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鬼神07

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雑談

レス:38

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    鬼神07 No.11094935 

    引用

    Guns of Pain ————

    —————————————DON'T TRUST MY MEMORY



    「——鞘子。お前はどこまで覚えている?」
    「え?」
    「過去の記憶だ。確かお前は謎の後遺症で記憶の欠落があったろ。どこまで思い出したんだ?」

     琥子にそう言われて、鞘子はしばらく沈黙した。
     ・・・・それはとてもおぼろげな記憶。
    ノイズ混じりの彼女の記憶は、自分自身が何者であったのかすら曖昧だ。
    ・・・いや、本当は覚えている。
    全ての記憶が自分の中にあるのを鞘子は確信していた。
    だから、どうしても思い出せていないだけなのだ。
    思い出せるのは断片的な記憶で、詳細な内容は実はほとんど知らない。
    覚えているのはたった一つの言葉。儚く、思い出のままの、たった一つの花束。

    「——『笑って』」

     7年前と全く同じ声色で、鞘子はそういった。
    あまりにも少なすぎる情報量に我王はポカンとしていたが、始音と琥子は意味深な表情を浮かべる。

    「・・・そうか。ありがとう。んじゃあ次に始音、お前は?」
    「私は大体覚えてるわ。大体、ってのがネックだけど」
    「なら質問を変えよう。」

     琥子が目を細める。

    「——『あの少年』の名前を思い出せるか?」

     それは始音にとって意味のある問いだったらしく、彼女は言葉を詰まらせる。
    ばつが悪そうに視線を逸らす姿は、普段の始音とは違っていた。
     その反応から何か悟ったらしい琥子は、




    「心配するな。覚えていないのは私も——いや、『全員』が同じだ」





     全員というのが今この場に居ない鬼無瀬真理も含むことを、何故かここにいる者全員が理解した。
     そう。
     
     我王は少年について知らない。
     鞘子はそもそも記憶の大部分を欠落している。
     始音は少年の名前を覚えていない。
     琥子もまた少年の名前だけを思い出せない。
     真理は頭では知らない。

     過去の記憶の大部分ははっきりと見えているのに、彼の名前だけが誰も皆知らないのだ。
     
     真理と同じくらいの身長で、真理に似ている白髪黒眼の少年。
    真理の前に現れ、彼女らの前に現れたあの少年。

     誰の胸からも失われたその名前は——





    『しばらくウチで暮らすことになった、鬼無瀬深空くんだ。仲良くしていってくれ』



    「鬼無瀬深空・・・・・・・深空・・・・・・・・・・・・、・・・・・・・・・・・ソラ——」


     その名前を、鬼無瀬真理は心の中で反芻した。



    To Be Continued
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    鬼神07 No.11095924 

    引用

    DON'T TRUST MY MEMORY
     

     闇の中に俺はいた。

     時間の流れ、景色、居場所、全てから隔離された闇の中。
     解るのは、俺がここに縛られていて、何一つ出来やしないということのみだ。
     しかし不思議と、今はそんなことはどうでもよかった。


     あぁそうだ、俺は覚えている。

     ただ、思い出せなかっただけ。記憶はこの胸の中に。

     7年間、どうしても思い出せなくて、苦しくて。
    思い出さなくてはならないと本能で理解しているのに、思い出せなくて。
    自分は空っぽなんだと信じて逃げ続けていた。
    胸のわだかまり、強迫観念。それらを爽快に壊してくれた。
    『鬼無瀬深空』の名前が鍵となって、俺の中の記憶の扉を盛大に開けてくれた。

     覚えている。
    鞘子も始音も深空も琥子も。
    皆友達だったことも、よく一緒に遊んでたことも。
    たくさんの人が死んでしまったことも、殺されたことも、殺したことも。
    全部嘘で、全部本当だってことも。
     
     頭が重い。意識が途切れそうだ。
    判ってるよ、きっとこれは罰なんだ。
    俺があんなことをしたからこんなことになったんだ。

     
     俺によく似たあの少年を、『僕』が殺してしまったんだ。




     
     闇の中で、鬼無瀬真理の頬に涙が伝い落ちていった。

                      *                   *



    「・・・・・・ちょうどいいから説明しておこう。ことは7年前に遡る」
    「琥子さん——“いいんですか”?」

     琥子があっさりと重要な案件を話そうとしたので、始音が目を細めて牽制する。

    「当然だ。・・・真理のことを大事に思う人間になら、一人でも多く話しておきたい」

     その言葉には、暗いニュアンスが込められていた。
    つまり、何かあったときのための保険のため、という意味だった。
     始音は諦めて琥子の横に座る。琥子と始音、鞘子と我王が向き合って座った。
    話を聞く二人は緊張し、固唾を呑んで次の言葉を待った。

    「——お前たちは“超能力”を信じるか?」

    「「は??」」」

     ・・・のだが、二人にとっては大分突拍子も無い話だったらしい。

    「琥子さん、それとこれと何の関係が? おちょくってます?」
    「日向野さん僕達を子供とあなどっちゃあ困るぜよ・・・」

     なので当然、鞘子と我王は呆れた反応を返す。
    それに対して琥子も呆れた反応を返すので、二人はポカンとした。

    「いいかい、よく聞きな。
    別に目からビームが出るわけでも、火を飛ばすわけでも風を吹かせるわけでも、
    事象を否定したり跳ね返したりするわけでも、電撃を走らせるわけでもないさ。

    本来の人間は不可能なこと——即ち“超能力”だ。」

     呆れつつ聞いていた二人がだんだんと神妙な顔つきになっていくのが判り、琥子は先を続けた。

    「例えばだ、我王、人間しか扱えない能力は何だ?」
    「え・・・えぇと、・・・強いて言うなら会話することですか?」
    「その通り。意志と言葉を持って会話するプロセスは他のどんな動物とも異なる。
    つまりこれは他の動物からすれば超能力と呼べる。所詮は呼び方の違いだ」

     超能力であるか否かは他者によって決定される。

    「押さえておいてもらいたいのは、“超能力は存在しない”ということだ」
    「・・・え?」

     ここで突然、琥子が超能力を否定した。
    超能力を信じるかと問われた鞘子と我王は意外に思う。

    「たとえ私が今ここで、身動きをせずにこのコーヒーを我王の頭にぶっ掛けたとしても、それは超能力じゃない。『人ならざるモノが当然有している能力』と呼ぶべきだ」

     先程の例えで、人は当然会話が出来ると彼女は言った。
    それは他の動物から見れば超能力だが、人間からすれば『人が当然有している能力』だ。

    「間違えないでもらいたいんだ。人間に超能力は扱えない。
    超能力ってのは、本来の人間とは異なる存在が当然扱える能力だ」
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    鬼神07 No.11098003 

    引用

    DON'T TRUST MY MEMORY


    「では本題に入るとするか」
    「・・・長い導入でしたな」
    「まあそう言うな。先程の話を先入観にして本題を聞いてくれ」

     コーヒーカップを手にし、淡々と言う琥子。
    無糖のコーヒーをすするその身体は、僅かに震えていた。

    「ふぅ・・・・・・ところで我王」 
    「はい?」
    「お前、これ以上深く入り込んでいいのか?」
    「・・・・・・・・それ、忠告のおつもりですか」
    「ああ。恐けりゃ出てけ。何も無理に付き合うことはないし、友達は選んだほうがいいぞ」

     白々しさを含んだ言葉だった。

    「別に。今更無関係とは言いたかないですよ。出会って数日でも、鬼無瀬君は僕の友達です」
    「・・・・・覚悟は、あるのか」
    「あります」
    「はぁ・・・・・愚問だったようだな。お前らには聞くまでもあるまい?」
    「ええ」「もちろん」
    「そうか。あまり、理解出来ないな。まったく、残念な連中だ」

     琥子は毒づきながらも、その口端は僅かに吊り上っていた。

    「では本題だ——」

     誰もが、固唾を呑んだ。




    「——先程の超能力の話で、人間に超能力は扱えないと言ったな。
    つまり、超能力を扱える者はもはや人外の存在であり、『超能力者』と呼べる。
    ・・・・・・ところで、この鬼無瀬家から超能力者が誕生している。
    その超能力者の生みの親・・・開発者と言ってもいい。それが先代、『鬼無瀬切重』」

    「キリエ・・・?」
    「キリエ・エレイソン(主よ、憐れみ給え)から取ったのか、切って重ねるの意なのかは判らんが、そんな名前だった」
    「鬼無瀬キリエって・・・聞き覚えがあります」「私も」

    「そりゃそうだろう。なんたって、鬼無瀬真理の実の父だからな」

     全員が絶句した。
    ただの鬼無瀬家の昔話が、突然現実に繋がったのだ。

    「鬼無瀬切重はもともとは普通のサラリーマンか何かだったらしいが、真理の祖父の死後、とある研究を引き継ぎ、超能力者の開発を始めていったらしい」
    「つまり・・・鬼無瀬の家系ごと、超能力に関する研究をしていたと?」
    「おそらくそうだろうな。そもそも鬼無瀬ってのは『鬼』の『無』き『世』界を、というとこから来てるらしいからな。もしかすると千年以上前に遡る可能性もあるかもしれない」
    「なるほど」

     鬼の無い世界を。
    ここから生み出される超能力があるとしたら、それはどんなカタチを持つのだろうか。

    「そして、鬼無瀬切重は実験を重ねて、とある少年に超能力を持たせることに成功したと、——この手記にある」

      

     琥子が手にしていたのは、彼女がこの家を捜索したときに二階から発見した、鬼無瀬切重の手記だった。
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    鬼神07 No.11109918 

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    DON'T TRUST MY MEMORY

    「急展開ですな。聞きたいことが山積みだ」
    「うん・・・・私も・・・・」
    「まあ堪えろ。順を追って説明する」

     この頃にはもう、二人は気づいていた。
    いや、気づいていたから、出来れば琥子の話に耳を塞ぎたい思いだった。
    ——この超能力の話が、大事な友人である真理に繋がるということに。

    「この切重さんの手記がどれだけあるかはわからないけど、これにかいてあるのは大分狂ってる」
    「狂ってる??」
    「・・・私の想像の中で、切重という人は白衣を着て眼鏡をかけて無精ひげを生やして腕を広げて気味悪く大笑いしている研究者です」
    「なんて失礼な!?」
    「すまん我王、鞘子の言ったのはだいたいあってる」
    「もうやだこの家!」

     始音の溜め息がやけに大きかった。

    「それはそうと、狂ってると言ってもおかしくないような文面だ。最初の頃のページと比べると、超能力の完成に向かうに連れて字がひどくなっていってるしな」

     鬼無瀬切重の手記と呼ばれたものは、いまやコンビニでも買える至って普通のノートだった。だが、枚数は50枚という厚さ。さすがに研究者、といったところか。
     みんながそのノートを覗き込み、琥子の台詞に納得する。
    書きはじめの頃の整った字と比べれば、ページをめくるごとにその字は荒れていき、最後には——

    「な・・・・・・っ!?」
    「これは・・・・・・」
    「・・・・・・・・・・不気味ね」
    「まさか、本当にこんなことをするヤツがいるとは思わなかったな」

     ——赤くこびりついた血が、奇妙なカタチを描き、字としてメッセージを残していた。
    『超能力は完成した』と。

    「ざっと見る限り、このページのちょっと前のページにもその旨の発言が残されている。つまりこの赤字は、超能力が本当の意味で完成したという意味なのだろう」
    「まるで、遺言ね」
    「・・・・・・・・・・うん、・・・・・・・確かに」
    「・・・鬼無瀬切重は7年前に行方不明になっている。もしも死んでいたとしたら、それもあながち間違いじゃないかもしれないな」

     超能力者という、人ならざる者に堕ちるための研究。
    その成れの果てがこれだと言うなら、人々はこの研究をさぞ滑稽そうに笑うだろう。

    「さて、それでは日向野さんの超能力講座を再開するよ〜」
    「・・・・・・わーい」「・・・・・ぱちぱちぱちぱち」「・・・・・・・・・」
    「その反応をされるくらいなら反応されないほうがマシだと思った。
     それはともかく、・・・それじゃ、切重のおっさんが拓いた超能力がどんなモノであるかについてだ。さっき見たように、鬼無瀬家の超能力は完成したとある。ここで言う完成はシステム的なものだと考えられる。一定の条件さえ満たせば、意識的に発動できる類のものだと推測される——問題はその中身だ。幸いにも、わずかながらそれに関する記述がここにある」
    「ふむふむ。どれ、見せていただけるか」

     我王が言うと、琥子は手記を広げてテーブルに置いた。
    琥子が指差す文には——。

    『——発現能力は“願望機”。願いを叶えることの出来る能力』

    「バカな・・・! これだけ抽象的な能力だとは・・・!」
    「願いを叶えるって、そんな・・・・・・・、・・・・・・・・・。」

     鞘子が恥ずかしがって言葉を呑み込んだ。
    なんて残酷な能力なのだろう、という言葉を。
    こんな能力を持ったら誰もが傲慢に、強欲になるに決まってる。
    この“願いを叶える”という言葉が、鞘子にはそのまま“他人の夢を奪う”という言葉に置き換えられていた。
     手記の文には続きがあった。

    『この願望機は世間一般に言われるそれとは異なり、“何らかの力を願いを叶える力に変換するプログラム”とでも言ったほうが正しい。願いを叶えるには、必ず何らかの代価を支払う必要がある。
    この願望機は不完全であり、発動者とは別の能力者が必要となる。
    吸呪機(きゅうじゅき)と私が勝手に呼んでいるそれは、』

     バンッ

     ・・・我王が、壁を殴りつけた音だった。

    『願望機のために何らかの力を呪いとして身に受けるプログラム』

     願望機は本当に、残酷なものであった。

    To Be Continued
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    鬼神07 No.11113885 

    引用

    DON'T TRUST MY MEMORY


    ——カッ、カッ、カッ。

     マシーンじみた規則正しい足音が、真理の耳に届いた。

    「お目覚めかな、鬼無瀬真理」

     それは暗闇の中から、現れた。
    小さな窓から差し込む月明りが、二人を照らす。

    「・・・・・・・・・お前は」

     真理が低く唸る。
    暗闇に縛られているこの状況でも、真理は至って冷静であった。
    至って冷静に、怒り、悲しんでいた。

     ——自分が裏切った、最高の友人に対して。

    「——ソラ・・・・・・・・・・? ソラ、なのか?」
    「いかにも。オレが鬼無瀬深空さ、マリ。久しぶりに会いにきてやったんだ、もっと喜べ」

     深空はさぞ愉快そうに笑った。
    それは7年前の笑い声と重なり、マリの頭を暴力的に傷つける。

    「・・・・・・放せ。俺は、」
    「何を言ってるんだマリ。オレは用があるからお前を縛ってるんだぞ」
    「・・・・・・俺に、何の用だ?」

     すると深空は、よくぞ訊いてくれましたと言わんばかりに口角を上げる。
    目は殺気に満ち、鼻息は荒く、笑顔で舌なめずりをする。
    悪魔が笑うとしたら、こんな表情なんだろうと真理は思った。

    「そう、用だ。例えば——」

     そんな表情のまま、深空は刃物を握り——

    「——オレとオマエが同一的存在であるか否か、確かめることとかな」

     ——真理の腹部に、突き刺した。

    「ぐっ・・・・・・・ぁ・・は・・・!」
    「・・・ふむ。オレは痛みを感じないとなると、オレ=オマエ説は否定されたな。
    昔から思ってたんだよ。実はオレはお前の人格の一部で、鬼無瀬深空なんて人間は存在しないんじゃないか?オレはお前の作り出した幻想じゃないのか? ってな。
    もしそうだったら、オレが無傷でお前が傷を負っている状況は、世界によって否定され、お前の傷は瞬時に癒える。よってこの説は否定される」
    「・・・・・・ワケの・・・・わからんことを・・・・・・!」
    「はっはっは。だってオレたち、あんなにもそっくりだったじゃないか。やっぱり本当は双子だったんじゃないか? それとも何かの呪いか?」
    「・・・・・・・・・・・・・・・・・ハァ・・・・・・・・・はぁ・・・」

     治療の施される見込みが無いこの状況では、真理の傷はとても危険であった。
    生温かい何かが身体を濡らし、零れ落ちていく。
    意識が薄れ、真理は息も絶え絶えに、深空を睨みつけることしかできなかった。

    「オレがオマエの重複存在だったなら話は早かったんだが・・・そう上手くはいかんな。
    心配するな、オレはオマエに乱暴するためにここに連れてきたんじゃない。
    マリに、尋ねたいことがあってな」
    「・・・・・・・何だ・・・・・・」

     そこで深空は、真剣な面持ちで刃物を捨てて、マリの目をまっすぐに見据えながら訊いた。

    「——“鬼殺し”というモノを、知っているか——?」

     ——鬼殺し。
    将棋の奇襲戦法の一つだが、深空の言った鬼殺しはそれとは異なるものだった。

    「・・・聞いたことも・・・・・・ないな。何だ、それは」

     挑発するようにマリが問うと、意外にも深空はあっさりと答えた。

    「それはだな————」

                     *                  *


    「・・・不死? 超能力者って、不死なんですか?」
    「不死というのが正しいかどうかは分からんが・・・どちらかと言うと“無敵状態”に近いな。さっきも話したように、超能力者というのはそもそも人外の存在だ。“人間の攻撃で連中を殺すことは不可能”なんだ。傷を負わせることは出来ても、死にまで至らしめることはどうしてもできない。何かの加護なのか何なのか、生命の危機に瀕するとほとんどダメージを受けつけない。奇跡的な回復力でも備わってるんだろう」

    「それじゃあ、さっきの“鬼殺し”っていうのはまさか・・・」
    「ああ、お察しの通りだ——」

                         *                *




    「「——超能力者を完全に滅する唯一の手段だ」」
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    鬼神07 No.11123357 

    引用

    DON'T TRUST MY MEMORY


    「超能力者を完全に滅する——超能力者の存在は“世界”によって護られている。構造は人間と何ら変わりはしないのに、超能力者の死を世界が否定するために死なない。この理を、世界の意志を殺すことができるのが——鬼殺し」

     鬼殺し。
    その言葉の意味が“鬼無瀬”の意味に重なった気がして、マリの背筋を冷たいものが伝う。

    「とはいっても伝説的なものだ——そのカタチすら全く判らない。超能力者を殺すという意味はおそらくその役割からして、超能力を殺して人に帰すという意味なのだと思うが——情報が足りなすぎるな」

     ——その説は日向野琥子の認識とは異なっていた。
       琥子は我王たちに対して「超能力者は人ではない」と言ったのだ。
       超能力が失せたところで、それは人間ではないと。

     そんな話を聞かされて、マリは疑問に思う。
    自分にそんな話を聞かせて、いったい何になるというのだろうか。
    鬼殺しとやらのことは知らない。そうである以上、自分にぺらぺら情報を与えたところで、いったい何の得が・・・?いや、そもそもコイツの目的は何だ・・・?

     そんな訝しげな表情を、親友の深空は見逃さない。

    「知っていたら教えてほしい。いや、思い出したら教えてほしい。
    俺は鬼殺しを使って、殺したい人物がいる——」

     ソラはもう、マリを見てはいなかった。
    その名前のように深い空を、懐かしさとふわふわした現実感とがない交ぜになった圧倒的に深い空を。深空を、小さな窓からただ見つめ続けていた。
    空は無情に流れ、ソラは唄うように言う。

    「——それは一億分の一の天災。存在自体が神の試練。
     その願いが世界を穢し、滅び急ぐ世界を観測する存在。」

     マリはそこでようやく、ソラの横顔が悲しみをたえていることに気づいた。
    幼いころと変わらない、涙を流しているような何かを悟ったような、悲しげな横顔。
    この表情を浮かべたソラが、いつも大人びていたことをマリは思い出す。




    「——俺は殺したい。超能力者、鬼無瀬深空の、すべてを。」




     月明かりが一瞬だけ、ソラの目元を輝かせた。


                       *               *



    「……さて、これで大体の事情は把握してもらえただろう。あの名も無きクソガキ…いや、いちいちこう呼ぶのも面倒か。アンノウン——いや、正体は分かってるんだからこれもおかしいか」
    「……ネームレスで、どうかしら? 名前だけが不明なんだし」
    「採用。で、そのネームレスくんがおそらく超能力者だ」
    「えぇっ!? そうなんですか!?」
    「喚くな我王。このあたりの事情はまた後で説明する。それで、ヤツは何故この鬼無瀬家にわざわざお出ましたと思う?」
    「‥‥‥この建物のどこかに、彼の欲しい何かがある? 願望機の発動に必要なものとか」
    「まあそんなところだろうな。その何かがここにはあるわけだ。で、私達の予想外の妨害であえなく失敗したと」
    「じゃあ、どうするんですか? この家燃やしますか」
    「アホか」
    「あたっ!?」

     口調は現代日本語になおりつつも、中身は変り者のガオーの頭をココが叩く。

    「証拠隠滅してどうする。もうひとつ言っておくが、マリをさらったのもおそらくヤツだ。これもまた目的は知れんが。そして、マリを探す手がかりはほぼ無いに等しい。なら、後は簡単だろう」

    「…ってことは」「…マジ?」「…上等じゃない」

     ココはフッと笑って、高らかに宣言する。

    「ネームレスは必ずここに来る。そこを確保してマリの居場所を吐かせて、マリを解放するッ!!
    いいか、失敗すれば後は無いぞ! マリを助けるために、各員全力を尽くせッ!!」
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    鬼神07 No.11125911 

    引用

    DON'T TRUST MY MEMORY

    「——時間だ。そろそろ出かけてくる。いい子にしてろよ、マリ?」
    「・・・・・・・・・・・・ちょっと・・・待て」
    「・・・何だ?」
    「何故お前が生きてるんだ?」
    「・・・は?」

    「・・・鬼無瀬真理は、鬼無瀬深空を殺したはずだ。」

    「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なに・・・・・・・・・・・・・・!?」
    「・・・7年前だ。暴れる俺を止めようとしたお前を、俺はナイフで一刺しにしたはずだ」
    「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
    「胸の傷は、大丈夫なのか? もう確実に、死んでいたものだとばかり思っていたが・・・」
    「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・マリ。いい子にしてろよ。すぐに帰ってきて、続きは聞いてやる」


     吐き捨てるようにそう言って、ソラは闇に溶けていった。

                    *                  *


     ・・・暑い。
    太陽が眩しくアスファルトを照らし、纏わりつく空気はねっとりとしてきている。
    午前9時30分。菅原始音は長い髪を揺らし、街を駆け抜けていた。

     自転車で。

    「あ、もしもし、琥子? 話してた例の店まで来たけど。ここからどうすれば?」
    「ああ、了解した。それじゃあその店の前で待ってな」
    「え? あ、ちょ・・・・・・・・切りやがった」

     手持ち無沙汰になって、始音は自転車に腰掛ける。
    それはマリの家にあった自転車を借りたものだった。
    マリのものかと琥子に尋ねたら琥子のお古だと聞かされ、がっかりしたのは10分前。

    「・・・・・・・・こんなところに・・・・・・いったい何なのよ・・・?」

     鬼無瀬真理救出大作戦の第一歩は、何故か菅原始音の単独行動だった。
    参謀の日向野琥子が何を考えているのか、メンバーは知る由も取り付くしまも無い。
    ・・・まぁ、訝しむのも無理はない。
    何故なら、琥子が行けと指定した店は、

    「豆腐屋かよ」

     シャッターが閉まっているが、「永らくのご利用ありがとうございました」と煤けた張り紙がされていたりはしない。営業時間外なのだろうか。
    ボロい建物の横には一台分の駐車スペースがあり、ところどころひび割れていた。

     と、そこに、

    「お〜い、危ないよ〜お嬢ちゃん」
    「え、あ、すみません」

     駐車の邪魔になっていたので、自転車ごと移動する。
    ・・・ひび割れた駐車スペースに、後ろ向きで白いバンが駐車してきた。
    車体の横には「黒澤豆腐店(自家用)」。・・・自家用って入れる必要あるのか・・・?
    無駄の無い動きで駐車した車から、颯爽と一人のおっさんが降りてきた。
    いや、おっさんというほど歳を食ってはいない。まだ20代であろう、若さと堅実さの入り混じった人物。
    その瞳の精悍さはとても豆腐屋には見えない。いや、その格好もとても豆腐屋には見えない。
    車を見る限り、この店の人らしい。・・・のだが。

    「こんにちはお嬢ちゃん」
    「・・・えーと、こういうのは確か・・・・」
    「ん?」
    「ギャップ萌え?」
    「違うわっ!」

     ・・・何故か警察の制服を着ていた。

    「その辺は後でね、とりあえずこの電話を」
    「? はぁ」

    男は「あねご、いまかわりますぜ〜」と携帯電話に向かって言い、それをそのまま私に渡す。どうやら、電話に出ろということらしい。

    「・・・・はい、代わりましたけど」と名乗りたくないので無難な対応。
    すると、電話口の向こうからは聞きなれた声が聞こえてきた。

    「ハァーイ始音元気ィ〜?」
     
     もの凄く電話を切りたくなった。 

    「・・・何の真似よ、琥子」
    「チッ、可愛くないな。作戦の一部だ馬鹿者」
    「作戦中にそんなおふざけしてる人に言われたくないのだけれど!?」
    「フン、そんなことはどうでもいい。作戦通達だ。」
     
     どうでもいいのかよ、と心の中でつっこむ。
    これ以上電話に向かって騒ぐと、このおっさんに変人のレッテルを貼られかねない。

    「その男は伝説の豆腐屋——もとい、私の部下である黒澤明日太郎だ」
    「何その名前!?」「アスタロウ・クロサワでーす」おっさん黙れ。

    「見るからに変人だが、残念ながら優秀だ。我々の事情に関しても精通している。
     その男と協力して、マリの居場所を探し当て、救出しろ」

    「はぁっ!? ちょっ、マリの居場所はネームレスから聞き出すんじゃ、」
    「喜べ始音、お前にしか出来ない仕事だ。マリがお前を待っているんだ。んじゃ」
    「ちょ、琥子ッ、待ちなさ・・・・・・・・・・また切りやがった」

     ・・・まったく、人使いの荒いヤツね。
    そう呟いて電話を返そうとすると、

    「あれ・・・黒澤さ〜ん? ミスターアスタロウ〜?」
    「はい、ただいま戻りました」

     いつの間にか店の中に入っていたらしい。黒澤は警察の制服から私服に着替えていた。
    何故私服のときのほうが警察官っぽい雰囲気を醸し出しているんだろう。残念なおっさんだ。

    「話はすべて琥子のあねごから聞いてる。とりあえず助手席に乗ってくれ」
    「はい」

     気後れすることなく、始音は黒澤に続いてバンに乗り込む。
    戸惑っている場合ではない。マリを、救うんだ。

    「時間が無い、しらみつぶしに探すよ! シートベルトはオォゥケェェィかいっ!?」

     ・・・あれ、何でハンドル握るとまた人が変わってるの?

    「しっかり掴まってろよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!!」
    「え、あっ、ちょっとおっさん、速いってばああぁっ! どうしてコイツら皆変人なのよぉぉぉ!?」

     鬼無瀬真理救出大作戦、開始。


    To Be Continued!!
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    鬼神07 No.11140542 

    引用

    DON'T TRUST MY MEMORY

    「よーし、じゃあ鞘子、買出しに行って来い」
    「はぁぁぁぁぁっっっ!? 琥子あんた、この状況解ってるの!?」
    「解ってるからそう言ってるんだ。お前に出来ることは無い。今後のために冷蔵庫の中身を増やしておけ」
    「私に出来ることは無いって・・・私だって、マリくんを助けるためなら何だって——」
    「そこがダメなんだ」

     鞘子が口を尖らせると、琥子は非難するように言った。

    「お前はアイツのためなら何でもしてしまう。優しいヤツだよ、大したモンだ。昔に比べれば随分素直になったし、お前みたいな娘がマリのそばにいてくれて、アイツは幸せ者だよ。・・・でも、だからこそ危険なんだ。今お前にマリを探させたら、お前は必ず全力で走り出してしまう。今はそうするときじゃない」
    「・・・・・・・でも」

     それでも納得しない様子の鞘子。琥子は普段の不機嫌そうな表情とは違った、優しい微笑みを浮かべて言う。

    「安心しろ、マリは必ず見つかる。お前の仕事はその後だ。今はお前には何も出来ないがだからこそ、・・・・世界でたった一人、お前にしか出来ないコトがある」
    「それは?」
    「マリの伸ばした手を、引っ張ることだ」

     何かピンと来るものがあったのだろうか。
    鞘子は不可思議な回答に納得し、明るい笑顔を向ける。

    「・・・そっか。・・・分かった! 何買ってくればいい?」
    「食料。出来れば携帯食料を多めに。あとお前の得意料理の具材。あと砥石」
    「うん了解! 行ってきます!」

     ・・・最後のは何なんだ、というツッコミも忘れて鞘子は駆け出す。

     ——待っててマリくん。私はいつでも、待ってるから。





    「さて……あっちはどうなんだろうねぇ」

     鞘子と始音が出て行ったのを確認し、琥子は鬼無瀬家の二階に上がる。
    …大胆な琥子には似合わず、足音を猫のように殺して。
     二階は廊下は綺麗にされていたが、襖を開けるとどこも完全な物置。
    その荷物の大部分は、マリの両親のものだった。
    …捨てられなかったんだろう。どんな顛末だったとしても、他人にどれだけ蔑まれても、マリにとってはかけがえの無い家族だったのだから。
     私は上手くやれているだろうか、と琥子は思う。
    マリの家族として、姉みたいな存在として、本当に受け容れられているのだろうか。
    あのカッコ悪くて、どうしようもなく飾り気がなくて、優しくて、肝心なときにあまりにも心強い、鬼無瀬真理に。

    自信は、無かった。
    私には救えないのかもしれない。
    解っていた。
    私一人じゃ救えない。
    だからこそ。
    鞘子がいて、始音がいて、我王がいて、私がいて、あの子がいる。
    今しかマリを救えない。

    決着をつけてやる。

     だからその勇敢な女性は、物怖じもしないのだ。

    「そんなにこの研究が気になるのか———渡辺我王。」

     …気がつけば我王は二階で、黙々と切重の研究について調べていたのだった——。
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    鬼神07 No.11150764 

    引用

    DON'T TRUST MY MEMORY


     物置の一角、若干ホコリ臭いそのスペースには、足場が無いくらいにレポートやノートなどの書類が散乱し。
    その中心には、みんなの中では最も情報が少ないはずの、渡辺我王が座っていた。
    制服がホコリで汚れるのも気にせずに、必死で切重の研究について調べている。

    「随分精が出てるじゃないか。気になるのか?」
    「・・・あ・・・え、えぇ・・・まぁ・・・」
    「どうしてだ?」
    「それは・・・鬼無瀬くんを取り巻く状況について、もっと知りたいからです」
    「・・・・・・・そうか。ならいい。ほら、お前にも仕事だ。あそこまで行って、黒ワゴンの車を取って来い」

     琥子が二階の窓から指差したのは——街外れにある廃校・・・・・・の横にある林の中だった。

    「いやいやいやいやいやいやいや・・・・・・あの、日向野氏? 僕は車の免許なんて持ってませんよ? ていうか取れませんよ?」
    「アクセルで加速、ブレーキで減速、ハンドルで曲がるんだ。はい、鍵はコレ」
    「いやいやいやいや! だから僕にそんな運転なんて出来ませんって! っていうか林の中じゃないですか!?」
    「安心しろ、車の窓は黒のスモークガラスだ。警察に見つかってもそうそうクソガキが運転してるとは思われんよ」
    「聞いてないしこのおばさん!」カチャッ

     一瞬で拳銃を抜き、我王の額に発砲体勢を取る琥子。

    「・・・フン、いまどきそんな古臭い暴言を吐く糞餓鬼がいるとは思わなかった。
    鞘子も始音もすぐに駆け出していったのに、どうしてお前はこう素直じゃないんだ?
    やはりアイツのことなど友達とは思っていないのか?———何が目的だ、我王?」
    「ぐ・・・はい、・・・わかりましたよ、行きますよ!」

     乱暴に琥子から鍵を受け取り、背を向けてずんずん行ってしまう我王。

     ・・・足掻いても無駄なことはあるもんだ、と琥子は思う。
    もう手遅れな事態だとか。もうどうにもならない事態とか。終わったことを後悔することとか。
    無駄なもんを繰り返してるだけかもしれない、私達は。

    「だが——もう、戻れないのなら」

     足掻いても無駄だというのなら。

    「変わるしか、ないだろう」

     そうして琥子は物置の中からあるものを取り出す。
    ・・・鬼無瀬家に残ったのは琥子のみ。ネームレスは必ず、来る。
    つまり日向野琥子は、超能力者に対してたった一人で挑むつもりなのだ。

    「今度こそ、必ず。」


                       *                  *


     そして、残酷にも時間は動き出す。

     鞘子がスーパーに出向いてカゴに食材を詰め込んでいる頃。
     始音が黒澤明日太郎とともに、車でマリを探している頃。
     我王が車を探しに、林へと駆けている頃。
     真理が深空に捕まり、ぐしゃぐしゃの記憶と戦っている頃。
     
     琥子は風に短い髪を靡かせて、彼を待ち受ける。
     深空は風とともに大地を駆けて、彼女に会いに行く。

     誰もが願望を胸に抱き、誰もが待ち受ける悲しみに涙をこらえて。
     誰もがあの日の光景をまぶたの裏に焼付け、誰もが今度こそとまっすぐに前を見て。

     その先には何があるのだろうか。
     そんな問いをぶつけたら、彼らは案外同じことを言うのかもしれない。

     それは控えめなようで傲慢な、強欲なようで唯一の願い。
     
     ただ、幸せでありたい。たったそれだけの、この世で最も崇高な望み。

     そんな自己満足のために、たった一人、彼に一緒に居て欲しい。
     誰もが、そう願い続けたのだ。

     風に走る願いが、スピードを上げて愛になり、音速を超えて真の理に至る。

     たった、それだけのことだった。


    To Be Continued
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    鬼神07 No.11155574 

    引用

    DON'T TRUST MY MEMORY


     音が聞こえる。
    世界が動き出した音だ。

    全身を震わせるその音が、ぐちゃぐちゃになった『俺』と『僕』の記憶を鈍器のように殴る。
    痛い。痛い。この作業は本当に痛くて辛い。
    どの記憶を手にとっても、その光景は嫌というほど鮮明だった。
    何を思い出そうとしても、血が滲むくらいに痛いのだ。

     解ってる。この痛みはつまり、俺が過去を拒絶している故の痛みなのだ。
    乾いた大地に雨が降っている間は辛いし、雨が上がれば大地は固まる。

     雨は、弾丸のように鬼無瀬真理に降り注いだ。
     頬を濡らす液体は、雨だけでは無いことだなんてとっくにわかっていた。

                        *                 *


     俺、鬼無瀬真理はこの小さな町に生まれ、この小さな町で育った。
    両親は優しかったし、その優しさにいつまでも甘えていてはいけないと、俺もしっかり者を目指して努力していた。
    兄弟はいなくて俺は一人っ子だったけれど、友達がいたから寂しくなかった。

     佐々倉鞘子。
    俺にとって最も身近な友人で、わがままで、意地悪で、・・・いつでも優しかった。
    無力さを噛み締めて泣きまくる子で、俺はこの子を支えてやろうと思った。
     菅原始音。
    俺や鞘子よりも頭の出来がよくて、何でも出来て、それを鼻にかけまくるやつで。
    打たれ強くて、本当に強くてずるいやつで。いがみ合いになったこともあった。
     
     小学2年生のとき、父方の祖父が亡くなった。
    次の日から父さんは、鬼無瀬切重は——変わっていった。
    仕事場に行く代わりに祖父の家にいつも出かけていた。
    何をしているのかと聞いても答えてはくれない。母さんも何も言わずにニコニコしていた。
    でも、——僕に対する接し方や態度は、以前とまるで変わらなかった。

     小学3年生のとき、道端でチンピラに絡まれた。
    ・・・その日、何故か友達が出来てしまった。

     鬼無瀬深空。
    同い年で鬼無瀬の苗字を持つ——たぶん、従兄弟だったのだろう。
    モデルガンが大好きでたくさん集めていて、使っていないものをいくつもくれた。
    大人たちに注意されながらも、散々遊んでいたと思う。

     俺と深空と鞘子と始音。
     いつも一緒だった。
     いつも遊んでいたし、喧嘩もしたし、ふざけあいもしたし、本当に友達だった。
     
     それから——日向野琥子。
    おそらく、俺と深空の親戚なのだろう。
    ただの親戚の割には、よく会っていたし、ウチにもよく遊びに来ていた。
    当時は確か高校生だっただろうか? 妙に男らしいところがあるけど、綺麗な人だった。
    警察官になるのが夢で、武道に励んでいた。プロレス技を何度仕掛けられたことか。
    でもそれでも、根は優しい人だった。僕らを守ってくれる、いいお姉さんだった。

     
     このまま、が続けばいいと願っていた。
    あの8月のあの日の鞘子——サヤちゃんも、そう言っていたと思う。
    きっとみんなが、そう願っていた。





     そんなある日。
     鬼無瀬切重が、いなくなった。



     ここからの記憶は果たして正しいのだろうか。 俺にも僕にも自信が無い。
     一つだけ言えるのは、あの結末は決してハッピーエンドではなかった。それだけだ。
     
     もう一度やり直せるなら、もっと上手に生きられますように——。



    ----------Don't trust my memory.


     鬼無瀬真理の瞳が開く。
     涙は乾いて、拘束具を壊して外へ駆け出したいと願い、闇を睨み続ける。

     今度こそ。
     一億分の一の災害は、俺が止める。



    To Be Continued
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    鬼神07 No.11157733 

    引用

    DON'T TRUST MY MEMORY———

    ————But,That day was a beautiful day.
                       ・・・だけど、あの日はいい日だった。

         
     


    「琥子のあねごへッ、4つ目もハズレでしたぁあぁっ!!」
    「騒ぐなみっともない。次へ行け、多分そこだ」
    「そのセリフを今まで散々聞かされた結果がコレなんですけれどっ!?」
    「あー背中かゆい・・・・・・あぁそうだ、ガソリンには気をつけろよ」
    「僕のセリフを華麗にスルーしてあぁでも優しいあねご・・・俺、一生あねごに——」
    「ガソリンが無くなろうが行き倒れようが、私は助けないからな、はっはは」
    「——ついていこうとか思ったけれどそんなのは気の迷いだったんだぜ。はぁ。それじゃ次行きますね。あ、そうだあねご」
    「ん」
    「彼を見つけたらどうするべきですか。警察署ですか、鬼無瀬家ですか」
    「・・・なぁに、なるようになるさ。んじゃ」
    「え? あ、ちょっとあねご——愛してますッ! ・・・切られちゃったか・・・」

    「・・・助手席に私がいること忘れてるでしょうアンタ・・・。」

     切れた電話に愛の告白をする黒澤に思いっきり引きつつ、ジト目で始音は呟く。
    今の廃屋で4箇所目。5つ目の候補は廃校舎だった。
     菅原始音と黒澤明日太郎は、白バン(黒澤豆腐店)で町内を走り回っていた。
    目的は勿論、誘拐された鬼無瀬真理の捜索。指示をしたのは日向野琥子だった。
     黒澤は何故かこちらの事情に詳しく、真理がさらわれた場所候補(琥子が指示した)を白バンで回っていく。・・・凄まじい形相と凄まじいスピードで。いまだに警察が警察に追われる展開になっていないのはほとんど奇跡だろう。
     そもそも、琥子が真理が誘拐されたことを知ったのも、黒澤の電話によるものだった。
    そして今、大事な味方の一人である始音を託して真理を探させている。
    それぐらいに琥子は、黒澤という部下を信頼していた。





    「それで、5つ目の廃校というのは何のこと?」
    「町外れにある、農業高等学校跡地と旧農業試験場のことです。・・・ほら、あのただっぴろい土地が旧農業試験場」
    「うっわ、土地をもうちょっと有効活用しろっての・・・」
    「ええ、そんなこんなでここには何か住宅だとかを建設予定だって聞きましたけど、まだ着手には全く至ってないみたいですね」
    「ここに家を建てて住むアホがいるの・・・? 半径1kmが田んぼか林だってのに」
              
     道路の左側には、それはもう完全に田舎な雰囲気をかもしだした田んぼがあった。
    とにかく広く、開けた平野だった。ところどころにボロい小屋だとか柵だとかがあり、立ち入り禁止の看板がぶら下がっている。ここが日本であることを疑うような光景。アルプスをとっても汚らしくしたらこんな感じだろうか。これが旧農業試験場。動くものは虫ぐらい。立ち入り禁止の看板がこれだけ汚れていても、ろくろく立ち入る人間などいないだろう。

    「曲がりますよ」
    「・・・ってことは、この先か」

     今まで走っていた道路から直角に左折。白バンは田んぼの中を通る細い道路を抜けていく。500mほどのまっすぐなその道路を行くと、田んぼの奥にある背の高い林へ続き、歪んで、坂を上っていく。
     その坂の先に見えたのが——

    「——ここがつまり、農業高等学校跡地ってことね」
    「はい。町の都市化に伴って生徒が減っていき、だいぶ前に廃校になりました。
    かといってこんな辺境の土地に何かを建てる必要性も無く。いまだに校舎が残されているというわけです」

     ——林に囲まれたアスファルト。
    その上にそびえ立っていたのは、崩れ落ちそうな脆さを感じさせるコンクリートの塊。
    農業高等学校の校舎だった。
    校舎は3階建てで、その横には小さな体育館に格技場らしきものまである。
    マトモな場所かと思いきや、・・・校舎の正面玄関のドアのガラスは粉々に砕け散り、無残にも散らかっていた。
    他の教室の窓も割られているところが目立ち、お世辞にも綺麗な校舎とは言えない惨状だった。・・・荒らされたのだろう。
      
     黒澤は車酔いした始音に手を貸しながら、車から降りて校舎に近づく。
    始音の手を離し、砕け散った正面玄関に堂々と近づいた。

    「うぇ・・・気持ち悪いわ・・・スパニッシュマウンテンのジェットコースターに8回乗ったときよりも気持ち悪い・・・」

     始音も吐き気を訴えながらついてくる。

    「・・・・・・・・・・・・・・・これは・・・」

     その玄関の惨状を見て、黒澤は慌てて携帯電話を取り出して何やらいじり始めた。
    ・・・よく見ると、その閉ざされて壊された扉は異常だった。

    ガラスの割れている範囲が大きすぎる。3人ぐらいは悠々と通れるだろう。
    ガラスの向こうには、侵入者を防ぐための黒い防護柵みたいなものが貼られていたのだが、大きくねじ曲げられて、床に倒れている。
    錠前は、・・・ガラスに塗れて、床に落ちていた。

     ここまで破壊するのに、どれくらいの人数と道具がいるのだろうか・・・?
    そこらのチンピラ如きのしわざでは無い事は明白だった。

     そこで、黒澤が青ざめた顔で呟いた。

    「あった・・・間違いない・・・。」
    「? 何よ、どうしたの?」
    「・・・この写真です。・・・先月に、パトロールのときに撮りました」
    「・・・ちょ、ちょっと待って、これってまさか・・・この扉の写真・・・!?」

     ——二人の背筋が凍る。何か冷たい感覚が身体を流れる。
    黒澤が手にした携帯電話の画面には——ガラスが一部割れてはいるものの、防護柵に阻まれて、錠前も閉まっていて、絶対に誰かが通ることは不可能な、立派な玄関の扉の写真。 
    ・・・黒澤がこれを撮影したのは先月。つまり、この扉が破壊されたのは最近のこと・・・!

    「・・・じゃあ、まさか、・・・・・・・・・・・ここに・・・・・?」
    「鬼無瀬真理がいる可能性は、充分にあります・・・!」

     

     二人は校舎を見上げる。
     冷たくて、無人で、無情なコンクリートだった。


    To Be Continued
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    鬼神07 No.11171624 

    引用

    But,That day was a beautiful day.


    「・・・4つ目もハズレか・・・」

     じゃあ、5つ目の廃校舎だろうか。6つ目の閉鎖された病院だろうか。7つ目だろうか、8つ目だろうか。
    汗が滴る。今日は暑い。もう昼だ、太陽はギラギラと照りつけ、風が吹いてもちっとも涼しくない。
    煙草の吸殻を踏み潰す。もう何本目だ。ここで待っている時間は本当に長い。
    ・・・嗚呼、つまり、私は恐がっているんだなぁ、と。
    ネームレスが現れてしまうそのときを、私は本当は恐がってるんだ。
    汗は暑さのせいだけじゃない。涼しくないのも、暑さのせいだけじゃない。
    だから願う。
    せめて、早く見つかってくれと。


     そして、永遠に来て欲しくなかった、ずっと待ち続けた時が来る。

    「・・・参ったな。せめてあと二十分——待ってもらえそうには無いようだな」
    「・・・・・・・・・・・日向野・・・・・・・・琥子・・・・・・・・・!」
    「作戦変更だ。自分が何をしたのか胸に手を置いて考えろ。その間を待つぐらいの義理は私にもある」
    「・・・・・・遊んでいる暇は・・・無い・・・!」

     
     照りつける太陽の下。

     鬼無瀬家にて、日向野琥子と鬼無瀬深空が対峙した。


    * *



    「————」

     言葉が出なかった。
    いつもあれほど調子に乗った話し方をする菅原始音が、何一つ言えなかった。
    喜びのあまりか、驚きのあまりか。
    今にも泣き出しそうな顔をして、彼女は身動き一つ取れずにいた。

    「鬼無瀬くん! 鬼無瀬真理くんだね!?」

     一方、黒澤は一目散に駆け寄る。

     ——鬼無瀬真理は、廃校舎の二階の部屋、音楽室に監禁されていた。

    部屋は防音で、何故かその部屋だけ割られていない窓は全て閉めきられて、その上こんな辺境の地。助けを求めて叫んでも、誰も聞き届けられる者はいなかっただろう。
    春とはいえ今日のこの気温。窓を閉められ、空気は淀み、真理はじっとりと汗をかいていた。
     彼の両腕両足には手錠。鎖で柱に繋がれ、一人では絶対に抜け出せない状況。
    どこか疲れきったような、泣き腫らしたような表情。
    それより何より、彼の腹部は真っ赤な血で染まっていた。
    おそらく刃物か何かで刺されたのだろう。辺りにも血が飛び散っている。
    こびりついてはいない・・・傷を負ってから、そこまで長い時間が経過したわけではないのかもしれない。

    「始音ちゃん!! 俺が番線カッターを車から持ってくるから、彼の止血を頼む!」
    「あ、・・・はい!」

     我に返った始音が、部屋を出て行く黒澤と入れ違いになって真理に駆け寄る。
    近づいてみて、彼女は怯える。目を見開き、肩を揺らし、足を震わせる。
    真理の息遣いは、荒い。危険な状態なのかもしれない。

    「・・・マリ・・・」
     
     始音の吐息は、甘い。傷をおっているけれど、真理が見つかって妙に安心したようだ。
    我王たちに向けていた態度とはまったく別人のように、その表情は優しさで溢れる。
    それは当然のこと。始音はマリのことを他の誰よりも大切にしている。

     ——まるで、籠の中の鳥を育てるように大切にしてきた。
    いちばんそばにいたのに、ずっとずっと、たくさん隠し事をしてきた。
    ずるいかもしれないけれど、始音はそうやって生きてきた。
    その生きる最大の理由が、マリのそばにいるためだった。
    きっと大丈夫、昔からマリは頑丈っていうかしぶといっていうか——

     始音がマリのシャツをそっとめくり上げて、「え?」と、呟いた。
     
     ——何だ、これは。何だというのだ、いったい。

     マリのシャツは確かに血に濡れている。
    血はズボンも肌も濡らし、辺りにも確かに血が飛び散っている。
    そこまでこびりついていないから、傷をおってからそこまで長い時間が経過したわけではないだろう。
    どういった状況だったのかはともかく、真理が怪我をしたのは間違いないのだ。

     始音は怯える。手も見るからに震えている。それは怪奇に対する恐怖。
    7年前、何度かその影を見せ、彼女らを散々恐がらせた怪奇。
    そのときと同じ感覚が、始音を怯えさせる。
     真理が動けないのをいいことに、始音はそのシャツを脱がせた。
    そして目を疑う。状況から見るに、マリは絶対に腹の辺りに傷をおっているはずなのに。

     ——どうして、傷口が無いのだろうか・・・・・・?



    To Be Continued
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    鬼神07 No.11192264 

    引用

    But,That day was a beautiful day.

     それは怪奇現象だった。
    あるはずのものが、あるはずのところにない。
    そばにいるはずの彼が、とてもとても遠く感じる。
    始音はしばらく呆然としていた。

    「・・・・・・・・・・」

     真理は何も言わない。目はかすかに開き、呼吸を荒くし、痛みにこらえているかのような表情。それを見て始音がハッとして、ようやく真理に話しかける。

    「マリ。痛むの?」
    「・・・・・・・」

     真理は何も言わない。始音が心配そうに覗き込んできても、その距離が友人同士の距離ではなくなっても、真理は屍のように何の反応も示さない。
     始音はしばらくあれこれと話しては真理を覗き込むというのを繰り返していたが、諦めが着いたのか、真理の隣に座って、彼の肩にそっと寄りかかる。床に着いた血なんて気にしてない。
    始音の顔は、赤い。ややあって、始音は独り言のように真理に話しかけ始めた。

    「・・・・・・こんなときだから、マリが興味を示しそうなこと話してあげる。昨日の帰り、鞘子に会った時。あのあと、私、あなたに言ったでしょ。もう、思い出さないでくれって。・・・だから、あなたが知りたがってた昔のことを話してあげる」
    「・・・・・・・・」
    「あなたは、私の初めての友達だった。幼稚園の頃だったかな、私達のおかあさん同士は昔からの友達で、私はおかあさんに連れられて、マリの家に行って。そこで、あなたに出会った。最初は何も話せなくて、でも何度か通ううちにちょっとずつ話し始めて。で、あなたが『また遊びに来いよ』って笑うようになってからは、もう親友だった」
    「・・・・・・・・」
    「いつも一緒に遊んで、いつも一緒に笑って、笑ってるマリは素敵で。小学校に上がって、鞘子も一緒に遊ぶようになって、**も一緒に遊ぶようになって・・・あなたと一緒で、本当に幸せだったの」

     始音は目を細める。饒舌にキラキラした過去を懐かしむ、少女の瞳だ。

    「こんな日々がずっと続けばいいのにな、って思った。子供ながらに、思った。・・・そんな矢先に、あの事件が起きた」

     7年前。あの事件。4人の少年少女の運命を書き換えた、あの災厄。深すぎる傷跡。
    それを思い出しただけで、始音の瞳には涙がじわりと浮かぶ。

    「・・・私は無力だった。鬼無瀬のこととはいえ、私にも出来ることがあった。友達なんていうものに囚われて、私は勇気を出せなかった。あなたに、償いきれないほどのことをした。重すぎるものを背負わせてしまった。・・・あのとき、私が**を殺してしまっていたら。それでもよかったんだ。」
    「・・・・・・・・・・・・・・・・」
    「もう、いいの。私は、マリさえいれば、それでいい。鬼無瀬が何だろうがネームレスだとか超能力だとか、もうそんなのはどうでもいいの。私はもう二度と、あなたにあんな思いをさせはしない」

     始音は、開き直っていた。強くなっていた。
    先程までの弱々しい様子は霧散し、力強い存在感を持って立ち上がる。



    「誓うわ。次があるなら、私はこの生命にかけて、あなたを守る。今度は、私が。残りの人生を、あなたに尽くす。——私のたった一人の友達を、これ以上やらせはしないわ」

    「——————」

     ——知っているよ。始音が“僕”の、始まりの音だったことを。





    「・・・始音ちゃん、持って来たよ、離れて! 破片とか飛ぶから!」

     黒澤が、巨大な番線カッターを持って部屋に戻ってきた。
    うなだれる真理に駆け寄り、大きな音を立てて、手錠のチェーンを切断していく。

     ジャラ。

     真理の瞳が、開く。動き出す。拘束されていた身体が、腕が、足が、動き出す。切られてかなり短くなったチェーンをジャラジャラと鳴らしながら、立ち上がる。

    「マリッ!!」

     離れていた始音が、駆け寄る。

     真理は、笑った。目を細めて、歯を見せて、心から笑う。とても綺麗な、笑顔だった。

    「改めて聞くけど怪我は————え、ちょ、あの、まり、え、・・・え?」

     とても綺麗な笑顔を始音に向けたまま——そっと彼女を抱き寄せた。

     感謝のこもった、やさしいやさしい、一瞬の抱擁。
     愛情、謝罪、罪悪感、感謝、憤怒、苦笑、照れ、戸惑い。
     いろいろごちゃまぜになった感情が、一瞬で二人の間を行き来する。
     忘れられていた記憶が、出会ってから今日までのすべてが、二人の間を行き来する。
     
     それはとってもとっても短い抱擁。
     物足りなそうにする始音を解放し、真理は始音と黒澤に背を向け——

    「えっ!!??」「鬼無瀬くん!?」

     ——窓から飛び降りた。




     直前に真理が見せた表情は——悲しみに染まっていた。
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    鬼神07 No.11199763 

    引用

    But,That day was a beautiful day.


    鬼無瀬家——


    「じゃあ——レッツパーティ。そらっ、行くぞ!」
    「・・・!」

     先手を打ったのは琥子だった。長い太刀を鞘から引き抜き、深空に襲い掛かる。
    ——家の二階に保存されていたそれは、太陽の光を浴びて直視できないほどの眩しい光に包まれている。
    鬼無瀬家が代々保管しつづけ、今なおこの時代に存在する一振りの太刀。
    レプリカなどではない、本物の輝き。正真正銘、人を殺すための道具——真剣だった。

     対する深空は丸腰。しかし軽やかな動きで、縦に横にと乱暴に振るわれる太刀を、ことごとく回避する。

    「ふっ・・・さすがにやるじゃないか、ガキんちょが」
    「・・・・・・黙れ、おばさ——」
    「言ったら殺す!」

     深空の言葉を遮り、琥子が叫びながら太刀を振り下ろす。
    ・・・急に鋭くなった琥子の動きに、深空の動きも乱れてくる。
    刀身が次第に深空の身体を掠めるようになる。
    不意に、琥子が身を一瞬だけ伏せた。
    そこを注目した深空の顔面に、砂粒が投げつけられる。目潰しだ。

    「しまっ——」
    「言わなくても——やはり貴様は殺す!」

     ——回避不能。禍々しい殺意に満ちた刃が、深空に襲い掛かり——

    「『デュランダル』」

    「な・・・」

     ガキィィンと金属音がして、受け止められた。
    深空の手には、光り輝く一振りの聖剣。

    「・・・なんだと・・・・・・!?」

     琥子の表情が引きつる。
    それは琥子の持つ太刀とは、明らかに異なる輝きだった。
    その美しすぎる造形も、纏わりつく空気も、感じさせる時間さえも、その剣は違う。
    圧倒的な存在感。立ちふさがる全てを切り裂きそうな切れ味を感じさせる刃。
    鍔迫り合いになっている琥子の太刀の刃が、異常な勢いでこぼれていく。
     
     そう、まるで伝説からそのまま持ち出したような、聖剣デュランダルだった。

    「ぐっ!」

     蹴りを放って深空から距離を取ろうとする琥子。
    デュランダルを流して鍔迫り合いから逃れたものの、聖剣は無情に、落ちるギロチンの如く琥子に迫る。
    ギリギリのところで、刀で受けようとして——今度は、刀が折られた。

    (クソッ、これが願望機の能力か!? 既に無くなっていようと曖昧だろうと、願望を現実と成す能力・・・世界を滅ぼせてしまうぞ、これは!)

     鬼無瀬深空が持つ超能力、“願望機”。
    鬼無瀬切重によって発現された、願望を現実に投影する力。
    その規模が依然として不明であったため、琥子はある意味楽観していた。
    だが今のを見せられてはどうしようもない。
    ・・・深空は、あの聖剣デュランダルを現実世界に作り出したのだ。容易に、一瞬で。
    そして思い、戦慄する。この少年は戦争が起こせるレベルじゃない・・・一歩間違えば、容易に、一瞬で、世界を滅ぼすことさえ可能なのだ。

               ——だが、この少年の傷を彼女は知っていて。

     砕け散る銀の光。その中で、深空は笑う。呪うように、蔑むように、嘲笑う。
    ・・・その笑いを見て、琥子に怒りの炎が灯される。

               ——それを容赦無く抉るのは、気が引けていただけで。


    「そんなふうに——笑うな!!!」

     

               ——超能力者は人間じゃないと言ったのは、琥子だったわけだ。






     そうして琥子は、拳銃を引き抜く。
    それがデュランダルと同じ、本物の輝きだと、深空は悟った。
    そして彼は、その銃口を覗き込んでしまう。
    それは何だか——どこかで見たような光景で、

    「あ、あ、ああ、う、ああぁあぁぁぁぁ、

                     ——それを少年は、鮮明に思い出していた。

                うぅわぁぁぁぁああぁぁぁぁぁあああああぁぁ!!」

     重なる光景。フラッシュバック。
    あるはずのない光景を、捨てたはずの光景を、全身が思い出す。本能で知っている。
    全身を抉られるような感覚。襲い掛かるあのときの恐怖。
    底の見えない海に投げ捨てた、七年前の記憶。

     その中の最悪の光景が、再現された。



    To Be Continued
  • 鬼神07さんのプロフィール画像

    鬼神07 No.11208176 

    引用

    But,That day was a beautiful day.

     深空が、本当に記憶を無くしていた人物が、あの日のことを思い出した。
    その瞬間、黒澤の白バン(トランクが空きっぱなしで鍵もささったままだった)を奪って運転していた真理を激しい頭痛が襲う。

    「っ————・・・ソラ・・・?」

     その頭痛は少し前にも真理に訪れた。
    始音をその腕に抱き締めた一瞬。突然に頭痛が起きて、真理の意志は捻じ曲げられた。
    そのときから、もうダメだった。頭の中がもやもやして、焦燥感が広がって、不安で不安で不安で不安で不安で。強迫観念から生まれる、殺意。わからない。どうして俺はこんなにも焦っているのだろう。でも、頭痛が何でも、俺にはやらなければならないことがあって、

    「——あの野郎、ぶち殺す。」

     7年前に終わった事件が、いま真の終焉へと向かう。

     深空は、ほんとうのことを思いだす。



     
     あの7年前の8月。

     ——鬼無瀬切重が行方不明になった。

     その報は狭い街をあっという間に駆け巡ったが、特に大きなアクションは発生しなかった。
    ・・・鬼無瀬にはあまり関わりたくないという、“街”の意志の表れだった。
    警察にも連絡が行き、力を入れて捜索したが見つからない。
    まるで神隠し。痕跡も行き先も何も残さず、切重は消えたのだった。
    切重が怪しげな研究をしていたという噂と相まって、次第にこの話はオカルトやホラーの話にカテゴライズされていく。

     だが、彼らにとっては決して他人事じゃなかったのだ。

    「お父さん・・・まだ帰ってこないな・・・」

     時刻はもう午後8時。小学生が友達の家で遊ぶには夏でもあまりにも遅い時間だ。

    「・・・・・・・・ずいぶん心配そうだな、真理」
    「そりゃそうだよ。たとえ宇宙人について研究していたとしても、父は父、僕と特別な絆で結ばれた肉親なんだから」
    「勝手に宇宙人を研究させおったよマリくん・・・」
    「心配なのか好機だと思ってるのか分かりづらいわね・・・最近、すぐに私達を家に泊めるし」
    「親がいないときって普段出来ないことがいろいろ出来るよね!うん!昨日は母さんも帰ってこなかったし!」
    「・・・真理お前実は心のどこかでガッツポーズしてないか・・・?」

     夏休みの続き。いつもの3人に、鬼無瀬家で暮らすことになった深空も加えて、4人はほぼ毎日鬼無瀬家に入り浸っていた。
    ・・・誰も理由については言わなかったが、真理の父親が行方不明になり、母親も早朝すぐに出かけるようになり、真理は日中、深空と二人だ。彼の身を誰もが心配していた。
    切重がいないうえに母も帰りが遅い。真理は夜までみんなと遊んで、家に泊めることも多くなっていた。
     そして今4人がいるのは真理の部屋。・・・・7年後、我王と琥子と始音と鞘子が座ることになる場所だ。

    「まぁもちろん悪いことはしないよ、最近はうるさいおばさ——」ドスッ「——お姉さんもいることだし」
    「はいマリくんハンカチ、これでその冷や汗を拭きましょうねー」
    「・・・この家はいったいどんな改造が施されてるんだ? とある単語を真理が言おうとするとナイフが飛んでくるなんて」
    「さすがは琥子さん、やることが違うわね。壁に穴が空きまくりだわ」
    「マリくんもいい加減、琥子さんのこと素直に琥子お姉さんって呼べばいいのに。ぶっちゃけ、すっごくいい人じゃない?」
    「・・・そうね、綺麗だし強いし、私達みたいなガキんちょの面倒をちゃんと見てくれるし」
    「母から送り込まれた監視役っつったって、冷たいわけじゃないだろ? むしろお前のことを愛している」
    「いやそこが問題なんじゃないか」
    「おっと、言い忘れた。“変態的に過保護にペットを愛でるように愛している”」
    「さらに悪化してるからねソラ! ・・・まあ琥子さんのことはまんざらでもないけど」
    「あ゛あ゛ん?」
    「いやどうしてそこでそんなに恐ろしい顔を向けるのサヤちゃん!? どうして壁に刺さったナイフを持って振り上げてるのかないやですやめて許してごめんなさいうわああああああああああ!!」

     日に日に仲が深まり、そのまま外に出したら警察を呼ばれそうなぐらいだった。

    Prrrrr 

    「おっと電話だ。真理は鞘子とよろしくやってるし、俺が出るか」
    「ちょっとそこッ、さらっととんでもない発言をするんじゃない! サヤちゃんの動きがさらに鋭くなったじゃないかッ!」

     居間の固定電話が鳴った。切重の失踪事件に関するものだろうか。警察か、親族か。・・・そのどちらでも深空が電話をとっても問題無さそうだった。

    「はい、鬼無瀬でございます。・・・はい・・・・・・・・え・・・? 本当ですか? ・・・分かりました、俺から伝えておきます。はい・・・・はい、では失礼します。」ガチャ

     なにやら沈鬱な様子の深空。
    彼が振り返ると、真理の部屋から始音が一人、心配そうに見ていた。
    その向こうでは真理と鞘子が大乱闘を繰り広げている。

    「・・・一応、鬼無瀬以外には機密の情報らしいんだが。知りたいって顔だな」
    「うん。あなたが大人な子だって分かってきたから。無理矢理喋らせないと、真理にも秘密にする気でしょ」
    「何だ、バレてたか」
    「変態的に過保護にペットを愛でるようにって、ふぅん? まるであなたのことみたいね?」
    「・・・・・・・・・・・・・ぽ」
    「・・・・・・そこで赤くなられても反応に困るわ」

     深空は始音の顔をあまり見れずに、真理の部屋に戻る。

    「電話終わったぞ。真理の叔父さんからだった」
    「ああ、それで何だって?」
    「・・・鞘子に馬乗りにされて鞘子がナイフを握って妖しく微笑んでいる状況でなんでお前は普通に反応してるんだ? 変態だったのか?」
    「いや、人間諦めも肝心かなって」
    「・・・真理も難儀なやつだな。・・・いまさらだな、それこそ。はぁ」
    「深空深空、電話の話」
    「あぁそうだったな。今日は鞘子も始音も泊まってけ。状況が悪化した」
    「どういうこと?」

     深空の表情が大人びる。彼がよく見せる表情だったが、その真剣さはこれまででも最も強いものだった。

    「——失踪事件だ。鬼無瀬の連中が渋って捜索願いを出したがらなかったから今の今まで分からなかったが、この4日間、毎日失踪事件が起きてるらしい。一日一人——」

     そこで真理の目を真っ直ぐに見ながら付け加える。

    「——鬼無瀬の姓を持つ人間が、次々に失踪しているらしい。昨日いなくなったのは、お前の母親だそうだ、真理」

     ・・・事件の影は、彼らの極めて近くまで迫っていた。


    To Be Continued
  • 鬼神07さんのプロフィール画像

    鬼神07 No.11245365 

    引用

    7 years ago,
    But,That day is a beautiful day.



     夜が深まっていく。

     みんなが順番に風呂を使い、いつものように戸締りを確認し、同じ部屋に川の字に布団を敷いて眠る。
    男男女女の並びである。女の子二人に挟まれたほうが幸せだって? 始音検定準二級の僕からすると、それは極めて危険な行為だと思うね。朝起きたら始音の顔が目の前にあるのは構わないが、彼女は寝ぼけると抱きつかずに首を絞めるのですよ。無意識の殺意ってやつでしょうか。なにそれ怖い。とにかく、「だがそんなところがいい!」とか言ってしまうのは変態の領域でありそんなことはどうでもよくつまるところ、始音ははじで寝てもらって、真ん中に僕とサヤちゃん。僕の隣にソラ。

     ——守ってくれているんだろうな、と思う。こんな並び一つでも、皆は僕のことを心配してくれているのだ。
    男としてそれどうなのよ? とか言ってられる状況ではない。言いたいけど。
    みんなの前では素でいられるけれど、それでも寝ても覚めても一緒っていうのはなんだか不思議だ。要するに緊張している。
    ・・・・・・僕が怖がっているのがバレないか、心配で。

    「・・・・・・・・・・・・・はぁ〜・・・・・・」

     自分のことをあっけからんとした性格だと思っていたのだけど、思ったより建前とかそういうものを無意識のうちに気にしてしまうほうだったらしい。
    気づくとほら、こんなふうに一人になって溜め息をつきたくなってしまっている。
    みんなが寝静まった頃、眠れない僕は布団から抜け出して、一階の縁側でみかんジュースなんてものを堪能してしまっている。

     ・・・落ち着く。落ち着け。落ち着いているさ。落ち着け。落ち着け落ち着け。

     状況を整理すると、だ。
     4日間、1日に1人、鬼無瀬姓の人間が失踪している。

    8月11日。僕の父親、鬼無瀬切重。
    8月12日。僕の叔母。名前は知らない。
    8月13日。僕の従兄弟、5歳の勇次郎くん。
    8月14日。僕の母親、鬼無瀬鶴子。

     すべて、僕に近い血縁の人間だ。
    というかもはや、鬼無瀬姓の人間はそう多くない。僕の家と親戚の家。
    ちなみに3+4+3+1=11人。1は鬼無瀬深空である。今まで気にかけなかったから忘れそうになっていたが、

    「・・・・・・っ・・・・」

     ・・・・・・ソラも、鬼無瀬姓。失踪事件と関係があるのだ。

     このうち、4名が失踪。1+3+2+1=7人。残る鬼無瀬姓は、7人だけ。
    この調子で事件が続くなら、あと一週間で事件が終わる。
    そのときには、もう誰もいなくなっているだろう。
    忌み嫌われた僕達は、意味を失くして此処から消える。

    8月15日。今日は、誰が消えるのだろうか。今日は、無事でいられるのだろうか。

     暗く落ち込む脳内回路。吹き抜ける風も、頭を冷やしてはくれない。

     縁側から月を仰ぎ見る。真夏の月は、闇を切り裂いて空を燃やすくらいに眩しい。
    それほど、今の月は眩しく見えるのだ。僕の居るここは、本当に暗いから。

    「どうせ、こんなところにいるんだろうと思ったよ。昨日はいびきかいてたくせに。」
     
     だから、今の君はこんなにも眩しく見えるんだよ、ソラ。

    「失踪事件と分かった途端に怯えだすとはな。お前って実はバカだろう?」

     軽口を叩きながら、ソラは縁側に腰掛けて足を投げ出す。
    僕が怖がっていたのは、とっくにバレていたらしい。

    「飲むかい?」
    「ああ、のどが渇いたよ、頂こう」

     飲みかけのみかんジュースを差し出すと、ソラは勢いよくコップを傾けた。
    カランカランと、コップのなかの氷が小気味いい音を立てて踊る。
    ソラが飲み終わったところで、ペットボトルからみかんジュースを注ぎ込む。

     しばしの沈黙だった。コップに液体が満たされていく。

    「「・・・あの」」
    「ん?」
    「え?」
    「ああ、そっちから言え」
    「いやいやソラのほうからどうぞ」
    「「じゃあ」」
    「あ?」
    「うん?」
    「狙っているのか?」
    「わざとやってるでしょ?」
    「じゃあソラから」
    「・・・ジュースがこぼれるぞ」
    「のわぁあぁっ!?」

     小声で叫ぶ僕。えらい。女子二人の快適な睡眠を妨げてはならないのだ。

    「やはりバカだ・・・。」

     嘆息して月を仰ぎ見るソラ。僕もみかんジュースにそっと口をつけながら、眩しい月を見上げる。

    「・・・用件のみ話そう。俺は鬼無瀬姓だ。お前も鬼無瀬姓。失踪事件に巻き込まれる可能性は充分にある。気をつけろ」
    「うん。わかってる」
    「・・・最初はお前の父親、つまり長男家。次の叔母は長女家。その次は三男家。その次はお前の母親、長男家。どうやら、ぐるぐる回ってるみたいだ」
    「じゃあつまり、次は長女家の残った3人の誰かって言いたいの?」
    「あくまで可能性だがな。犯人が、いや事件がどういった意図で行方不明にしているかにもよるが・・・」
    「・・・・・・・・・・」
    「・・・・・・俺はこの家の人間だ。養子だからな。」
    「わかってるよ。君が家族だってことぐらい。」

     虫の鳴く声が小さく聞こえる。
    辺りは静かで、真理の静かな息遣いすら聞き取れそうだ。

    「だが、この事件が俺たちに極めて近いところで起こっているのは事実だ。・・・離れ離れになるかもしれない」
    「・・・そんなこと、言わないでよ」
    「いや言う。言えるうちに言う。だから聞き逃すな、」

     ソラはひとつ、息を吸って。

    「お前と家族になれて、友達になれて、親友になれて、とても楽しかった。
    本当に感謝している。いつまでもこうやって幸せでいたい。
    だから、俺に手の届く範囲なら、俺はお前といる幸せのために躊躇しない。
    俺がお前を守る。手を伸ばし続ける。いつでもどこでも、最高の友達でいる」

     ・・・・・・・・・・・・・・・うぉう・・・!

    「なんという火力だ・・・圧倒的じゃないか・・・!」
    「・・・なんだそれは。バカなのか?」

     はっ、僕としたことが、あまりにもイケメンチックな台詞に鳥肌が立ってしまった。
    顔が熱い。落ち着け、落ち着け、堕ちろ。いや堕ちちゃダメだ。

    「ど、どどどどうしたんだよソラ! いきなり熱い告白なんかしちゃって!」
    「な、こんな場面で冷やかすなバカ! 俺は自分の気持ちに正直になっただけだ!」 
    「いや悪化してるからね!? どうしてそう無駄に勘違いされそうなワードを使うのさ!?」
    「俺の気持ちを・・・受け止めては、くれないのか・・・?」
    「可愛く言ってもダメだー!」

     その後、場の沈静化にたっぷり3分かかった。
  • 鬼神07さんのプロフィール画像

    鬼神07 No.11278071 

    引用

    But,That is a beautiful day.




    「・・・ごほん。とにかく、だ。ここは俺が見つけた居場所なんだ。ここにいる自分は、お前らと一緒に居るときの自分なら、俺は好きになれる。だから、絶対に手放さない。お前も、鞘子も、始音も。俺の居場所がここであるために、俺が俺であるために、俺は戦うよ。」
    「・・・ありがとう。今日までバカで、ごめん。」

     落ち着いた僕らは、みかんジュースをがぶ飲みしながら月を見て話す。
    相手の顔は見れない。今は見れない。
    見たらきっと、目が合ってしまったらきっと、お互いにのしかかる重い気持ちに気づいてしまうだろうから。
    さっきまでの会話が、お互いを励ます意味もあったと気づいてしまうだろうから。

    「バカ。諦めろ、お前はバカだ。どうしようもないレベルのバカだ」
    「いきなりなんという理不尽な罵倒をなさるのですか!?」
    「罵倒? いいや、俺はお前を誉めているのさ」
    「バカという誉め言葉は無い!」
    「誉め言葉にもバカはあるぞバカ。それすら知らないとはお前は本当にバカだな」
    「バカバカ連呼しないで! 僕の心がすさまじい勢いで抉られていくから!」

     どうやら僕はバカだそうだ。うん?そうなのか?
    宿題はやってるし、宿題はやってるし、宿題は終わってないんだけどなぁ。

    「・・・だから、俺は真面目に誉めたんだって。野球バカとか勉強バカって言葉があるだろう? そういうときのバカって言葉は、物事に熱中している人という意味の、もはや誉め言葉だろう」
    「・・・僕にそんなことがあっただろうか、いやない。」
    「無駄に反語表現を使うなバカ。お前は何というか・・・真面目バカというか優しさバカというかお前バカっていうか・・・」
    「真剣に言葉を吟味しつつ罵倒してくるとは! 今日のソラの口は本当に悪いね!」
    「真面目に聞けバカ。とにかく・・・遠回りしたが、お前はお人好しすぎるってことだ。」
    「随分な遠回りだったね。・・・でも、僕にそんな覚えは無いんだけど」
    「お前は優しい。優しさに熱中して、優しさバカで、お人好しだ。
    もちろん普段はそんなんじゃない。どこにでもいそうな優しそうな人ってぐらいだろう。
    でもお前の心の奥底では、優しさが渦巻いている。優しさが根源になっている。
    自分か他人の命を選択しなくてはならない場面なら、お前は必ず自分の命を捨てる。
    しかも、何の躊躇いもなく、な。だから、バカだ。もっと自分のことを大事にしろバカ。自分のことを心配しているやつの気持ちも考えろバカ。バカ」
    「・・・・・・・・結局バカは罵倒の言葉じゃないか」

     ・・・思い当たる節があったので、口を尖らせておく。

     確かに、僕は——自分を蔑ろにしている。
    父さんが言うように、僕は自分を特別だと信じている。でもそれは、特別という言葉の響きに酔いしれているわけではなく——つまり、この特別というのは“異常者”という意味なのだと、信じているのだ。
     さっき、ソラが物騒な例えをした。
    誰もが、悩みに悩んで、それでも普通は自分の命を守ると思う。誰だって我が身は可愛い。
    悩みに悩んだという免罪符を握って、他の誰かを蹴り落とすのだ。
    でも僕は——自分を捨てられると思う。ソラに言われてようやく気づいた。
     
    僕は自分のことを、自分のことだと考えていない。
    自分のことを、真面目に考えていない。

     それはつまり鬼無瀬真理というのは自分ではなく、鬼無瀬真理という他人だと思っているということ。
    世界を一人称で眺めていない。僕のなかにいる本当の僕が、僕の瞳を通して世界を他人事のように見ている。
    つまり——多重人格のようなもの。
    “自分は異常者”という意識から、喜んでいる僕と——人生を諦めた僕が居た。
    普通の幸せを願った僕は、人生を諦めてしまった僕は、こうも簡単に死んでしまったのだ。
    それでも、死してなお僕に居座る彼の夢は、異常を喜ぶ僕を誑かし、簡単に鬼無瀬真理を捨てようとする。
    その殺意が、捻くれすぎた優しさであり、僕の異常さなのだ。

     ・・・なら、

    「君は僕なのかもな、ソラ」

     僕にそっくりな顔をしたソラは、目をぱちくりとさせる。

     そう。

    癖のない黒い髪の毛。細い眉。切れ長の黒い瞳。夏の太陽に焼けた肌の色。
    顔のパーツの一つ一つを見ても、それは僕が鏡の中で出会う人物にとてもよく似ていた。

    「ほら、僕らってそっくりでしょ? だから、君は僕なのかなって」
    「・・・・・・・そうかもな」
    「僕に嫌われた僕が生まれ変わって、僕の顔を持って僕に会いに来たんじゃないかな」
    「・・・・・・・・・・・」
    「でも、」
    「それでも、俺はお前を守るよ。俺がお前を守るよ。それでも、だ」

     今度は僕が目をぱちくりとさせる。ああ、きっと鏡で見たら、ソラのそれとそっくりなんだろうな。

    「——今夜は大告白、だったね」
    「ふん・・・まったくだ」

     だから、自分のことなら信じられる。ソラのことなら、信じられる。
    この『僕』は諦めない。異常者でありながらも、幸せを諦めない。
    だから僕は、戦おう。大切な居場所を、守るために。









    「・・・・・・まったく、イチャイチャしちゃって」
    「まったくね。あそこまでされるとさしもの私も嫉妬するわ」
    「始音はいつものことでしょうが?真理の周囲の人間に対する視線がもはや、」
    「ああん?」
    「はいすいませんでしたなんでもございませんでしたー。・・・はぁ〜あ」

     ・・・眼力で鞘子を黙らせる始音が割と近くで二人の会話を聞いていたことなど、知る由も無かった。
  • 鬼神07さんのプロフィール画像

    鬼神07 No.11668815 

    引用

    8月15日。
    それは年を遡っていけば、ほかの日とは違う景色を見せてくれる。

    8月15日。
    国民の希望を絶望に変え、絶望を未来に変えた、終戦記念日だったのだ。
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