Fall of Fall 1ページ目 2〜10
Guns of Pain 2ページ目 11〜20
DON'T TRUST MY MEMORY 3ページ目 21〜30
But,That day was a beautiful day. 4ページ目 31〜
タイトル及びサブタイトルは本編にはあんまり関係ありません。
軽〜い気持ちでお読みください。
だらだら続けずに完結させる予定です。
終わったら・・・昔書いていて打ち切りになったアレの続きでも書くかな・・・と思わせぶりな台詞を残しておく自分でした。
鬼神07
No.10913079
2011年04月08日 19:07:15投稿
引用
それはただの愛であり、それはただの自分なのだから。
Fall of Fall
* *
「しばし待たれよ鬼武者くん。」
「そんな俺は鬼無瀬くんだが?」
「鬼武者くんという呼び方は嫌いかね?」
「俺は平和主義者だが?」
「嘘だね。この呼び方は、君に新たな特徴を付加する素晴らしいものだろう?」
「嘘だな。その呼び方は、遠回しに俺が無味簡素なキャラだと示している。」
「ほぉ、いきなり謎キャラだな隣人。」
「隣の席のお方と言え。」
鬼無瀬真理。マリちゃんではなくマリくんであり、鬼武者ではなく鬼無瀬である。
平凡な街の平凡な学校の平凡な始業式。16歳の春は退屈に、繰り返されるようにやってきた。
「ならば君にはガオーくんの称号を授けるとしよう。」
「アレンジのセンスというものが足りないな。」
「何故?」
「そのまんまじゃないか!」
渡辺我王。ガオーくんという冗談にしか思えない名前の同級生である。
まったくもって珍しくない苗字が、その違和感を増長している。
「それで何か用でも?」
「いや、ミスターキナセが良ければ、適当にどこかの部活を共に征服しようじゃないかというだけさ。」
「なら俺が4番キャッチャーの座は頂こう。エースは任せたぞガオーくんよ。」
「やや、君はこの学校に野球部が無いのを知らないのかい?」
「ならばバッティングセンターを征服するだけさ。」
「青春熱血系野球小説だったら今更需要は無いだろう?」
「最近では経済的野球小説が流行りのようだぞ?」
「ならばゴーホーム部になるまでよ。」
「帰宅部かい。」
俺達は普通の高校生だった。
取り立てて騒ぐような特徴も、起承転結のあるような物語も、チカラも、何も無い。
何も無い故の幸せを噛み締めることしか出来ない、普通の人間だったんだ。
そう、何も無い。
鬼無瀬真理には、何も無い。
俺は、空っぽだったのだ。
* *
「ねぇ鬼武者くん。」
「あぁ鬼無瀬だが。」
「鬼武者くん?」
「鬼無瀬くん。」
「・・・器の小さい男ね。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・鬼武者くん?」
「はい、鬼武者でっすが〜?」
「合格。」
独りで帰宅部の活動中、怪しげな女子高生に鬼武者と呼ばれた。
先程のガオーくんとの会話を盗み聞いていたのでしょーか。そうであってくれ。
「・・・・・・そして君はどちらさま?」
「わたし?私は貴方の可愛い世話焼きな幼馴染であり——」
「知らん。」
「・・・私は——」
「知らんわ。」
「そっちから尋ねておいてそれはいくらなんでも——」
「知らぬわベイビー。」
「む〜・・・・・おうぃおうぃ鬼無瀬くん、この私を忘れたというのかね〜?」
「・・・・・・・・・・・・・え?はい?」
知らない。
俺にこんな風に話しかけてくる可愛い同学年の女子生徒などちぃっとも心当たりが無い。
無い。
俺は、空っぽだから。
彼女は一つ溜め息をつくと、キレイに笑ってみせた。
「久しぶりだね、マリくん——」
そう言って、彼女は癖の無い前髪を両手でばっと上げてみた。
綺麗なおでこがこんにちは。彼女は別人のように見える。
・・・・・・知ってるか、俺?
知らないだろ、俺は空っぽなんだから。
だからこんな台詞を吐くのは俺じゃない。
きっと、彼だ。
「サヤ、ちゃん?」
物語に堕ちる、音がした。
鬼神07
No.10978055
2011年05月03日 22:31:27投稿
引用
「そ、サヤちゃん。佐々倉鞘子。思い出してくれたかな?」
「あ・・・・・・・・・・・・いや、今のは無し。忘れてくれ。」
「え?あ、ちょっと」
彼女に背中を向けてUターン。オレンジに照らされた道を戻り始める。
「連れないなぁマリくん、今サヤちゃんって呼んでくれたじゃない?」
「呼んでないし、君のことなんて俺は知らねぇー」
「うわぁお、これが巷で話題のツンドラってヤツ?」
「誰がツンデレだ。」
・・・心臓が、どきどきしている。
それはこの鞘子という少女に対してではなく。
空っぽのはずの、鬼無瀬真理に対してであった。
「ま、サヤちゃんって呼んだってことは覚えてるってわけか。うんうん、上出来」
「・・・・・・・・・・・。」
「貴方が何も覚えていなかったら、それこそ何も始まらなかったものね」
「・・・何も始まりやしないさ。」
「始まる前から分かることなんて無いでしょ?」
「ゼロに何を掛けたってゼロ。無は無のまま。」
「そのゼロに私が加わって物語になるわけよ、面白いでしょ?」
「面白いもんか。」
「あー、つれないなぁもう——」
どきどき、どきどき。
鞘子と話していると集中力が散漫になる。普段抑えているものが、決壊しそうになる。
抑えろ、抑えろ、でなきゃ彼が。
「マリくんに、しかめっ面は似合わないよ」
『・・・笑ってよマリくん、そしたらわたし——』
「あの頃みたいに笑ってよ、そしたら私、」
『——死んでも忘れないから。』
「——全部、思い出すから。」
フラッシュバック。無いはずの記憶の中に、重なる泣き顔。
鞘子は泣きじゃくっているのに、それでも笑い続けた。
俺の心を掻き毟るような泣き声は、俺を容赦なく責め立てる。
普段は自己中心的で自分のために生きているようにしか見えないのに、
本当はすべての痛みを抱え込んでる悲しいひと。
俺は、佐々倉鞘子を知っていた。
あのとき、彼はどうしたのだろうか。
今、俺はどうするべきなのだろうか。
知らないよ、俺は空っぽだもん。知るわけ無いだろ、彼のことなんて。
俺は俺、鬼無瀬真理。マリくんじゃない、彼じゃない。
だから俺は、鞘子って呼ぶ。
「鞘子。」
「・・・うん?」
「俺は誰だ?」
「マリちゃん。」
「俺はどうして生きている?」
「・・・私がいたから?」
「なら俺はいっそ、本気で空っぽになりたいな」
「・・・・・・空っぽなんかじゃないし、空っぽになんてなれない」
「あぁ、だからとりあえず」
「とりあえず?」
「・・・・・・サヤちゃん、と呼んでみることにした。」
とっても久しぶりに、俺たちは笑いあった。
それはとってもとっても、待ち遠しかった時間だった。
鬼神07
No.10990861
2011年05月08日 09:28:31投稿
引用
残酷に響いて、動き出した。
「・・・こんなところで女泣かせるとは、さすが鬼無瀬はやることが違うな」
歯車は再び動き出す。
「だが、そっちがその気なら仕方が無い」
崖へ向かう馬車のように、残酷に。奈落へ堕ちる神のように、滑稽に。
「一億分の一の天災くんは——俺が止める」
物語は、動き出した。
Fall of Fall
* *
始業式から3日が経過した。
ガオーくんとはGO HOME CLUB——カッコ良く言ってみたが帰宅部、の部活仲間として良き盟友になれそうだ。
クラスは見知らぬ顔も多く新鮮で、まだ皆打ち解けてなっしんぐ。これからに期待。
問題は、こっちだ。
「マ〜リ〜くん?」
「敵襲か!?」
「何よその、怖気づいた司令部の人みたいな反応。そんなことより一緒に帰ろ?」
「ああ、幻聴か。やれやれ、慣れないことが多くてストレスになっていたか」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「ファイナル・ギガンティック!」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「ありゃりゃ・・・どしたの? 元気無いよ?」
「はぁ…いや、そりゃ元気なくなるわな」
「?」
佐々倉鞘子、通称サヤちゃん。
誰だったか思い出せないので紹介しづらい。クラスメイトだ。
何故元気無くなるか、というのも、鞘子がアレから毎日くっついてくるからである。
正ヒロインの座は私がもらうわよと言わんばかりに登場してくる。新キャラ来い。
俺だって思春期真っ只中の健全な男子高校生につき、それ自体は別に構わない。
だが、どうしてこう嫌な予感がして、気が滅入るのだろうか。
そりゃこんな俺にも、こういう人はいるんだよね、実は。
「真理ぃぃぃぃ貴様ぁぁぁぁぁっ!!!」
「敵襲だ————っ!?」
つまりは、嫌な予感とは当たるものだ、ってコト。
俺と鞘子のツーショットのところに、突如星が降り注いだ。
いや、星じゃ伝わらないな、隕石が降ってきてビックバンがバーン。
・・・失礼なヤツだな、俺。
正しくは女の子が突っ込んできた。とても残念なことに友人である。
「お、おおおお前っ、いつの間に私以外の女をおおぉぉ!?」
「3日前だな。」
「誑かしたのか貴様ぁぁぁっ!?」
「泣き落としされた。」
「口説き落とされちゃったの。」
「オォゥマイジィィィザァァスッ!!!」
「・・・喚くな始音。女捨ててるぞ」
菅原始音。始まりの音と書いてシオンと読ませる。
誉めるべきネーミングセンスなのだろうか。
始音と書いてシネと読ませるよりはマシだろう。
「私という女がありながら、新クラスだからっていきなりそんな・・・」
「いやぁ、やっぱり男女平等に付き合うべきだろう?」
「大体幼馴染の私を差し置いて貴女いったい何なのよぉぉぉ!?」
「・・・幼馴染って、いつ頃から?」
「え? えーと、7年前」
「・・・始・・・・・・音?」
「・・・え? ええ?」
知らない。覚えていない。この3人がどういう関係だったか、俺の目には映らない。
言うならそれは、・・・とても幸せなことだったと、今の俺には理解できない。
隣の鞘子の挙動はおかしかった。
その瞳孔は収縮と膨張を繰り返し、肩はガクガクと揺れている。
・・・俺は諦めてしまっているから、こうはならない。
でも、鞘子は諦めてない。
バカみたいにいつでも全力で手を伸ばして、いつも届きはしない。
俺たちが失ったものは同じで。
俺たちが失ったものを、目の前の始音は持っていた。
To Be Continued
私はアホなので難しい名前ばっかり使いますねぇ。ここで整理しときましょー。
鬼無瀬 真理:キナセ マリ:主人公、マリくん。ここまでの語り手の大半は彼。
渡辺 我王 :ワタナベ ガオウ:ガオーくん。脇役だが大丈夫か。
佐々倉 鞘子:ササクラ サヤコ:ガラスは硝子。サヤコは鞘子。
菅原 始音 :スガハラ シオン:そこどけ鞘子、イッツマイポジション。
あやしいひと:今回の冒頭で呟いてる人。マリくん逃げて超逃げて!
鬼神07
No.10994915
2011年05月09日 22:30:47投稿
引用
「——————」
「・・・・・・・・・。」
「—ヤちゃ——サヤちゃん!」
「え・・・あ・・・・・・。」
マリくんにそう呼ばれて、ようやく気がついた。
私は地面に座り込み、汗ばんだ両手で頭を抱え込んでいたらしい。
動悸がだんだんとおさまってきて、マリくんも始音もはっきりと見える。
心配そうな顔で私の顔を覗き込むマリくんと。
夕陽に背を向けた始音の瞳の奥が、はっきりと見える。
幼い頃と変わらないこの瞳が、何を訴えているのか、はっきりと見て取れるのだ。
——お前なんて現れなくて良かったのに——と。
「ご、ごめんマリくん、私帰るね!」
「え? いや俺も一緒に——」
「ばいばーい!!」
その視線に耐えられず、堪らず飛び出していた。
あの頃と変わらない彼女の黒い瞳に、私は恐怖しか感じなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・始音・・・・・・・・・・。」
マリくんに再会して、始音にも会って。
ちょっとだけ、あの頃のことを思い出してきた。
どうして失くしてしまったのか分からない、あの頃の記憶。
その内容を考えれば、失ってしまいたいと思う気持ちも理解に苦しくなかった。
その内容を考えれば、始音のあの視線も理解に苦しくなかった。
ハッキリとは受け取れない、過去の自分からのメッセージ。
それは、破り捨てたいくらいに残酷なものだった。
「ごめんね、マリくん。一緒に帰ろうって言ったの、私なのに。」
・・・一緒に行こうって言ったの、私なのに。
* *
「あーあ、何やってんのお前。そんなんじゃ彼女できないぜ?」
「俺なんかしたか?」
「両膝を崩した時点で支え! ギュッと抱き締めるくらいで・・・」
「そんなんじゃ彼女できないぜ?」
「私は女だーっ!」
「はいはい・・・。」
それにしても、妙な感じだったな。
サヤちゃんのことは正直、あまり覚えていない。
始音と交流があったのか? それに、始音と聞いて逃げ出したのはいったい・・・?
大分心配になってきた。あの様子じゃ明日の登校も怪しいぞ。
「ごめん始音、俺鞘子の家に——って」
いない。
そう思った瞬間に、後ろから不意に抱き締められた。
始音の、性質の悪い悪戯だ。彼女の柔らかい髪がうなじに触れて、くすぐったい。
「ねぇ・・・真理?」
「・・・何?」
「出会った頃のこと、覚えてる?」
「・・・・・・覚えてねぇな。」
「そう、良かった。」
それで離すかと思ったら、より一層強く抱き締められた。
・・・爪が食い込んでくるぐらいに、強く。痛いくらいに、強く。
それは怒りなのか、悲しみなのか、葛藤なのか。俺には判断できなかった。
「お願いだから、もう思い出したりしないで。」
「・・・・・・・・・。」
「鞘子はあなたの新しいお友達。あなたは鬼無瀬真理。」
「・・・・・・・・・。」
「そのままでいて、ね。お願い。」
始音は何かに祈るようにそう言うと、やさしく俺を解放した。
そしてすぐに、俺に背中を向けて何処かに行ってしまうようだった。どこに帰る気だ。
その背中に、小さく呟くように、訴えるように、宣言するようにして俺は言った。
「——————。」
「え?」
「いや、何でもない。」
何でもないさ。・・・嘘だけど。
鬼神07
No.11010048
2011年05月19日 00:17:55投稿
引用
鞘子はすっ飛んで行ってしまったし、始音も行ってしまった。
女の子と帰るほうが青春だったのに、と肩を落としているわけではない。断じて違うぞ。
「やややのややや、どうしたのかね鬼武者くんよ?」
そんなところに、背後から謎の挨拶と謎の呼称がかけられた。
ああ、残念だが今日は青春は諦めるとしよう。
振り返ると、期待を全く裏切らずにガオーくんがいた。
夕陽をバックにして仁王立ち。無駄にカッコいい。
「君は幸せそうだな、ガオーくん」
「そう見えるかい?」
「ああ、不幸だと言われたらその理由を小一時間ほど問い詰めたいぐらいだ」
「・・・・ふむ・・・・つまり君は、俺は不幸だー、と言いたいわけか」
「え?」
「いや、まあ帰ろうぞ、鬼武者くん」
一瞬、ユーモラスの結晶であるガオーくんからシリアスな雰囲気を感じて、少し恐かった。
脇を通り過ぎてさっさと帰路につくガオーくんの横へと急ぐ
「その幸せですと言いたげな能天気な顔がムカつくなぁガオーくん、と言いたかったんだろう?」
「いや、特に深い意味は無かったが。」
「そうかそうか、ならば一層、ビシッと言っておくべきかもしれんぞな。」
「?」
ガオーくんが珍しく真面目なことを口走っている、なんて表現も失礼だ。
俺は初めて、彼のユーモラスな性格の根底にある、彼を知ることになるのだった。
「デリカシーが足りないぞ、鬼無瀬くん。
僕のふざけた性格はツギハギの脆いものさ。
幸福故に不幸しか見出せなかった僕が作り上げた、悲しき産物だよ。」
我王くんの目は厳しくも優しく、諭すように俺の目をジッと見ていた。
そこに恐怖は感じない。ユーモアも感じない。
不思議なことに、そこにあるのが本当の渡辺我王であると、僕は理解した。
「君以外の誰もが、そうやって自分を創っている。
誰もが幸福と不幸の間でせめぎ合い、自分を責めて、幸福を目指している。
自分がどれほど貪欲に幸福を求めているか、気づかずにね。」
誰もが。我王くんも、鞘子も、始音も。それぞれもがき苦しんで、今日を生きている。
俺は、不幸じゃない。俺は、幸福じゃない。
「君だけが違う。君だけがイレギュラーだ。君だけが、何も見出せていない。」
そう、俺はまだ、空っぽなんだ。
「そうだな、ガオーくんよ。」
* *
空っぽ。空虚。虚空。嗚呼。
俺には俺が分からない。
気がついたらごく普通の学生として生きていた。
気がついたら始音と幼馴染の関係になっていた。
気がついたら鞘子のことを知っていた。
気がついたら俺は今日に至っている。
記憶喪失?I can't remember.
俺、鬼無瀬真理は、いったいどこでその人生が始まったのか、いったいどんな人生を歩んできたのか、まるで覚えていないのだ。
まるで、真相が秘密のまま進まされた物語。
闇の中に葬られた人生。隠された自分。
自分が異常だったのを、人々と同じレールに戻されたかのように、俺は普通の人間だった。
俺が異常なのは、空っぽだという点のみ。
俺は記憶を取り戻したいのか?
正直言って、恐い。
何となく確信がある。このまま普通に生きていけば、何の問題も無く普通に死ねると。
このレールを今まで踏み外さないできたのは、ほとんど臆病な恐怖感からだ。
踏み外せば、変わる。
踏み外せば、俺は失われる。
それだけを恐れて、俺は空っぽのままでいたのだ。
『そしたら私、全部、思い出すから。』
『お願いだから、もう思い出したりしないで。』
『————。』
変わる。
皆と、一緒に、もう一度。
鬼神07
No.11010937
2011年05月19日 20:52:19投稿
引用
少なくとも俺には出会いであり、彼にとっては待望の再会であった。
・・・・Fall of Fall.
帰り道。
ガオーくんと別れた後、一人で帰路に着いた。
空では群青がオレンジを押しつぶしそうなくらいに追いかけている。
街はいつもと変わらず、複雑に動いて俺たちを飲み込む。
明日から頑張ろう。
始音と鞘子が仲を取り戻すところから始めよう。
彼女らと居れば、きっと何か思い出せる。
きっと。
きっと、希望は打ち砕かれるのだろう。
ガン。
「ん?」
何かを足で踏んづけてしまったらしい。
視線を下げると、真っ黒い拳銃があった。
「・・・・・・・・・。」
誰もいないことを確認してから、それを拾い上げる。
黒光りしてずっしりと重い拳銃は、しかしエアガンであった。
弾倉を抜いてみると、小さなBB弾がぎっしり詰まっていた。
それを戻して、色んな角度から観察してみる。
どうして、こんなものがこんなところに・・・?
「・・・・・・懐かしいな。」
ドクン。
背後から声がした。
その声を聞いた瞬間、心臓が怯えた。頭に血が上って、意識が曖昧に侵される。
全身が、そのたったの一言で彼を拒絶していた。
「あの頃も銃で遊んだっけな。本当に懐かしい。」
拒絶が、腕を動かす。
・・・無意識の内に俺は、拳銃で彼を照準していた。
そこにいたのは、俺と同じくらいの身長の男だった。
グレーのパーカーのフードで、表情の影が印象強い。
余裕そうな薄笑いを浮かべて、ポケットに手を突っ込んで。
虚ろな瞳で、俺を凝視していた。
「・・・あ・・・・・・・・・・・あ・・・・・・・・・・・・・。」
誰だ。
誰だ誰だ誰だ誰だ。
知らないはず。こんな男を俺は知らない。
でも知ってる。
全身の細胞が知っていて、こいつは敵だと教えている…!
「またあの頃みたいに遊ぼうぜ、“マリくん”」
「!?」
ポケットに突っ込まれた彼の右手は、ずっと拳銃を握っていた。
刹那。俺と彼は拳銃を構え合って対峙した。
鬼神07
No.11017175
2011年05月22日 14:19:33投稿
引用
彼は笑った。
とても爽やかな笑顔で、銃弾を放った。
「なっ・・・」
見えない。
弾が見えないなら、発射時の銃口から弾道を推測するしかない。
そう考えて、彼の銃口が俺の右手を照準していたことに気づいたのと同時に、右手に鋭い痛みが走った。
肌が赤く腫れ上がる。BB弾だったらしい。アレもまたエアガンだ。
「く・・・」
痛みで手放しそうになった拳銃で彼を照準しようとしたが、その前に銃声が2つ響いた。
右手にさらに2つ、赤い丸が現れる。痛い、痛い痛い。
この距離でエアガンで手に当ててくるとは、相手が相当な射撃技術を有していることは間違いなかった。
痛みのあまり、右手を左手で抑えると、左手にも容赦無く銃弾が襲い掛かった。
両手の甲に不気味な丸が生まれていく。丸はジンジンと痛んで、涙が出そうなくらいだった。
それでも、銃は放さない。
「いい加減、そんなもん捨てて逃げたらどうだよ、マリくん?」
抑揚はあるが、感情のこもらない冷たい声。
恐怖のあまり、俺はすぐに走り出した。
それでも、銃は放さない。
くそったれ、何でこんなことに。
一つ角を曲がって、背後を見た瞬間、一つ良い手が浮かんだ。
ここら辺はコンクリートの塀が多い。しかもコレはBB弾だ。
「これでも・・・」
ジンジンと痛む手で拳銃を構える。
目標は、俺がさっきまでいたところの塀。
「食らえッ!!」
アイツがどこにいるかは見えない。勘で闇雲に、塀に向かって連射した。
「何っ!?」
すかさず弾をリロードして、元の場所に走り出す。
・・・塀に当たったBB弾は、物理法則に従って跳ね返る。
不意を突いた兆弾なら、読みを間違えなければ効くはずだ・・・!
そして先程の場所に辿り着き、すぐに拳銃を構える。
・・・運よく当たってくれたらしい。彼は体勢を崩していた。
手加減はしない。顔面に全ての弾丸をぶち込むッ!!
「当たれぇぇッ!!」
その引き金を引こうとした瞬間。
黒い拳銃で彼の顔面を照準した映像を認識した瞬間。
世界のすべてが、俺に襲い掛かってくるような感覚を覚えた。
鬼神07
No.11020142
2011年05月23日 21:22:58投稿
引用
その一瞬の光景が、頭の中に襲いかかった。
フラッシュバック。
——Fall of Fall——
* *
『・・・・・・・・・・・・・。』
『ぐ・・・かは・・・・・・。』
『や・・・めて・・・もう・・・やめて・・・!』
——酷く、凄惨な光景だった。
トマトジュースをこぼしたような紅の床に、何人もの人間が眠っていた。
小さな窓からは、残酷なくらいに美しい月が、月光で僕を照らしている。
『・・・・・——くん・・・やめて・・・・・・私が・・・悪かったから・・・・・・・・・。』
『——————。』
腐ったような、世界。
景色も、音楽も、自分も。腐りきったような、そんな世界だった。
『——————。』
そして、右手の黒い鉄が、目の前のものを照準する。
もう何も、いらなかった。
* *
「あ・・・・・・・・・あれ・・・。」
——気がつけば目の前に少年はいなくて。
銃の残弾は無くなっていたのだった。
「・・・追い払った・・・のか・・・・・・?」
俺の中の記憶が繋がらない。
朝起きたら昨夜のことがすぐに思い出せないような、そんな感覚のまま。
何だっけ、兆弾で攻撃して、あいつの顔に照準してから、
「俺はいったい何をしたって言うんだ・・・?」
恐い。恐くて体が震える。
意地悪な脳内のビデオテープは、この僅かな時間だけを俺から奪っていったらしい。
だが、エアガンの弾が無くなっているということは・・・。
「・・・撃ったのか・・・俺が?」
たとえエアガンでも、人に向けて銃を撃つなんて、そんな暴力的な真似を、俺が?
顔面に撃つだって? 失明でもしたらどうするんだ、俺は責任を取れるのか?
でも、あのときの恐怖感では、そうでもしなきゃやられてた、だってアイツの目には、
・・・殺意が隠されていたから。
ガン。
「え・・・・・・・・・・・・・。」
また変な音がした。
でも、今度は体が痛い。でも、その痛みも忘れていく。
でも、空は深く、遠かった。
鬼神07
No.11033190
2011年05月29日 21:43:12投稿
引用
鞘子。
「ちょちょいちょいちょい、佐々倉殿。」
「え? あ、えっと」
「ガオーだ、それだけ覚えてくれれば構いませんぞ。」
「はぁ」
「それで、鬼武・・・鬼無瀬くんを知らないか?」
朝、教室に入るとすぐに、ガオーくんが現れた。
・・・渡辺という珍しくない苗字の癖に、凄まじい名前である。
いつもマリくんと話しているようにユーモアの塊だったのだが、突然表情を変えて、マリくんの居場所を聞いてきた。
・・・シリアスモードのスイッチが入ってもマリくんを鬼武者と呼ぼうとしてしまうとは、不器用な人だ。
しかし、ということは、
「マリくん、まだ来てないんだね・・・?」
「うむ。彼はどういうわけか、いつも必ず始業時間の2分前に来るのだ。」
「恐ろしく正確な身体だね、マリくん・・・。」
現在、午前8時8分を過ぎている。あと1分ちょいで始業時間だ。
・・・ガオーくんは頭が良いと、マリくんは言っていた。
そのガオーくんが初対面の私に話しかけてまで、まだ始業時間まで時間があるのに、彼が来るかもしれないのに、マリくんのことを心配している。
・・・ちょっぴりガオーくんに親近感を覚えるとともに、マリくんのことが心配になってきた。
「実は昨日、彼にちょぉっとキツイことを言ってしまってのぅ。もしかしたら堪えたのかもしれぬと・・・」
「あー、確かにマリくんは傷つきやすいタイプかなぁ。でも私も昨日はちょっと・・・。」
適当に会話を続けながら、思った。
傷つきやすいタイプだね、私達。
傷ついて、絆創膏で隠して、治りもしない傷を見ようともしない。
そのとき、始業のチャイムが鳴った。
無機質な音声が、耳障りだ。
・・・マリくんは、まだ来ない。
「・・・・・・・・・・・・・。」
「佐々倉さん、行きましょうぜ」
「え? あ、ちょっと」
腕を思いっきり掴まれて、昇降口へUターン。
どうやら、授業そっちのけでマリくんを探しに行くらしい。頭が良いのか本当に。
「・・・迷ってるような暇ァ、誰にだって無いんだよ。」
漢の背中が、そう言っていた。
ああ、この子、頭良いんだ。
私がマリくんのことを心配してるのに、優柔不断に迷って、動き出せないでいるから、こうやって無理矢理連れ出してるんだ。
・・・いい友達持ったな、マリくん。
「・・・・・・・・真理・・・・・・・・・・・鞘子・・・・・・——・・・・・・・・。」
「・・・ちょっと始音、何処いくの?」
「ちょっと戯れに。」
「へ?」
「嘘。お手洗いよ。」
「・・・ちょっとあの子、何か今日変じゃない?」
「菅原さんって間違いなくAB型よね、間違いない」
「おい座れぃお前ら。さっさと自習始めろ。」
「は〜い。」
To Be Continued
鬼神07
No.11034852
2011年05月30日 22:22:09投稿
引用
—————Guns of Pain.
フファンフファン。
・・・酷い擬音語だが、その携帯電話の着信音はそう形容するのが正しかった。
人通りの少ない道を、その女性は飄々と歩いていた。
その様子はまるで、荒野を歩く虎の如く。孤高と孤独を感じさせる姿だった。
その女性が、ズボンの後ろポケットから携帯電話を引っ張り出して、面倒くさそうに耳に当てる。
「はい、琥子です」
「あ、日向野先輩。お疲れさまです。」
「ん、ああ、どうしたよ、珍しいね?」
日向野琥子(ヒガノ ココ)。
大分珍しい名前だと思うが、私はカッコいいと誇りに思っている。
琥子の“子”という字が“々”だったら、“琥々”でさらにカッコよかったのに。
これじゃまるで可愛い名前じゃないか。・・・カタカナでココのほうが可愛いか。
電話の相手は職場の男の後輩だった。
「先輩、今日はオフでしたよね?」
「ああ、有給取ってぶらぶらしてるよ。何さ、デートにでも誘おうっての?」
「・・・周りに誰かいませんか?」
「あんたが期待するような男も、通行人も特にいないよ。」
「そうすか。ならちょうど良かった。」
後輩の言動には真剣さが込められていて、からかっている場合じゃ無かったらしい。
電話の向こうでガサガサ言う音がした後、再び彼は話し始めた。
「それでは本題に入ります。深呼吸してください。」
「は?」
「だから、深呼吸してくださいよ。」
「・・・ヤバイ話なの?」
「ええ。深呼吸を頼むくらいに。」
・・・深呼吸する前に、はぁと深い溜め息が出た。
コイツは普段ふざけているタイプなので、ここまでピリピリした言動はかなり珍しい。
・・・特定の人物の誘拐事件クラスか、それとも連続通り魔事件クラス?
しゃーないか。すぅーはぁー。ああ、この街の空気も、悪くない。
「・・・すまん、いいよ。」
「んでは。」
甘く見ていた。
後輩がどうして深呼吸しろと言ったのか、よく理解していなかった。
ただそれだけのことなのに、私は激しく後悔することになる。
・・・“そのこと”が、私が何年もの間、最も恐れ続けていたことだったからだ。
「——鬼無瀬真理が行方不明になりました。」
・・・全身を、絶望が支配する。
七年前の事件が、頭をよぎり、全てを思い出すのに一秒とかからなかった。
何も見えていないような真理の顔。
泣き腫らした鞘子の顔。
誰よりも虚ろな始音の顔。
そして、——の顔。
・・・認識できない。
誰だったっけ。——だ。——くんだよ。
思い出せない。理解はしているはずなのに、脳が頑なにそれを拒絶する。
彼の存在と、真理が行方をくらましたことが、重なる。
覚えている。
後輩が事件の内容を言わずとも、真理がいなくなっただけで、私には分かる。
悲しい物語と悲しい友情のすべてを、私は覚えているんだ。
全身の細胞が彼を覚えていて、彼は犯人だと教えているんだ。
犯人はきっと、——だ。
鬼神07
No.11051116
2011年06月10日 23:27:46投稿
引用
鬼無瀬真理の家は、学校からそう遠くなかった。
その距離はおそらく1キロあるかどうかというぐらい。
ガオーくんと一緒に彼の家を目指す。
・・・おそらく、いないだろう。そんな予感がした。
他校の登校中の生徒やスーツを着たサラリーマンとたくさん擦れ違う。
大通りには車が並んでて、空は青くて空気はやさしい。
まだ、朝だった。
「なんか、まるで家出をしてるみたい」
「そうですかぇ?」
「うん、このカンジ、そっくりだよ。」
それはまるで、未来を見ている神のような気分。
それはまるで、世界に自分ひとりだけしかいないような気分。
それはまるで、昔、どこかで感じたような気分だった。
「マリくんのお家まではね、遠くは無いけど道が複雑なの。」
「そりゃあ連れてきて助かりました。自分、方向音痴なもんで。」
「あ、私もなんだ、えへへ〜」
「・・・いや、えへへじゃないでしょお嬢さん。」
何度か道を曲がると、ぱったり人通りが無くなった。
過疎ゾーンとでも言うか、幽霊エリアとでも言うべきか。
昔、何かの事件があったとか何とかで、誰も通らないとか言われている道だった。
「・・・妙な場所ですねぇ。」
「何が?」
「ほら、塀がこんなに整然と並んでるのに、家は空き家か、跡形もなくなってるかだ。」
「あー、確かに。・・・・確かに、そうだね。」
ブロック塀が並ぶ、道に迷いそうなくらいに同じような景色が360度に展開していた。
塀の内側の家にはカーテンだとか家具だとか人の気配だとかも見受けられない、空き家ばかり。
・・・いつの間に、ここまで殺風景になっていたのだろうか?
「それに、・・・ブロック塀が、あまり綺麗じゃない。」
「あははは、ブロック塀の綺麗さについて語る人は初めてだよ、確かに・・・・・・え、」
ブロック塀が、綺麗じゃない。
その言葉が、女の私に気を遣った、やさしいものであると、私は気づけなかった。
日陰だったところが多いからか、ブロック塀の色の所為なのか。
・・・そのブロック塀は、相当な年月を経たのか、ところどころ粉々になっているのだった。
そして、・・・目を疑った。
目を凝らしてさらによく見ると、・・・消しきれていない、赤い斑点が見受けられた。
赤黒く、生々しく、吐き気を催すような、赤いシミ。
それが生き物の血液であると、私は確信した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「行こう。鬼無瀬くんのことが先だ。」
「う、うん、行こう。」
「・・・おいおいまさか恐くなっちゃった? 学校帰る?」
「・・・ままままさかそんなわけ無いじゃない、冗談はおよしなさいなガオーくんっ」
ああ、いいヤツだな、コイツと。ちょっと、笑った。
* *
「佐々倉さん、家の周囲に警戒!」
「鞘子でいいよ、ラジャー!」
彼の家は、今の日本の一般住宅と比べたら、そりゃだいぶ変わっていた。
辿り着くまでの道もアレだったのだが、建物はまるで武家屋敷。・・・を凄く小さくしたような感じだ。
田舎にありそうな和風の造り。ああ、瓦から和の心を感じる。
・・・庭は手入れをサボっていると確信できるが。
ガオーくんが、呼び鈴を鳴らす。二度、三度。
どれだけ集中しても、人の気配は感じられなかった。
窓は全て閉まっていて、施錠もされている。
彼の家のどこにも、不審な点は見当たらない。
「・・・ということは、・・・えと・・・」
「整理すると。昨日、僕達はそれぞれ彼に放課後に会っている。
家がこの状態ということは、彼は普通に外出をしたんだ。
昨日の帰宅中から今朝のどこか。
おそらく、今朝の登校中か昨日の下校中に、行方が知れなくなった。」
「・・・なるほどなのです・・・。」
「さて、ちょっと待っとれやサヤコさん。」
「へ?」
ガオーくんはそう言うと、少し離れて、携帯電話を取り出した。
「もしもし、俺様でございます。鬼無瀬くんは登校しましたか?」
・・・なるほど。ここまで考えていたというわけか。
「・・・ああ、了解しました。はい、んでは。」
「・・・・・・まだ来ていない?」
「うむ。こりゃ悪い予感的中ルートですな。」
「よぅし、ならばこの家に侵入するしか無いわけですな。」
「ですか?」
「ですよ。」
「ならば。」
彼と目を合わせて、ショルダータックルで正面玄関から突破しようとした瞬間。
「・・・・・・・ちょっとアンタら、」
「・・・・・・・ちょっとあなたたち、」
聞き覚えのある声が、私を襲った。
「「——何をしているのかしら??——」」
菅原始音と、・・・・・・・・・・・。
「・・・貴女は・・・」
To Be Continued
鬼神07
No.11062864
2011年06月18日 15:26:43投稿
引用
「あ、あ、あ・・・・」
その女性はまるで虎のように、私を値踏みするかのように、見つめていた。
「久しぶりね、佐々倉鞘子。“身体の方はもう大丈夫かしら?”」
身動きが取れない。
叫びだそうとしても、飛び掛ろうとしても、逃げ出そうとしても。
すべてを焼き尽くすかのような雰囲気の彼女の前では、私は赤子同然であった。
「まあ普通に生きてるみたいだし、良かったわぁ。あの時はホント、もうだめだと思ったもの。ふふ・・・!」
「そうですよねー、あの時はもう。彼がいなければ鞘子、絶対にあの世逝きだったものねー。くすくす・・!」
その女性と始音が、笑った。
その笑いは決して愉快なものではなく、かといって嘲笑でもなく——泣き笑いに近かった。
何がおかしいというのか。
始音は昨日とはまるで様子が違った。真理くんがいないからか、私に敵意をむき出しにしている。
その横にいる背の高い女性は煙草を咥えながら、薄い笑顔を浮かべて私に詰め寄る。
私には解る。彼女らの貼りついた笑顔の奥には、・・・果ての無いほどの痛みがあるのを。
「彼・・・というのは、鬼無瀬真理くんのことでしょうか?」
この狂気染みた雰囲気に堪えられなかったのか、ガオーくんが口を開く。
彼という言葉を使ったのは、始音だ。
「あら、私よりも、貴方の隣の女に聞けばいいじゃない? 詳しいわよ、なんたって当事者なんだもの!」
「当事者・・・・・・? というのは・・・?」
「ああ、それはね、」
始音の口角が、ゆっくりと持ち上がる。
言うのか。それを言うのか。
——あの日のことを言うというのか!?
「やめっ——」
やめろ、と思い切り叫ぶつもりだった。
息がハッと、止まる。
「あの日に——」
始音も、ガオーくんに何かを暴露するつもりだった。
その言葉が、ぷつりと途切れる。
もはやその場にいた誰もが、そのことに気がついていた。
始音たちの背後に、“白い影”が降り立ったことに。
「———————!!」
To Be Continued
鬼神07
No.11075426
2011年06月24日 22:41:55投稿
引用
「動くなッ!!」
即座に煙草を咥えた女性が動いた。
上着の内ポケットから、引っかかること無く無骨な拳銃を引き抜き構える。
——心なしかその背中は、始音だけでなく私とガオーくんも守るかのように見えた。
だが、“白い影”はそんなものには目もくれず言う。
「——動くな」
低く、儚い、今にも消えてしまいそうな声なのに、それははっきりと私達の耳に届いた。
“白い影”というのもおかしな言い方であるが、黒い太陽とか、そんな感じに。
彼は全身を黒い洋服で覆い、フードから見える髪は歳老いた老人のように白かった。
肌も白く、黒のなかにある白は、夜空に浮かんだ欠けた月を連想させた。
どこか、懐かしさを覚える。
銃を構えた女が、挑発するような声色で訊いた。
「動いたら?」
「——殺す」
その言葉は、とても淡白な音色だった。
・・・銃で照準されている上、彼は武器一つ構えていない丸腰であるというのに。
強気にも彼はそう言った。
彼が恐れているのが私には判った。
それは銃で撃たれる恐怖ではなく、自分自身に対する恐怖。
「ヒュー、そりゃ物騒な台詞だ。そんな格好でこの私に向かってその台詞——」
女は右手の親指でカチリと、拳銃の安全装置を外した。
彼の瞳が大きく見開かれる。
「撃って欲しいとしか思えないね——!」
引金が引かれ、勢い良く鉄の銃弾が——
「——あれ?」
・・・・・・・・・出なかった。
弾が込められていなかったらしく、発砲音はしたものの、何も起きない。
凄く拍子抜けだ。
「あ、あはははは! 私としたことが実戦でこんな初歩的なミスをするとは! 参った参ったあははは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へぇ?」
乾いた笑いを浮かべた彼女が、意味深に笑った。
“白い影”は彼女が空撃ちをしたときに、いなくなっていたからだ。
それは本当にぷっつりと、電話が切られるような、夢から目が覚めるような、そんな風にあっさり、跡形も無く。
消えるようにして、彼はいなくなったのだった。
訪れる、安堵感と喪失感と沈黙。
おそらく、こうなることを狙っていたのだろう。空撃ちは、わざとだ。
女はこれまでのどの笑いよりも・・・物悲しそうな、心を掻き毟る笑いを上げた。
それを見て、彼女のことを思い出す。
何も言わずに静かに泣きながらマリくんを抱き締めていた、彼女の姿を。
己の無力さを責める泣き顔が、とても印象的な女警察官のことを。
「日向野琥子——」
思わず、そう呟いてしまった。琥子がこちらを振り返り、目が合う。
私が彼女のことを思い出したことはもうバレてしまったらしく、彼女は小さく微笑んだ。
・・・女の私でも頬に熱を感じるくらいに、その笑顔は美しかった。
そして、さっきまでの意地悪な雰囲気はもう無い。
何か言わなきゃ。いや、コレだけは、伝えなきゃ。
「彼の顔——マリくんに似てましたね」
To Be Continued
鬼神07
No.11075805
2011年06月25日 02:42:59投稿
引用
ずっとずっと、とおいむかしのきおく。
どこにでもありそうな平凡な街で。
どこにでもある光景ばかりだったし、どこにでもある幸せを欲していた。
「真理——お前は特別なんだ」
でも、いやだからこそ、どこにでもいそうな僕に、その言葉はとても響いた。
「一億分の一の奇跡、神に選ばれし存在。おめでとう真理。
お前は他の誰よりも強い力を持てるんだ」
僕は祝福を受けた。
おとうさんが誉めてくれるのが、うれしかった。
「神様は悪戯にお前を選んだのではない。力の使い方一つで、世界は滅ぶ。
だが、恐れることはない。その力がいつか必要になるときが必ず来る——」
そのときのおとうさんの瞳は、愛情に満ちたやさしい瞳だった。
「——そのときは、お前の正しいと思うことをすればいい。
お前に神になって欲しいなんて言わない——
——お前には、幸せになってもらいたいだけなんだ。」
* *
「彼の顔——真理くんに似てましたね」
「・・・・・・・・ああ。兄弟みたいにそっくりだった」
髪の色や肌の色だとか異なる点はいくつもあったけれど、彼の顔はマリくんをベースにしたのかと思うぐらい、マリくんに似ていた。
「おかげで躊躇って、脅し用の拳銃を使ってしまった」
「脅し用?」
「発砲音がカッコいい上に大きいという噂の銃だ。マズルフラッシュまで再現できる。
・・・無論、発砲は出来ないがな」
「・・・意味無いじゃないですか」
「だがこれで大抵の人間は黙らせられる。大きな力の前には皆平伏すってヤツよ」
そんなやり取りをしながら、琥子さんは拳銃を仕舞った。
その一つ一つの動作に無駄が無く、思わず見惚れてしまう。
「鞘子さん、この方とお知り合いだったのですか?」
ガオーくんが会話に混じってきた。
さっきから目を点にしながら展開についてきていたようだが、何か引っかかることがあるらしい。
「ま、まあね。ちょっと昔世話になって」
「ふうん・・・・・・そうですか」
ガオーくんは目を細めて、琥子さんを値踏みするように見る。
そんなガオーくんに彼女はゆっくりと歩み寄って。
「日向野琥子だ。よろしく頼む」
「・・・渡辺我王です」
何故か不機嫌そうなガオーくんだった。
「ついでだ、あっちは菅原始音」
「ついでとか言わないでいただけるかしら?」
始音の茶髪が太陽の光を受けて、夕陽のように美しくなびいていた。
「まあいいじゃないか」
「ふん・・・まあよろしくないですけど。菅原始音よ、初めまして」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・・始音は昨日にも先程にもまして不機嫌オーラを放出していた。
ガオーくんも負けないくらいに不機嫌そうで、この二人の睨み合い、なんかこわい。
「あぁら挨拶も出来ないのぅ? 人類のゴミね、燃えるゴミに分別されてゴミ袋にダイビングでもしたら?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
ヒロインが言ってはならない類の台詞を平然と口にする始音。
「おい始音、初対面の相手に対する対応がそれか。逆に尊敬するぞ」
琥子さん、アンタはちゃんと止めろよ。
「ゴミにゴミといって何が悪いのぅ? ていうかガオーって、ぷぷ、変な名前ー」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
致命的なツッコミがあったような気がするけれど、それすらも無視するガオーくん。
・・・いったいどうしたのだろうか?
「——アンタらに聞きたいことがあるんだが。」
To Be Continued
鬼神07
No.11078388
2011年06月26日 19:56:02投稿
引用
「・・・・・・いいよ。でもここで立ち話もなんだろ?」
「・・・それはそうですね・・・また変なの来たら困りますし」
そう言うと琥子は私達の横を擦り抜けマリくんの家の玄関へ向かった。
ポケットから小さな鍵を取り出して、あまりにも違和感の無い仕草で玄関を開錠する。
「さあお入りなさいな。ロクなおもてなしも出来ないけど」
「では遠慮なく」
「「ちょっと待て!!」」
思わず声を上げる私とガオーくん。
琥子はきょとんとした顔でこちらを見た。
「何だいどうした? 遠慮してる暇は無いよ」
「早くしていただけるかしらー」
何食わぬ顔で二人はそういった。
いやいやいやいやいやいやいやいやいや・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ゑぇ?
「ななな何で琥子さんがマリくんの家の鍵を!!??」
「わかさゆえのあやまち、ですか鬼武者ェ・・・」
「は?」
「おおおおのれもののけよっ、マリくんになんてことを・・・・・・!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
もはやワケが判らなかった。まさか同棲とかいうヤツか。
健全なる男子高校生鬼無瀬真理とこの美人変人女警察官が一緒に暮らしているとでもいうのか。
疑惑の目を向けられた琥子が、不意に言った。
私達の後ろに焦点を合わせて、手を振りながら。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あっ、真理じゃないかっ!!」
「えっ!?」「鬼無瀬くんっ!?」
「(・・・よし行くぞ始音)」「(・・・はい)」
私とガオーくんが振り向いた瞬間、家の方からガララッという音がした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・誰もいないぞオイ。
琥子のほうを見ると、彼女が始音と一緒に家の中に入っていくのが見えた。
「はっ!?」
「たり、のようですな!」
「はったりとか誰が上手いことつなげろと!?」
「さて彼の家宅捜査に行きましょうかー(棒)」
「ガオーくんんんんっ!!」
琥子への追求を上手くかわされ、渋々マリくんの家に入っていく私達だった。
* *
あれは小学——3年生のときだったか。
「・・・・・・ちっ、鬼無瀬ンとこの餓鬼のくせに、えらくスカスカな財布じゃねぇかよ」
大通りを外れた、僕の家へと続く人気のない道で。ふしんしゃが待ち構えていた。
・・・ああ失敗した。今日はツイてない。
小学生の僕にコイツに敵う力などあるはずもなく、コイツの思うがままに僕はサンドバックで、僕は財布だ。
僕の家は裕福だったらしい。
鬼無瀬という名はこの地域では何故か広く知られていて、その一族の中でもまだ幼い僕は、時に虐げられ、時に理不尽な扱いを受け——こんな風に、年上のチンピラ気取りの野郎にカツアゲされたりした。
本当にたまに、たまに、そんなことがあった。
「希代の御曹司くんってのは間違いだったのかね、まったくよっ!」
腹部に強烈な蹴り。
この暴力がこの男の完全な自己満足であることは、幼い僕にもわかった。
鬼無瀬自体は広く知られていても、こういう扱いをしてくるヤツはそう多くない。
つまり——鬼無瀬の深部にある“何か”が、虐げられている対象らしい。
「いじめて悪かったなボウズ。この意味を理解するには、君はまだ若い」
完全に悪役の顔で、気持ち悪い笑みを浮かべて男は立ち去ろうとした。が。
「そうだね——僕を理解するには貴方はまだまだ未熟だ、どチンピラ。」
「・・・あ゛あ゛?」
男がぶち切れる。
何故挑発するようなことを言ったのかと言うとそりゃもちろん、僕が特別だってとうさんが言ってたから。
「チンケな度胸だけはいっちょまえだなクソ餓鬼ッ!」
男は腕を振り下ろす。ああ、本当に下らない。
僕は特別だっていうのに。あれ、でもどう特別なんだろう?
男を睨みつけたって燃え出したりしないし消えもしないし死にもしないってのに。
手を振りかざしたって星が落ちてくるわけでもないのに。
バン、バン、バン。背後から安っぽい銃声が三つ。
僕は、特別なのか?
「がっ、なっ・・・・・・・・・・・何だお前は!?」
「貴様は死ね。そら、コイツをいじめてくれたお礼だ」
ガチャ、ドドドドドドド!安っぽい銃声だけど、もの凄い連射速度だ。
「ぐぁっ、ちょ、テメェ! 顔面に撃つな、目に当たったらどうする気だ!?」
「フン、そんなに目に撃って欲しいか、いいだろう。直撃するまで撃ち続けてやる」
「い、痛い、痛いって」
「貴様がやっていたことと何も変わるまい? 身をもってその痛みを知れ・・・!」
「同じことしたらテメェも同じ穴のムジナだろうが!?」
「それは歓迎の挨拶か? もうちょっとヒネリの欲しい挨拶だな、猿」
「やめっ、ちょ、おっ、おっ、覚えてれよっっっ!!!!!」
悪役のお決まりの台詞すら噛み、そいつはすげーかっこ悪かった。
それがこんな——
「・・・・・・・・・・・・・・・へー」
——僕と同年代の男の子に撃退されたとあっては。
「・・・・・・怪我は無いか、と聞くつもりだったが愚問のようだな。質問を変えよう。
——貴殿が鬼無瀬真理か?」
その少年は、僕にとても似ていたのだった。
To Be Continued
鬼神07
No.11080168
2011年06月27日 22:16:19投稿
引用
「そう、僕が鬼無瀬真理さ——君は恐れるかい?」
「理解できないことをそのまま恐怖と受け取るのは、臆病な真似だろう。恐れはしないさ」
少年は僕のことを知っていた。鬼無瀬家の真理であることを知っていた。
それはつまり、僕らの敵であることを意味する場合が多い。
だが、少年は僕を恐れないと言ったし、こうして助けてもくれた。
それに対して敵と判断するのはえげつない行為だろう。
少年は馬鹿でかい機関銃のモデルガンを堂々と持ったまま、僕に手を差し伸べる。
「・・・これは善意じゃない。君が他人な気がしないだけだ」
「好意というヤツだね、ありがとう」
「な!?」
顔を赤くした彼の手を借りて立ち上がる。
「冗談さ。ところで君、名前は?」
少年は顔に逡巡の色を浮かべ、暫しの間の後、こう言った。
「——ソラだ。本名は教えない」
その日、得体の知れない、あだ名で呼べる親友が出来た。
* *
マリくんの家の内部は、外見から想像されたものを裏切らなかった。
和風の古い造りで、彼と琥子の二人暮らしではさぞ広いことだろう。いや、広すぎるくらいだ。
「サヤコさん」
「ん」
「・・・鬼無瀬くんの家の家族構成は?」
やたら食器の少ない食器棚を見て、ガオーくんが尋ねてきた。
あれ—・・・マリくんの家の家族構成・・・・・・・?
「それはえーと、」「今はこの家に一人暮らしだ」
いつの間にか会話を聞いていたらしい琥子が、会話に混じってきた。
こちらは見ずに、近くにあった本棚を物色しながら。
「両親はともに7年前に行方不明。兄弟は確かいないはずだ」
「え・・・」
「ちなみに現在の親権者は私の兄夫婦。ヤツは正式には“日向野真理”だ」
「「えぇぇーっ!?」」
「ちなみにこの家はもともとの鬼無瀬家。私が世話役として入り浸っている」
「何ぃぃぃぃぃっ!?」「・・・何故そこで反応する?」
話が一気に進んでしまった。
あれだけ追求したのにこうもあっさり答えられるのも何だか腑に落ちなかった。
一階にあるマリくんの部屋は改造されており、12畳の広さを誇る。
家の主な機能はそこを中心に集まっており、二階はほぼ倉庫と化していた。
とりあえず落ち着ける場所にと、居間より広いマリくんの部屋に四人が集まる。
始音が勝手に淹れた冷たいコーヒー(こぼしたら大変なので、話し合いで熱くなるなという意味らしい)を飲みながら、話が再開される。
「そんでボウヤ。私らに質問があるんだろう?」
「・・・・・・・えぇ、まぁ」
「そら言ってみろ、時間は多くないぞ」
「言いますよ?」
「ああ言え」
バンッ!!
・・・ガオーくんがテーブルを叩いた音だった。黒い液体が波を作る。
何のためのコーヒーだ、と思うぐらい、彼は躊躇なくテーブルを叩いたのだった。
「ガ、お・・・・・、・・・・・・・・・。」
声も掛けられないほど、ガオーくんの表情には付け入る隙を感じさせなかった。
「どうしてさっきの少年に銃を向けたんですかッ!?
向こうは何も手出ししてきちゃいなかったじゃないですか!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・なるほど。彼の態度は、それが原因だったか。考えてみれば確かにおかしい。
“白い影”は不気味な存在ではあったが、危険かどうかは判らない。
理解できないことをそのまま恐怖と受け取るのは、臆病な真似だろう。
それに対し、(おそらく警察であろう)琥子は、空撃ちとはいえ拳銃を向けたのだ。
「菅原さんもサヤコさんも止めもしないし、それにっ・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうして彼は、鬼無瀬くんに似てるんですか・・・」
それを聞いてハッとして、ガオーくんの顔をもう一度見る。
ガオーくんは怒ってるのではなく、——泣きたがっているのだ。
確かにいろんなことが起こって、ショックも大きいだろうけれど・・・・・・・。
・・・・・・・・彼がここまで感情を露わにしているのは、彼が優しいからだと私は確信した。
鬼神07
No.11083997
2011年06月29日 22:35:27投稿
引用
「・・・・・・・・・・・・・・ふぅ。本音を言うならば『部外者は出て行け』なんだが、今は人手が欲しい。仕方が無いから説明するとしよう」
琥子はガオーくんの行動に、微塵も驚く様子を見せなかった。
冷酷と受け取れるぐらいに、彼女はコーヒーを啜りながら淡々と話す。
・・・今この瞬間の彼女は、無表情の仮面を付けた別人のように思える。
——白い影を逃がしたときに悲しい笑顔を浮かべた、日向野琥子とは。
「始音も手伝ってくれ。鞘子は気分が悪くなったら出てけ。詳しくは語らん」
「はい」「・・・・・・・?」
「・・・・・・渡辺我王。そもそも私は、あの少年を知っている——」
* *
「サヤちゃん、お母さんからお電話だって」
7年前の8月のことだったと思う。夏休みのある日だっただろうか。
サヤちゃんと始音がおうちに来て、いっしょに宿題を終わらせようというイベントが開催された。
僕とサヤちゃんはほぼ手付かず。始音はとっくに終わっているくせに冷やかしに来た。
僕のおかあさんは何故かノリノリで、昼食、おやつ、おやつ(2回目)、夕食、おやつ(デザート)まで作るという、やりすぎな歓迎をした。・・・軽くウザがられたが。
始音の協力もあって宿題はかなり順調に進んだ。
それでもまだ翌日以降に持ち越しになると気づいた午後8時頃、サヤちゃんの母親から電話がかかってきた。
サヤちゃんはぱたぱたと階段を下りて、一階の電話を受けに行った。
しばらくやり取りがあって戻ってきた彼女は、恥じらぎもせず、
「マリくん。今日私、マリくんちに泊まるね」
「え? サヤちゃんのおかあさん、どうかしたの?」
「うん。何か出張が早まっただとかちゅうごくにいくとか、私にはよく分かんなかったわ」
「そっか。それならまだまだ宿題やれるね」
「うぇ・・・・もうそろそろゲームでも」
「ダメよ、鞘子アナタ、真理の半分しか進んでないじゃない」
「今までのツケが回ってきたのだよ、キリッ」
「アンタが言うなアンタが・・・」
そんなこんなで宿題攻略は続けられ、午後9時になると、始音の母親が車で迎えに来た。
「今日はありがとうな、始音」
「ふふ、冷やかしのつもりだったけど、何か仕事させられちゃったわね」
「くっくっく・・・作戦通り」
「はいはい。それじゃあ二人とも頑張って。特に鞘子超頑張れ」
「うぐぐ・・・じゃあね〜」
「バイバーイ・・・・・・・・・」
玄関先で、始音を見送ったときだった。
心臓が、ドクンと脈打った。
全身が、はねるように興奮する。
恐怖、緊張、快楽、愛情、全てを飲み込んだような感覚。
「・・・・・・・・・・・・マリ、くん?」
サヤちゃんが何か言ったけれど、頭に入ってこなかった。
僕の家の前、ブロック塀が整然と並ぶ、夜の闇の中の一点を僕は見つめていた。
見えない。けれど、全身が彼を見ている。この感覚が、僕に彼を教えてくれている。
気がついたら僕は駆け出していた。
「——ソラ!!」
夏の、星が降るような夜空の下、ブロック塀に寄りかかって。
あの機関銃少年のソラが小さく眠っていた——。
鬼神07
No.11088370
2011年07月02日 04:17:14投稿
引用
「おっ、真理〜新しい友達かい? 泊まるの?」
「うん、布団もう一枚持ってきて〜」
「あいよ〜」
「・・・頭が痛くなってくるような光景だね・・・。何故そこで二つ返事なんだ・・・」
サヤちゃんが何か言っているが聞こえないふりをしてやる。
その後、ノリノリな母さんがソラの分の布団を増やし、宿題を進め、時計の針が12時を指しそうになるころには僕らはもう限界だった。
「・・・・・・寝ようか」「う゛んっ!!!」
眠たすぎて、女の子への幻想をぶち壊すようなもの凄い表情のサヤちゃんは僕の提案に快諾した。
ソラの布団の右隣に僕の布団を、その隣にサヤちゃんの布団を敷く。
電気を消すために部屋の入り口へ——とそこで、ソラの表情が目に付いた。
「・・・・・・・・・笑ってる」
「え? あ、ホントだ」
ソラは幸せそうな笑顔ですうすうと寝息を立てていた。
僕が彼の顔を覗き込むと、サヤちゃんも隣へやってきた。
普段彼女はカチューシャで前髪を上げているのだが、今は寝る前なので前髪を下ろしている。
正直に言ってしまうと、このほうが大人びて見えるので僕は好きだ。
そのサヤちゃんは怪訝そうな表情で、
「・・・ねぇ、この子はだれなの?」
「ソラ」
「・・・・・・・・・・・。フルネームは?」
「知らない」
「・・・友達?」
「・・・・・・恩人、かな」
そうだな。僕と彼はまだ、友達じゃないのかもしれない。
でも、ソラを見てると心臓が高鳴る。
彼のことを勝手に親友と思っているぐらい、彼に対してある種の好意を抱いている。
何かとてつもなくワクワクするような夢を見ているのと同じ感覚。
この子と一緒にいれば、僕は何かに出会えると確信しているのだ。
「——でも、どうしてこんなにマリくんに似ているの?」
そう。
癖のない黒い髪の毛。細い眉。切れ長の黒い瞳。夏の太陽に焼けた肌の色。
顔のパーツの一つ一つを見ても、それは僕が鏡の中で出会う人物にとてもよく似ていた。
兄弟、いや双子、・・・・・・クローン??
自分によく似た人物に会った事がない所為か、僕の妄想は大分ぶっ飛んでいた。
「まるで“スペア”ね」
「? すぺあってなに?」
「予備品、ってことだよ。どっちがどっちのスペアかは知らないけど」
「スペア・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
予備の自分・・・・・・。
口にして、・・・・・・・・ぞっとした。
その理由は詳しく語りたくない。だから、ごまかした。
「あんまり男の寝顔を見つめるもんじゃありませんぜ、そりゃ」
「うわっ!? ちょ、いきなり電気消しおった!? 私のお布団はどこー!? 私のお布団はだれー!?」
「いいから早く寝る!」
そう言って、自分の布団に戻って掛け布団で顔を隠す。
サヤちゃんが危なっかしい足取りで布団に戻る。
今日が、終わっていく。
暫しの優しい沈黙の後、サヤちゃんがふと話しかけてきた。
「マリくん」
「ん」
「今日は楽しかったよ、ありがとう」
「そっか。そりゃ、よかったね」
「うん、よかった。私の友達がマリくんで、ほんとうによかった」
「・・・・・・・・・うん。僕もだ。」
妙だと思って布団から顔を出してサヤちゃんを見ると、月明かりが彼女の横顔を優しく照らしていた。
ああ、やっぱり、このサヤちゃんは大人びて見える。
「最近ね、こわいゆめを見るの」
「夢?」
「大人になった私達が、お互いのことを忘れて生きている夢」
「・・・・・・・・・そりゃ、こわいね」
「うん。大人になるって、こわいことだなぁって思った。でもね、」
少女は、月に向かって左手を伸ばした。
空に浮かんだ青い月は、無情に世界を照らしている。
星といつかの空を掴めなかったその手は、力なく僕の頭の右に降ろされた。
「だからこそ、今を思いっきり生きようって思うの。
マリくんと一緒に居れる幸せをずっと噛み締めていたいの。
だから、もっと一緒に遊んで、もっと一緒に笑ってほしいの。」
サヤちゃんのこれほど寂しそうな笑顔を、これまでに見たことは無かった。
普段は自己中心的で自分のために生きているようにしか見えないのに、
本当はすべての痛みを抱え込んでる悲しいひとに見えた。
一緒に笑って欲しい。その一言だけで、僕は幸福な気分に包まれた。
「サヤちゃん」
「うん」
だから、そんな寂しい笑顔はやめてほしい。
そう思っていたら、勝手に右手が動いていた。
彼女の左手の体温を、僕の右手が受け止めていた。
「君がいてくれたこと、僕は忘れないよ。
君が今この瞬間、僕の最高の友達だったことを、頭のハゲた爺さんになっても忘れない。
忘れても絶対に思い出す。僕はこの瞬間を胸に刻み付ける。
だから、心配しないで。」
僕らはどちらからともなく笑いあったのだった。
それは儚い約束。
風に祈って揺れた想いは、思い出のまま始まった。
To Be Continued
鬼神07
No.11093136
2011年07月04日 00:42:45投稿
引用
「ソラ。いい加減起きろって」
「・・・・・・すでに起きている・・・・・・二度寝を試みようとしているだけだ・・・」
「・・・ふん」
こちょこちょこちょこちょ。
「ぎゃっ、ややめりっ、お、うぉい、やめて許して、真理ぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
ちなみにサヤちゃんは案外普通に起きていた。つまらん。
3人でリビングに向かうと、人数分の朝食が用意されていた。
ご飯に味噌汁に・・・・・・・・・・・何故カレー??そこは焼き魚がデフォだろ??
「おかあさん」
「あっぁあらおはよう真理ー! おともだちご一行どももおはようー!」
「・・・おはよう」「おっはようございますー!」「・・・おはようございます」
いろいろツッコミどころのある挨拶をする母に、僕とソラは面倒臭そうな顔をした。
おいサヤちゃん何故ノリノリなんだ。
「それはそうと、この朝食の献立はジョークですかネタですか??」
「あーっ、ジョークですって!? これは隣の山本さんが教えてくれた栄養バランスの整った——」
「ウチの隣に家は無いっつの」
軽くあしらいつつ席に着いて、おのおの食べ始める俺たち。
「・・・・・・・・・・・・・・・・バカな・・・! こんな献立が・・・畜生・・・・・美味い・・・・・・!」
「まったく・・・・・・何とも悔しいことだが・・・・美味いと認めざるを得ない・・・」
「美味しいですねー! 某有名熱血テニスプレイヤーに言わせるまでもなく朝はカレーですね!」
「誰だよ」
「もっと熱くなれよ!!」
「むしろ誰だよ!?」
ああ、平和だ。
昨日はサヤちゃんとあんな話もしたけれど、何とも平穏な日常だ。
・・・よくよく思い返してみると、大分恥ずかしい台詞を言ってしまった気がする・・・。
そう思って彼女のほうを見ると・・・カチューシャのせいで、昨夜の彼女と一致しない。
なるほど、昨日のサヤちゃんが大人びて見えたのはギャップというやつのせいか。
「・・・・・・何じーっと見てるのさ」
そんな失礼なことを考えていた所為か、サヤちゃんにジト目で言われてしまった。
そういえば、ソラは随分平然とここにいるけど、何故昨日あんなところにいたのだろうか?
「なあ、ソラはどうして——」
ガチャ。
それをたずねようとしたとき、父が帰ってきた。
・・・昨日父はソラが来る前に寝ていた。
明日早いからとか言っていたから、朝から何か用事があったのだろう。
父はただいまと言うよりも先に、妙なことを言い出した。
「・・・ああ、もう来てたのか」
・・・・・・??
「ええ、思ったより道に迷わず来れたので。お世話になります」
何故か父に返事をしたのは——ソラだった。
「そうかそうか。まあ仲良くやってくれ」
「と、父さん、何の話?」
「なんだ、言ってなかったか?」「あれ、言ってなかったの?」
話に置いて行かれている僕とサヤちゃん。
・・・だけど両親はのんびりとした反応を示す。おい何の話だ聞いてないぞ。
「まあいい。真理、それと鞘子ちゃん、紹介するよ」
言いながら、父は椅子に座っているソラの後ろに立ち、肩に手を置いて言った。
「しばらくウチで一緒に暮らすことになった、『鬼無瀬深空』くんだ。仲良くしていってくれ」
ソラは——鬼無瀬ミソラは、何故か勝ち誇るように笑いかけてきたのだった。
To Be Continued