ったのなら。
人間、自分のことなんて、意外と簡単に捨てちまうんだ。
失ってはじめて、一人じゃ生きていけないって気づくんだ。
一人になりたいって思ってた自分を、愚かだと呪い始めるんだ。
「…その後、三年のある頃から羽生くんと交流が芽生えてね。彼女はだんだんと元気を取り戻していった。ちぐはぐだった気もするけど、なかなかお似合いな二人だったよ」
「…卒業式のときとか、二人はどう過ごしてた?」
「え?そりゃもちろんいつもどおり、教室でも廊下でも帰るときでも一緒に並んでたけど」
「そうか」
…認識のズレが生じていた頃、二人はちぐはぐながらも必死で手を伸ばしあっていた。
ということはリンクが生じたのは——おそらく、高校入学直前。
私が寒川と出会う、数週間前の出来事なのだ。
「興味深い話をありがとう。とりあえず羽生とボケモンしてくる」
「うん、牛丼480円ね」
「……そら」
「はいはーい、…千円?ごめーん、今小銭が寂しい状況なんだけどー」
「釣りはいらん」
感謝のしるしだよ。どやぁ…。というのをアイコンタクトで伝え、私は吉井屋を出た。
…寒川の人生の情報料が520円って安すぎだな。ごめんなビッチ。
駅から自宅へ戻る。
この冬丘市の駅前はとても賑わっているのだが、私の住んでいる家や羽生の病院からは標高が低い。
…まぁつまり、どうアクセスしても必ずでかい坂があって疲れる。
この駅を作ったやつは女性のことをもっと労わってくれ。非モテ認定してやる。
雪ノ下 No.11541772 2011年12月11日 16:51:13投稿
引用
「〜〜〜♪」
とても小さく、歌が聞こえた。
少し遠いらしい。でも不思議と、頭に直接響くような声。
なんだか興味が湧いてきて、声のするほうへ歩いてみた。
「〜〜〜♪〜〜♪」
聞き覚えのあるメロディだった。
聞き覚えのある歌だった。
寒川の声で、何度も何度も聞いた歌だった。
「〜〜♪」
寒川の声と、似ている。
いや、寒川の声が、その声に似ている。
何故かというと、寒川がそれに似せて歌っていたからだ。
透き通る宝石のような、直に聞いているとしびれるくらいに美しい声。
私はそれを聞いたことはなかった。そして今、聞いて、初めて理解する。
音楽で世界は救えないけれど、音楽で誰かを救いたい。
その姿勢が、ビリビリと伝わってくるということが。
一つ一つの音に、たくさんのものが詰め込まれているその歌はまるで、宝石のようだった。
私は何もかもを忘れた気持ちで、それに聞き惚れてしまっていた。
何も纏わぬ、何も通さぬ、やさしいやさしいアコースティックギターの音。
愛の込められた、そのやさしいやさしい、孤独の歌。
寒川雪名の望んだすべてが、そこにはあった。
「こんなにも汚れて醜い世界に——……ありがとう…」
歌は終わった。
そこに残されたのは、アコースティックギターを抱えた、一人の少女。
詳しい経歴を私は知らないが、それでも、たくさんの壁を越えてきた人物だってことはわかる。
だからこんなにも、賽彩神社の前でこんなにも、神秘的な雰囲気を醸し出しているのだろう。
「聴いてくれたのかい?」
「……ん、あ、ああ。素敵な歌だった。ありがとう」
「はは、ありがとうはこっちのセリフさ。聞いてくれてありがとう。」
私が突っ立っているのに気付くと、彼女はこちらに声をかけてくれた。
うわ……凄い美人だ。18とかそこらだろうか。大人って感じはしない。
着飾った感じのしないグレーのパーカーに赤いチェックのスカートだけれど、それがものすごく似合っている。
彼女の美しく、やさしく、そして今にも消えてしまいそうな儚げな雰囲気が、とても印象的だった。
「…私の友人が、あんたに憧れててね。今の曲、そいつが歌ってるのを聴いたことがあるよ」
「へぇ、そうなのかい。嬉しいな」
そう、その人こそが、寒川が聞き惚れ、彼女を変えたバンドのボーカルだった。
雪ノ下 No.11563253 2011年12月20日 22:42:02投稿
引用
「え?どうしてだい?」
「今の歌は、孤独な私の——孤独な自己完結の歌だからさ。」
私は彼女の隣に座った。初対面だし、彼女のことはよく知らないけれど。
でも、不思議とここは落ち着く居場所だった。
彼女の横顔はなんだか刃みたく鋭利で、でもやさしい。冷たくて、あたたかい。
本当に不思議な女性なのだった。
彼女はふっと息を吐いて、遠い目をして話す。
「この歌を作ったとき、私は孤独で、苦しんで、戦ってた。そんな自分は正しいんだって、孤独でも涙を流しててもどれだけカッコ悪くても、それでも戦ってる人が正しいんだって、そう叫んでるのがこの歌なのさ。でもアタシは、……」
そこで彼女は、揺れた。表情が、呼吸が、感情が。
私にはそれがはっきりと窺い知れた。でもその正体は掴めない。
その揺れが暗雲なのか、暗雲を取り除く神風なのかまでは、掴めなかったのだ。
「でもアタシは、仲間ってもんを知った。一緒に演奏する幸せを知った。
アタシは、救われたんだ。だから今この歌は、あの頃のアタシと同じ人を救うための歌なんだ。」
ああ。痺れるぐらいに、彼女は眩しい。
こんなに近くで声を交わしていても、彼女は私達とは異なる者だとはっきりと解る。
でもその眩しさは必ず、私達の延長線上にある。
そこで手を伸ばさなければ、私達のもともと持ってる眩しさすら消えてしまうのだ。
「My Songっていうんだけどね。これは孤独なアタシが、孤独を肯定した孤独な応援歌。
孤独なアタシで世界は廻り、終わる。そういう歌なんだ。だからその子のことは心配だな」
ここで私は、確信めいたものを感じた。
やはり寒川雪名は救われるべき人間なのだと。
「…そいつのことは私に任せな。…上手くやってやるからよ!」
そしてふわりと、彼女は微笑む。
「ありがとう。頼んだよ。…じゃあ、もう一曲聞いてくれるか?」
「もちろん!」
雪ノ下 No.11618904 2012年01月06日 17:53:17投稿
引用
「変わった」という彼女の作った、明るい曲。
他人に責められても、自分を変えてはいけないという曲。
今までの自分を振り返る必要なんてなくて、嫌なことばかりでも進めという曲。
どれもこれも、彼女の気持ちのこもった、それぞれ違う彼女の姿を含んでいた。
「…いい歌だ。どれも。どれも違うアンタを持ってる」
「…それ、アタシが曲を作ってるときに一番言ってもらいたかったセリフだよ、ふふ」
私はそこで、彼女の表情が思いっきり緩んだのを見た。うわ、可愛い…!
寒川も寒川で可愛いんだけど、この子のクールからのデレっとした感じの笑顔もヤバい。
…この子も割と不器用なんだろうなぁ。私の周りには不器用なやつばっかりだ。
「でも、ときどき『それでいいのか』って思うときもあるんだ」
そこで、初めて彼女の表情が曇った。
「いろんなことを経験したんだ、アタシは。死のイメージをアタシは知ってる。生の最高の喜びのイメージもアタシは知ってる。でも、その記憶はあやふや…いや、眩しすぎて触れられないんだ。あれは…夢だったのかなぁ。その夢を見た後、アタシはバンドを組んで『変わった』。救われた。その経験の中で、アタシは多くのものを内包した。それが大きすぎて、アタシという人間は増幅しちまったんだ。そしてアタシは——」
今までと変わらないトーンで彼女は話した。
でもその瞳は揺れていた。さっきと同じように、揺れ続けていた。
「アタシは、たくさんのアタシを生み出した。アタシの中のアタシがたくさんいて、どれが本当のアタシだったのか分からなくなってきた。まるで多重人格みたいに、さ…。」
揺れて、揺れて、揺れつづけて。
彼女の存在は揺れていく。
あれだけ強かった彼女の存在が、今にも消えそうになる。
こらえきれず私は、声をかけた。
「でも大丈夫だ。心配ないよ。」
でも、消えても次に生まれる彼女もまた、彼女なんだ。
…私はこんな人間にかける言葉を、どこかで知っていた。
「そのたくさんのアンタは、全部全部…アンタなんだから。」
雪ノ下 No.11619815 2012年01月06日 22:49:43投稿
引用
「そのすべてが、アンタだ。どんな姿になろうとアンタという存在に違いはないのさ。」
明るい少女も、クールビューティも、苦しくても手を伸ばしたのも。
全部全部、寒川雪名だ。
こんな自分じゃ受け容れてもらえない?だから受け容れてもらえる自分になる?
違うよバカ。受け容れてもらうのは誰かにじゃない。ほかでもない自分にだ。
自分を受け容れて初めて、人は自分になれるんだ。
自分になって初めて、人は自分を誰かに受け容れてもらえるんだ。
「アンタに必要なのは、そのすべてがアンタだって受け容れることだ。
それを受け容れてはじめてアンタは自分を愛せて、自分を愛せてはじめて、人を愛せるのさ。」
そうやって人は。
愛し愛され生きているんだから。
「…ありがとう。」