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雪ノ下

ノット・ア・リアル・ワールド

雑談

レス:100

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    雪ノ下 No.12137162 

    引用

    #12 クリスマスの約束

     その姿に気づいて、寄りかかっていた木から離れる。
    彼女との距離は約10m。

     その10mを、俺たちは半分子して埋めた。

    「………。」
    「………。」

     何と声を掛けたらいいのか、迷ってしまった。
    まるで一昨日の湊との帰り道のような、次の手の読み合い。
     久しぶり、よお、会いたかった。
    …これだと軽薄な感じがして嫌だな。
    最後のやり取りがあれだった以上、無かったみたいな切りだし方は望ましくない。
     あなたのことが好きです。
    …重すぎ。つか振られたんだっつの。
     待った?ううん、待ってないよ。
    なんか違う。カップルかよ。つうか緊張のあまり一人二役しちゃったよ。
     俺とテニスで勝負だ!
    …インパクトはあるが、滑る可能性が高いな。

     しまった、掛ける言葉が見当たらない。
    そんなこんなで迷いながら視線を上げると、同じように逡巡している彼女の姿が——。

    「…綺麗になったな」

     うっかり口が滑って一言目が発せられてしまった。
    事故発生。振られた相手に9か月ぶりに再会して一言目で口説いてしまいました。

    「…ぷっ、…」

     おそるおそる彼女の顔を見やると、

    「…あっはっはっはっ!」

     大口を開けて哄笑なさっていた。

    「…もう、一言目がそれ?」
    「や、すまん、緊張してたから無意識に」
    「また口説きにかかってるし…」

     彼女は笑いがこらえきれないという様子で、ときどき噴出してお腹を抱えている。
    だって仕方がないだろ。自分で美化してたイメージより、さらに綺麗になってたんだから。

    「…久しぶり。会いたかったよ、悠希くん」
    「…ああ、久しぶり。ずっとお前に会いたかったよ、…芽衣。」
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    雪ノ下 No.12140893 

    引用

    彼女の名前は植月芽衣。
    俺の、友人だ。

    「元気だった?」
    「芽衣に比べたら元気じゃなかったよ」
    「悠希くんが思うほど、私も元気じゃなかったよ」

     えへへ、と芽衣は笑う。
    それもそうだろう。何事も無かったように平静を装える人じゃないから。
    安堵と不安の混じったような顔をして、彼女は笑う。

    「地震、大丈夫だった?」
    「あー、結構ひどいぞ。
    校舎は吹き飛ぶわ、回転寿司がぶっ潰れるわ、道路はぐちゃぐちゃだわ。
    駅なんてガラス吹き飛んで散乱するし、どこの建物行っても亀裂入ってるからな」
    「…そうだよね。ごめん」

     何に対しての謝罪だったのだろう。
    街に戻らなかったことか。街から逃げたことか。その話を訊いたことか。

    「…お前の活躍、見てたよ。一年なのにもうシードなんだってな」
    「…恥ずかしいな、調べられるのって」
    「来年にはちょちょいと個人優勝しちゃいそうだな」
    「激戦区だから、前よりはずっと厳しいよ。でも頑張る」
    「そっか」

     芽衣はテニスで華々しい活躍をしていた。
    様々な大会に顔を出し、ベスト8から準優勝あたりにまで名前が出てくる。
    シードにも選ばれているし、いつか有名になるかもしれない。

    「悠希くんは?」
    「ゲーム研究会を無人の部室を乗っ取って活動してる」
    「あはは、なんだそれ」

     …今年何にもしてないな。
    優秀なニート予備軍が育ってます。

    「まあ、お前ほど頑張ってないよ。気まぐれで、芽衣に会いたくなった」
    「そう」
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    雪ノ下 No.12141238 

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    「私もね、この冬休みに会いに行こうと思ってたんだ」
    「へぇ?」
    「向こうがどうなってるか知りたかったし、東京はやっぱり息が詰まるから」

     以前の修学旅行で、芽衣がこの街をつまらなさそうに歩いていたことを思い出した。
    なら何故こちらの避難したのだろうという疑問が浮かび上がる。

    「それに、君にも会いたかった」

     衝撃的な一言を、芽衣は絞り出すように口にした。

    「ずっと言おうと思ってたことがあるから」

     湊とは正反対の姿勢で、芽衣は俺に相対する。
    隠さない、偽らない、顔をそむけない。湊とは違う。
    真剣で嘘をつかず生きている。植月芽衣はそんな人だ。

     だからこそ、俺は傷つけられたのだ。

    「ま、待った。心の準備が」
    「いいからいいから」
    「そんないきなりだと俺の硝子のメンタルがだな、」
    「聞いて。私ね、」

     俺の肩をがっしりと掴んで、芽衣は俺を逃がさない。
    もう、いいか。壊れてしまっているものを直しに来たわけではないのだから。
    割れたグラスは、もう割れない。

    「…嘘ついてたの」

     言いづらそうに、苦しそうにしながらも、芽衣は俺の目をしっかりと見て話し始める。

    「…何が」
    「…進路。同じ高校に行くって言ってたよね、私。あれ、本当は違うの」

     去年の秋ごろ、芽衣は俺にしつこく進路を訊き、俺も芽衣にしつこく進路を訊いた。
    そして同じ高校に行こうということになり、たまに一緒に勉強もしていた。
    その結果、俺だけがその高校に通い、芽衣は避難先の関東の私立高校に入った。
    合格発表は地震と放射能の影響で中止。郵送で発表されたので、彼女が受かったのかは知らない。

    「…私、地震が無くても今の学校に通ってた」
    「…………………、………え?」
    「…中学のときの大会成績から、スカウトされてたの。誰にも言わなかったけど」

     …確かに、芽衣の通っている高校はテニスが強いと有名だ。
    だが、避難先に偶然そんな学校があったわけではなく、…最初からそこに通うつもりだったのだと言う。

    「…騙してたってわけか」
    「そうなる。でも、どっちにするかずっと迷ってた」

     あんなに近くにいたのに、そんな苦悩を読み取れなかった自分が情けない。
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    雪ノ下 No.12141241 

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    「言ってくれれば良かったのに。…って言おうと思った」
    「うん」
    「けど、…それはひどいよな。」
    「そう思うのは、悠希君だからだよ」
    「そうかな」
    「そうだよ」

     一緒にいようと言ってくる俺に、一緒にいられないと言えだなんていうのは理不尽だ。

     以前、どうしてテニスをしているんだろうなという話を芽衣としたことがある。
    湊にも少し話したことがある内容だ。
     俺は分からなかった。続けることしかできず、続けることに意味を見失っていた。
    芽衣は言った。私も分からないけど、楽しいから、好きだからじゃないかと。
     俺はテニスが好きじゃない。
    無個性な自分になるのが嫌だから続けた。湊にはそう言った。
    もう一つの理由は、そこに芽衣がいたからだ。だからやめなかった。
     同じように、芽衣も選択を委ねられた。
    俺と一緒の高校で一緒に過ごすか、スカウトを受けた高校でテニスをするのか。
    俺はテニスと彼女を天秤にかけ、彼女を選んだ。
    彼女はテニスと彼を天秤にかけ、テニスを選んだ。

     俺は、選ばれなかったのだ。
     選ばなかった彼女に、「言ってくれれば良かったのに」なんて言えるはずもない。

    「嘘をついた。本当にごめん」

     芽衣は頭を深々と下げて謝った。
    嘘をつくような人じゃないから、そうやって深く詫びるくらいに、申し訳ないと思っているのだろう。

    「…いいんだよ。嘘ついたって。
    誰だって愚痴をこぼしたり、卑怯なことしたり、汚い嘘ついて大人になるんだ。
    それがどれだけ小さな間違いの積み重なりでも。」
    「そうだね。でも私はそうなりたくはない」
    「俺はそれでもいいと思うようになったよ。それで、守られるものがあるなら。」

     芽衣のことが好きだった。
    嘘をつかず、誰よりも真剣に生きている彼女のことが好きだった。
    そんな彼女でも嘘をつく。俺は勝手に自分の理想像を、芽衣に押し付けていた。
     だから、許容しなくちゃいけない。許せるようにならなきゃいけない。
    嘘や間違いに潔癖な人間は、傷つけられやすいものだ。
    残念ながら現実の世界の方が、醜く汚く間違っているから。
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    雪ノ下 No.12141244 

    引用

    「…悠希くんと一緒の高校でさ、また一緒にテニスしたりして過ごすのも、素敵だと思ったよ」
    「光栄だな。俺もいいと思った」
    「けど、私はテニスが好きだから。強いところで、強い人たちとテニスしたかった。
    夢の舞台だったんだよ。そういうところに憧れてたんだ。」
    「そっか。夢じゃ、仕方ないな。許してやるよ」

     彼女の力量はずば抜けていた。中学時代は何度個人優勝を掴んだか分からない。
    本気でやっていない他のメンバーに対して、不満があるのも仕方がないだろう。
    スタンスが同じ人間が集まる場所を望むのは、何ら悪いことではない。

    「ねぇ、悠希くんの夢って何?」
    「俺が夢抱く奴に見えたかよ」
    「夢を語る人では無かったね。でも、夢を持ってる人だと思ってる」
    「そーだな、まともな大学に入ってまともな職についてまともな嫁さんもらってまともな子供に看取られて死ぬことかな」
    「それは人生設計というかなんというか…」
    「夢はそんなもんだ。普通に生きるだけで、俺には贅沢な望みだよ」

     それでも俺には頑張らなければ勝ち取れないほどの贅沢だ。
    だからお前には追いつけないし、追いかけられない。

    「さっきの話だけどな、無理に俺に合わせようとしなくていいんだ。
    意味を見つけられない俺と、意味を持ってるお前じゃスタンスが違う。
    前と同じじゃ、きっとどこかで綻びが出てた」
    「そう…かな」
    「今のままでいい。頑張ってる芽衣を俺は遠くから応援して、憧れて、帰る場所になる」
    「…ふふ。なんか旦那さんみたいな台詞」

     芽衣は柔らかく笑う。一年前に戻ったみたいだった。
    それを見てると顔が熱くなるのを感じた。俺は彼女のこの表情に弱い。

    「でも、そんな関係も素敵だと思う」
    「ああ」
    「時が来るまで、そんな関係でいようよ。私も君を忘れたくない」
    「俺もお前を忘れない」

    「じゃあ、約束だね。」

     そう言って、彼女は微笑んだ。
    冬の曇天の下でも、それは俺が忘れられなかった、太陽のような笑顔だった。
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    雪ノ下 No.12141245 

    引用

    それからは二時間、二人でテニスを楽しんだ。
    懐かしさに浸りながら、心地よい汗をかく。

    「悠希くん、結構上手いじゃん。帰宅部のくせに」
    「まあ、自分から訪ねておいてぜーんぜんうてませーんじゃカッコつかないからな。
    最近ちょっと練習してた」
    「へー、悠希くんもカッコつけるんだ」
    「カッコつけなくて済むのは、普段頑張ってるやつだけだよ。お前みたいに」
    「お世辞も上手いじゃん」

     練習したとは言っても、中学ですら俺は芽衣に勝てなかった。
    なので本気で試合したらお話にならないレベルだから彼女は手加減してくれている。
    俺が弱すぎるんじゃないんです、芽衣が強すぎるんです。

    「彼女できた?」
    「出来ない出来ない。友達すら数えるほどしかいない」
    「さすが帰宅部」
    「やかましい。お前は?」
    「出来ない出来ない。部活忙しいし、それに」
    「それに?」
    「えへへ、なんでもない」

     駆けまわる芽衣の美しいフォームを見ていると、一年前に戻ったかのような気分だ。
    あれ、何だろうな。テニスって、こんなに面白いもんだったっけ。
    競い合うから面白くもつまんなくもなるのかもな、スポーツって。

    「同窓会、行くのか?」
    「あー、さすがに遠いから無理かな」
    「じゃあ俺も行かないわ」
    「いや悠希君は行ってもいいでしょ。皆に会ってきなよ」
    「同窓会なんて好きだった子に会いに行くもんだと思ってたわ」
    「もー、そういうことさらっと言うの禁止!」
    「いいだろ、フラれてるんだからさ」
    「うー…」

     告白のことを無かったことにしないという目的は達成された。
    これが終わったら、あのときのことを訊いてみようか。
    いやせっかくまた仲良くなれたのにそれを聞くのはどうなんだろう。

    「はぁ。やっぱこう、寒さがちょっと足りないな。いつもより汗かいてる」
    「寒さ慣れしすぎだって。私が拭いてやろう」

     がしがしと芽衣はタオルで俺の頭を拭く。

    「あれ…?伸びない伸びないと嘆いてたくせにちょっと身長伸びたんじゃない?」
    「ちょっとだけどな。むしろお前が止まったから大きく見えるんだろ」
    「まっすぐ立ってみて?」
    「おう、うおう!?」

     目の前にはまっすぐ立って、自分の頭から平行に俺の頭に手を動かす芽衣。
    近い、近いっつーの。心臓どうかしちゃうだろ。

    「すごい、ほとんど同じだ」
    「それは…なんか嬉しいな」
    「嬉しいね」

     目の前でえへへと笑う芽衣。眩しすぎて思わず目を逸らした。
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    雪ノ下 No.12141386 

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    コートの残り利用時間が少なくなってきたとき、芽衣はある提案をしてきた。

    「本気でやりたい」

     突然、真剣な顔つきをして、彼女はそう言った。

    「相手になると思ってるのか?俺が。」
    「思ってない」
    「なら何で」
    「見てほしいんだ。この一年、私がどれだけ頑張ってたか」

     フルボッコにされるのは間違いない。
    でも、それを見届けるのは俺の役目だと思ったので承諾した。

    「ありがと」

     芽衣は晴れやかな顔をしてボールを受け取り、ベースラインまで下がる。
    すっげー楽しそうな顔して、しなやかなフォームから電撃のようなサーブを放った。
    …何キロ出てんだろーなこれ…。お遊びでやったバッティングセンターの150km/hのマシンより速いんですけど…。
     次のサーブはお前男子かよと言いたくなるようなスピンサーブだった。
    中学の男子決勝で見たものより強烈だった。芽衣が打つのは初めて見たから今年会得したのだろう。

    「お」

     だがこっちは男子なもんで、スピンサーブに対応するのは慣れていた。
    態勢を崩しながらも、鋭いショットを深く返す。
    そこで芽衣の得意なダブルバックハンドストローク。
    いつもはクロスに来るのに、わざわざストレートに打ってきた。
     ここで芽衣の意図を理解した俺は数歩下がったところでボールを打つ。
    全身を、腰を、右腕を。しなやかに、けれど力強く。
    ボールから目を離さず、寸分のズレも無いように捉え、振りぬく。
    俺の唯一得意とするフォアハンドストロークで打ちあえと、芽衣は要求しているのだ。
     俺の読み通り、芽衣は俺がフォアのみで対応できる場所に打ってくる。
    それを全力で打ち返した。
    芽衣は笑った。俺も笑う。
    テニスで一番好きなのが、このストロークだから。
    そこでちょっとしたことに気付かされて、救われて、心の中で芽衣に感謝した。
    嫌なことが多いから気付かなかったけど。俺は本当はテニスが好きだったのかもしれない、と。

     何十球も同じショットが続く。幸せな時間が流れる。
    今年は嫌なことがたくさんあった。だけど、この瞬間に俺は救われたのだろう。
     白い雪がコートに降り始める。この祭りは終わりだ。
    ホワイトクリスマスだね、と芽衣が笑って、相槌をうつ。
    お互いの頭にかかった白い雪を、お互い払いあって笑う。

     メリークリスマス。ありがとう、芽衣。
    今度も俺はちゃんと口にして芽衣は今度はちゃんと返してくれた。
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    雪ノ下 No.12141514 

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    楽しい二時間が過ぎた。
    東京の街には柔らかな雪が降り、道行く人々はありえないものでも見るかのような顔して雪を踏みしめて歩く。

     俺は新幹線の時間がある。芽衣が俺を駅まで送ってくれていた。

    「んーっ、たーのしかった!テニスっていいね」
    「おお、楽しかった楽しかった。うっかりテニス部に入部しちゃいそうになった」
    「ふふ、いいんじゃない?」

     口を突いた冗談が、冷たいくらいの現実性を持って俺の頭に突き刺さった。

    「…それもいいかもな」

     テニス部に入る。普通の高校生になる。
    きっとそれは、素敵なことだ。そしてそれは、一つのゴールだ。

     けれど脳裏に浮かぶのは、あの三人のこと。
     俺はまた、二つのものを天秤にかけていた。

     芽衣は駅入場券なんてものをちゃちゃっと買っていた。
    切符を買ってきた俺の顔を見るなり、芽衣は口を開く。

    「悠希くん。いつでも連絡してね。どんな相談でも聞くから」

     俺の心情を読み取るように、芽衣は俺に救いの手を差し伸べる。
    その優しさが暖かくて、本当に嬉しくて。そして苦しいことに、愛おしくも思ってしまった。
     でもそれを口に出してはいけない。それだけは抑えたい。

     ホームで新幹線を待つ。もうすぐお別れだ。

    「いつでも頼って。力になるよ」
    「随分なサービスだな」
    「悠希くんは遠慮しすぎだから。私には遠慮しなくていいよ」
    「サービスしすぎだって。そろそろやめとけ」

     なのに芽衣は、俺に優しくあろうとする。
    別れの時間が近いから距離を確立しようとしているだろうか。
    正直やめてほしい。そろそろやめてくれないと、彼女に溺れそうになる。

    「だから私を頼って」
    「あのな…え」

     いい加減にしろと言おうとして芽衣の顔を見た。
    そしてその険しい表情に驚かされたのだ。

    「私、…不器用だからこんな言い方しか出来ないよ。でも」

     彼女は…怒っていたのだろう。俺にではなく、自分に。
    こんなにも苦しそうに話す芽衣を、俺は初めて見るかもしれない。
    今にも泣き出しそうな誰かみたいな表情をして、芽衣は偽らない言葉を吐き出す。

    「私、悠希くんに酷いことした。たくさん傷つけてたくさん迷惑かけて、いつも君に頼ってた。
    悠希くんと別れるまで気付かなかった。この人の温かさに支えられてたんだって、知らないまま君に拠りかかってた。
    だから、……だから………っ。」

     「だから」の続き。
    もし一つでも何かが違ったのなら、きっとそれは伝えられていたのだろう。
    そしてきっと、全てが解決していたのだろう。
    だけど、芽衣はきっとそれをこの先ずっと口にすることは出来ない。
    誰かみたいに嘘をつけない。俺みたいに無責任な言葉も言えない。
    だから黙することしか出来ない。ただ黙って、冷たい涙をこぼすことしか出来ない。

     それは俺がみんなの前でこぼしたものと、同じ涙だ。

    「…世の中、越えられないものなんていくらでもあるさ。越えることが正しいとしてもだ。
    正しさで解決できないものが、この世には多すぎるんだ」
    「……っ……」
    「でも………」

     きっとこれも無責任で暴力的な言葉だと思う。
    それでも、「でも」の先を俺はやめない。やめる大人にはなりたくない。

     新幹線の音が響いている。それにかき消されないようにはっきりと口にした。

    「俺は待ってるよ。芽衣は芽衣の速度で歩いてていい。きっとまた会える」

     いつかの無責任な右手のように、俺は踏み越えてはいけないものを越えたのかもしれない。
     その言葉を聞いた芽衣は、最後の帰り道みたいな笑顔で、少し違う言葉を口にする。

    「ありがとう。またね」

     


    「ねぇ、悠希くん」
    「うん?」
    「私ね、君のこと」

     新幹線に乗り、ドアが閉まる直前。

    「—————————」

     タイミングを計ったかのように、その言葉は聞こえなかった。
    それがきっと、彼女の望んだ、今の俺たちにとっての最高の別れだった。
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    雪ノ下 No.12141739 

    引用

    #13 それでも迷路は終わらない

    「あ」
    「お?」

     東京から戻ってきて駅前の通りを歩いていたとき、見知った顔を見つけた。

    「悠希くん」
    「山…下か。こんなところで奇遇だな」
    「それはこっちの台詞。駅前でライブだって言ったじゃん」
    「おう、そういえばそんな時間だっけか」
    「悠希くんは一人で何してたの?」

    「ああ。全部終わらせてきた。」

     もう心配をかけるわけにはいかない。だから笑ってそういってやる。
    途端に山下は安堵した表情になった。

    「そっか。」
    「おう。」

     こういうものが、帰ってくる場所なのだろうか。
    山下は俺のことを見守ってくれている。
    芽衣にとって、俺もそうなれるように頑張ろう。

    「ねぇ、せっかくだから見ていかない?疲れたら帰ってもいいからさ」
    「ああ、いいよ。リア充アレルギー発症したら帰るけどな」

     山下に連れられて、そのライブハウスに入る。
    中は薄暗く、若者がコップを片手に歓談に花を咲かせている。
    ステージはドンドンと低音が響く、あの二重扉の先だろう。

    「あたしらの出番、次だから!」

     それだけ言い残して、山下は楽屋に消える。
    手持無沙汰になってしまったので、そこらの椅子に座った。

     夢の中の出来事だったかのように、芽衣と過ごした時間はふわふわとしていた。
    もう、終わったのだ。あの出来事も芽衣のついた嘘も。今の俺たちに出来る最高の解決だった。
    だから苦しむことはない。もう自由に生きていい。
     なら、俺がしたいことは何だろう。
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    雪ノ下 No.12142069 

    引用

    「あれ、来てたんだ」

     周囲の雑音に掻き消されそうな声が、すぐ近くで聞こえた。

    「…よく気付いたな」
    「たまたまだよ」

     彼女のことを考えていたら、その彼女が現れて、気の抜けた返事をしてしまう。
    顔を上げると、そこにはソフトドリンクを片手に持った湊がいた。

    「香苗ちゃんに呼ばれてたの?」
    「まあそんなところだ」

     細かく説明するのが面倒なのでそう答えておく。
    突然家にやってこられて勧誘されて断って東京行った帰りにまた誘われたなんて言ったら何回質問挟まれるか分かったものではない。

    「ふーん…」

     目を細めて楽屋にチラッと視線を向ける湊。
    家で彼女と話したことは、湊に言わないほうが良さそうだ。

    「一人…じゃないよな」
    「あ、うん。クラスの子たちも来るって言うから集まってるの」
    「そか。んじゃ、そろそろ見に行くわ」

     彼女に彼女のコミュニティがあるのなら、今日は一人でいてもいい。
    気を遣わせるのも悪いから、自分から席を立つ。

    「あ…」

     所在なく伸ばされた手が、行き場を無くして降りる。
    彼女を振り返ることなく、その重い扉に向かった。

     あいつとか、あいつとか、あいつとか、自分とか。
    色んな想いを抱え過ぎて、俺は疲れていたのかもしれない。
     湊に、芽衣の姿が重なる。
    何故だか今は、湊を見ているのも、黙って思考にふけるのも、辛かった。

    全身に響く痛いくらいに大きな音楽が、何もかもを忘れさせてくれるようで心地よかった。



    記憶の声 了
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    雪ノ下 No.12142432 

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    #14 救われていた物語

    「あけましておめでとう」
    「…おめでとう。」
    「はい、年賀状」
    「おう…いや、年賀状って手渡しするもんだったか?」
    「…暇だったから?」
    「そうですか」

     まああるよな。新年だからのんびりしようっていうと何すればいいかわからなくなるときとか。
     正月の朝、特に何の連絡もなく彼…御園紫暮は現れた。
    ダウンジャケットのポケットに手を突っ込んでる姿が妙に可愛らしい。

    「つか何この年賀状」
    「手描きだよ」
    「可愛すぎて永久保存決定なんですけど」

     可愛らしい竜の絵が丁寧に描かれた年賀状。
    よく見ると去年俺がやっていた携帯ゲームのセルザなんとかさんという竜だった。
    これゲーム会社のほうに送ったほうが有意義なんじゃね…。
     俺が年賀状をほーとかはーとか言いながら観察していると、紫暮は退屈そうに家の中を見ている。
    どうやら帰る気は無さそうだ。

    「…初詣、行くか?」
    「…うん!」

     待ってましたというように笑顔を咲かせる紫暮。かわいい。
    何これ、俺を無言で初詣に誘わせる高等テクニックかよ。余裕で策にはまってしまった。

    「他の連中はいいのか?」
    「たまには二人でもいいじゃない?」

     かわいいので二人で出かけることにした。



    「わぁ、凄い人だかりだね。悠希くんは大丈夫?」
    「何が?」
    「こういう人混みとか順番待ちの長蛇の列とか。
    僕のイメージだとジェットコースターの順番待ちで途中からどこかに消えてそうなんだけど」
    「おいなんで俺の中学時代の修学旅行のこと知ってるんだよ」
    「やっぱりそうなんだ…帰る?」
    「別にいいよ。冬休みあんまり外出てないし、紫暮と二人で出かけることも無かったしな」
    「よかった」

     紫暮と肩を並べて神社のお賽銭までの列に並ぶ。
    天気もいいしここは人気なところなので、10分やそこらの列では無さそうだ。
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    雪ノ下 No.12145869 

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    「なあ紫暮。初詣ってとりあえず野球運を祈ればいいんだよな?」
    「サクセスじゃないんだから」
    「あまりこういうの来ないから何をするところか忘れてた」

     正月から一週間で学校始まるとか無いわ。冬休み4週間追加でいいよ。

    「僕もそんなに来ることは無いかな」
    「まあ若者は8割方行かないらしいな」

     こんな人混みでも好んで初詣に来るのはお年寄りが多いんだとか。
    つまり若者は孤独を好むわけだ。俺は若者の先駆者だったのか…。
    といつもなら思っているところだが今日は紫暮と来てしまったのでそんな台詞は言えない。
    リア充爆発しろという立場だったはずだが今日の俺たちはきっと若い男女が二人で来ているように見えるだろう。やったね。こいつ男だけど。

    「冬休みもあと一週間だね」
    「そだな」
    「そしたら三学期が始まって」
    「春休みが来て」

     あの部室は無くなる。
    俺たち4人もたぶんクラスが分かれる。
    俺たちは自分の足で歩いていけなければならない。

    「皆、大丈夫かな」

     それは自分より他人の心配をした、というよりは、自分のことを心配する必要が無いというように聞こえた。

    「というより湊さんの心配だけど」
    「何故湊だけ?」
    「だって、悠希くんはもう大丈夫なんでしょ」

     あの後、紫暮には東京での出来事を話した。
    その結果として、彼の俺に対する認識はそう変わった。
    俺は「救われた」人間なのだと。
     残念ながら、それは正しい。

    「お前らは大丈夫なのか」
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    雪ノ下 No.12153256 

    引用

    それを聞いた紫暮は、いつもと変わらない表情で呟く。

    「え?…ああ、悠希くんは知らないんだっけ」

     そっかそっかと呟いて、何やらコクコクと頷く。何なんだ。
     紫暮は俺に振り向くと悪戯っぽい仕草で告げる。

    「いつか話してあげるよ。僕と陽斗くんの、誰も知らない物語。」
    「…なんだそれ」

     ハルめ…紫暮に手を出していたとは…。
    ヤツを手早く処理する手段を考えながら、列を進めた。
    賽銭の前に並んで立つ。二礼二拍手一礼…。

     叶えたい望み。夢。捧げるべき祈り。
    その願いは美しく、正しく、誇りあるものであるべきだ。

     俺は、誰かの幸せを祈った。

    「さ、何か食べようよ!大判焼きとか!」
    「別にいいけどお茶買ってからな、アレ甘すぎ」

     で、アレって今川焼きじゃないの?え?
    あと俺は屋台には出しても500円までな。無駄に高いの嫌いだから。
    チョコバナナっていったいどれだけボッタクってんだろうな…。あれほぼバナナだろ。

    『リンゴ飴硬っ!デカッ!これほぼリンゴじゃん!』

     そんな益体の無いことを考えて、いつかそんなことを言ってた少女のことを思い出した。
    この街には彼女との思い出が多い。今までは苦痛だった。でも、今は暖かい。
     結局人間なんてそんなものだ。
    世界は変わらない。人間は変わる。
    合わないのなら自らを変えるしかない。変わらなければ世界から排斥される。
    この国ではそれを、大人になると言うんだ。

    「悠希くーん!次は焼き鳥行こうよ!」

     ねえ、さっきからこの子のセンスちょっとずれてない?
    いや美味いけどさ、屋台の焼き鳥。一本目は皮串が俺のジャスティス。
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    雪ノ下 No.12164619 

    引用

    #15 新しい始まり

    「おはよう悠希君」
    「…」
    「おはよう悠希君?」
    「…たまにあるよな、無駄な努力が空回るときって」
    「?」
    「『おはよう湊、今日も寒いな』って返そうとしたんだが」
    「うん」
    「『寒いとか疲れたとか暑いとかうだうだ言ってる奴は公衆の面前で氷で滑ってすっ転んで頭打てばいいのに』とか言われるかと思って別の面白い挨拶の返しを考えてた」
    「いや言わないから。私朝からそんな強引に暴言投げつけるタイプじゃないから」
    「そうか」
    「…言われたいの?」
    「忘れろ。誰も幸せになれないから」

     3学期登校初日。少しばかり顔を合わせていなかった湊と再会する。
    心の中ではちょっと動揺していた。
    それで言葉が出なかったり変なことを口走ったりしてしまった。
    冬休み中に会ったときは、あまり機嫌が良さそうではなかったから。
     凍りついた道を、二人で並んで歩く。
    冬の日差しが包み込むような柔らかさで朝を演出する。
    肺まで染み渡るような澄んだ空気、肌を切り裂くような冷気。
    冬の空気を指先の感覚で感じ取るのが俺は好きだった。
     
     並んだ二人の距離は、芽衣よりも遠かった。

    「…えっと、宿題終わった?」
    「…ん、ああ。」
    「…」
    「…」
    「…どうしたの?」
    「いや…なんだろうな?」

     しばらく会っていなかったせいか、湊が目の前にいることに酷く違和感と焦りを感じる。
    目の前にあるのに掴めない『ズレ』。それが何だか明かせない。

    「お前に…言わなきゃいけないことがあるんだと思う」
    「うん」
    「お前に謝らなきゃいけないこともあるんだと思う」
    「うん」
    「けど…言葉に出来ない。だから『ごめん』で誤魔化そうとしたけど、無責任で曖昧な自分のための謝罪は口にしたくない。だから…どうしたらいいんだろうなって思ってたところだ」

     きっと俺は焦っている。
    時間の有限さを分かっているんだ。桜の花が咲く前に、やらなくちゃいけないことはある。
     ずっと俺は迷っている。
    自分がどうあるべきか。選び取っていいのか。俺でいいのか。
     きっと俺は分かってる。
    理解しないまま進んだ、その結末を。
     いろいろなことに足を取られて。自由に飛ぶことが出来ない。
    その迷いを告げるのは、甘えだ。

    「…」

     湊は、何も言わずに俯いた。
     何も言わずに、距離を一歩詰めた。
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    雪ノ下 No.12169992 

    引用

    その距離にはひどく覚えがあった。

    『…もうすぐ卒業だね』

     俺はあのとき、その言葉を履き違えた。
    期待と悲哀と間違えて、彼女も自分も救えなかったのだ。
     彼女と同じ距離に、湊は踏み込んだ。
    俺は、救わなければならない。
    この距離だけは、守っていかなくてはならない。

    「…寒いね。」
    「…ああ。」

     湊の笑顔を、作り笑顔でも、随分見ていない気がした。
     



     教室に入ると、湊は笑顔で友人に挨拶をする。
    俺にだけ、笑顔は向けられない。

    「…」

     先に着席していたハルと紫暮がチラッとこちらを一瞥して、すぐに元に戻した。
    紫暮はニヤニヤしていた。…何やねん。
     着席してしばらくすると、俺の背中に這い寄ってくるギー太さん。いや山下。

    「悠希くん」

     耳元で囁かれたその熱を帯びた声に、思わず飛び退きかけてしまった。
    その対応に山下も驚く。

    「…なんだいきなり、失礼だな」
    「…なんだいきなり、ビックリするだろ。何?驚いてはいけない高校生でもやってんの?」

     年始に大量発生するケツバット大好き中高生のウザさは異常。
    タイキックとか冗談じゃない。
     山下は逡巡して、足元に目線を置きながらチラチラとこっちを見て、つっかえとっかえで口にした。

    「いや、その、アレだ。…今日の午後、暇か」
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    雪ノ下 No.12170020 

    引用

    #16 失われていた物語

     どれだけ近くにいても、心まで掴めはしない。
    目に見えるものが全てじゃない。目に見える距離が全てじゃない。
    人が人を演じる限りは。人が人を騙す限りは。


     始業式の午後。俺は山下と二人で下校している。
    ハル達には捕まらないように速攻で学校を出た。

    「…ここまで来れば大丈夫じゃないか?」
    「…はぁ…うん…」

     何故か山下はハルたちを異様に警戒していた。
    そこまでして、俺に何の用だろうか。ハルたちを裏切ってるようで俺はちょっと心が痛いんですけど。
    あと湊に後で何言われるかどう対応するか結構面倒臭いんですけど。

    「…あんた…帰宅部のくせに、案外走れるんだな」
    「ちょっと鍛えてたからな。さすが男子って言ってみ」
    「…なーんとなくバカにされてる感じがするからヤダ」

     乱れた髪と息を整えながら、山下はそっぽを向く。
    …結構遠くまで来てしまった。今日は積雪のために自転車は置いてきたので家が遠くなる。

    「山下、お前の用は知らんけどメシ食わないか。腹減ったんだ」
    「あぁいいよ。あたしが奢ってやろう」
    「マジかよ香苗姉さん太っ腹ー!で、どこで食うん?」
    「…ついてきたまえ」

     そうして山下は住宅地にあるマンションに入っていく。
    デカい。え、何これ10階ぐらいあるんじゃねぇの。
    やっべぇこの玄関みたいなところホテルかよ。ホテルカレーって美味いの?
     エレベーターに二人で乗りこむ。

    「…マンションで楽器の練習とか出来るのか?」
    「まぁ、時間とか音量とかは自重しないといけないけどね」

     8階へ到着すると、雪に包まれる街の美しさに驚かされる。
    先生!僕ここに住みたいです!住めば都?知らんわ。

     そうして山下の部屋の前に着く。
    お、おう…今更だけど山下が自室に俺を招くとは…。
    何?俺そんな超無害物件なの?

    「どうぞ、上がって」
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    雪ノ下 No.12170167 

    引用

    「お、お邪魔します」

     中から声は聞こえなかった。
    靴は何足かあるのだが。

    「あぁ、誰もいないから気張らなくていいよ。コーヒーでも淹れるから適当にくつろいでくれ」

     山下はそう言って俺をリビングに通して、キッチンに向かった。
    静かな部屋には目を覚ますほどの冷気が横たわっている。

    「…これは…」

     リビングは、完全に彼女の自室と化していた。
    その辺に楽譜散らばってるわ、ギター寝てるわ、服ほっぽってあるわ…。

    「お待たせ…あ、ごめんね。散らかったままだった」 
     
     楽譜の置かれたテーブルに、山下はコーヒーの乗ったトレーを置いた。

    「ちょっとは恥ずかしがる素振りを見せようぜ…」
    「あー、アタシの部屋いつもこんな感じだしさ。バンドの子も来たりするし」
    「…せめてほっぽり出された服にちょっと気を遣おうか」
    「………ちょっとあっち向いてろ」
    「はい」

     そこで山下は顔を赤くしてこちらを睨んで、いそいそと片づけ始めた。
    うん、ちょっと男子高校生には目に毒な衣類ぐらいは気を遣いましょうね。

    「…もういいよ」

     俺に椅子を勧めて、山下はエアコンのスイッチを入れる。

    「さて、お昼にしよっか。適当に作るよ」
    「お、おう。期待しちゃうわ」
    「何言ってるの?手伝え」
    「はい」

     山下は楽しそうに俺を使役し、焼きそばを作った。
    先生、炒めるの結構面倒臭いです。腹減った。空腹テロかよ。

    「なぁ山下」
    「何だ?」
    「俺が訊いていいことなのかは知らんが。お前、一人暮らしなのか」
    「そうだよ。高校に合格したときに、頼んだらここを用意してくれた」

     お前んち、結構裕福なんじゃねぇの。

    「寂しくないのか?」
    「ないよ。バンドのみんながよく遊びに来てくれるし」
    「そっか」

     寂しいとか言い出したらうっかり住み着いてたわ。

    「ほい止めて。オイスターソース」
    「ん」

     山下が前のめりになって、俺の炒める麺にオイスターソースを投入する。
    彼女の花のような髪の香りが広がったかと思ったら一瞬で掻き消された。ちっ。

    「…ごめん、ちょっと強がり言ったかも」

     山下は、たまに見せる女の子らしい雰囲気で訂正する。

    「…いろいろ夢見てたけどさ、バンドはバンドだ。友達とは、ちょっと違うんだよ」

     チームはチームだ。実力の優劣が階級を生み、衝突も起こるコミュニティだ。
    人間的なことでなく、仕事の面でお互いに不満があったりして壁が出来ることもあるかもしれない。

    「だから、…悠希くんたちが少し羨ましいのかもしれない」
    「…ふぅん」

     俺はそれを誇らしげに返すことが出来ず、麺を炒める。
    ——俺たちのことを例に出すのは、ちょっと違うんじゃないか。
    その言葉が、喉につっかえたまま。

    「そろそろ食べよっか。お疲れ様」

     山下にフライパンを預け、リビングに戻る。
    温くなったコーヒーを飲んで、息を落ち着けた。
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    雪ノ下 No.12170246 

    引用

    「…美味い」
    「自分で作ると美味しく感じるものだよ」
    「何言ってるんだ。俺と香苗の初めての共同作業だろ」
    「はいはい」

     山下は笑いながらも、その表情に影を落とす。
    彼女は、俺にいったい何の用なんだろう。

    「ごちそうさま。皿洗うよ」
    「いーよ、あたしがやっとく。…悠希くんは、そっちの部屋で待ってて」

     そういって、山下は俺の手から食器を奪う。
    山下が指したのは、リビングの隣の部屋だった。

     ドアを開けると、そこは明らかに用意された部屋だった。
    リビングとは違って綺麗にされていて、静かで、どこか厳かだ。
    主に表裏があるとするなら、この部屋は彼女の裏の在り方のよう。
    格調高いベッドが置かれていてどうやら寝室らしい。
    小さな洒落たテーブルに、一つの段ボール箱が置かれている。
    …おそらく、これを見ろということだろう。

     箱の中には、いくつかのファイルと、とある中学校の卒業アルバム。

    「…これって」

     その学校の名前には見覚えがあった。
    そしてある心当たりもあった。
    ページを注意深くめくると、彼の姿を見つけた。

    「…やっぱり」

     男らしい体格。でも今よりもずっと憂いを帯びた瞳。
    衛藤陽斗。ハルだ。

    「…それ。あたしの通ってた学校のアルバムな」

     山下が部屋に入ってくる。

    「下見てみなよ」

     言われて、陽斗の下の顔写真を見る。
    …御園紫暮。紫暮だった。

    「…お前ら3人、知り合いだったのか」
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    雪ノ下 No.12170718 

    引用

    「…全員がそれぞれ親しかったわけじゃないけど。お互いのことは知ってたはずだね」

     一緒にバレーをしたとき。紫暮とハルと山下は、すでに関わりがあったのだ。

    「これから君に、君だけに。私たちの秘密を話す。感謝の証として」
    「…感謝?」

     その言葉に不自然さを覚えたとき、山下が俺の隣に腰を下ろした。
    俺の手を取り、言葉を震わせながら言葉を吐き出す。

    「…君は、乗り越えてくれた。今でも、私のそばにいてくれる。だからその、感謝。」

     ——今日の山下は、どこか彼女らしくないと思っていた。
    緊張しているのか、不安なのかと疑った。でも違った。
    これが、山下の自然体なのだ。
     
    「先に言っておくけど、陽斗君と紫暮の許可は無い。でも、あの二人もずっと気にしてたはず。
    だから今、あんなに救われた表情で笑えてるんだ」

    『いつか話してあげるよ。僕と陽斗くんの、誰も知らない物語。』

     紫暮の言葉が脳裏に浮かぶ。
    あれも、自然体の言葉だった。救われた、表情だった。



     その少女には、仲の良い友人がいた。
    牧田流知愛。ルチアと呼ばれていた彼女は、悪い子ではなかった。
    でも普段の素行は悪かった。教師にもよく注意されていた。おかげで友人が少なかった。
    それでも茶髪に染めた長髪を振り回して、近所迷惑な音量でギターを弾く姿を見たのは彼女ぐらいだろう。

    「か〜な〜えちゃん。何?あんた、今日は勉強してんの?」
    「…見れば分かるでしょ、オベンキョーよ。」
    「はぁー、本ばっか読んでるくせに大して勉強してなくて成績大したことないのがあんたの平凡さだと思ってたけど」
    「本は基本的に娯楽であって、読めば読むほど頭が良くなる魔法ではないのだけど」
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    雪ノ下 No.12173329 

    引用

    「ならあんたもギターやる?ユー歌っちゃいなよ」
    「私、あまり目立つことしたくないし。それに受験生だし」
    「ふぅん?何か高校に入る明確な目的でも見つけたの?」
    「……社会から外れたくないだけ。」
    「ほら、無いじゃん。あんたには“自分”が無い」

     山下香苗は、無気力な少女だった。
    自分の中に強いベクトルを持たない。部活にも入らず、熱中する趣味があるわけでもない。
    気ままにのんびり生きていた。

    「せっかくの10代の学生生活、そんな風に過ごしてちゃもったいなくない?」
    「…疲れることはしたくない」
    「じゃあ、アタシとあんた、どっちが疲れた顔してるよ?」
     
     香苗は無言で牧田を睨む。彼女はそれを痛くもかゆくもなさそうな笑顔で返す。

    「見つけようぜ。いつか香苗が、自分に誇れるものを」

     本当はもう、見つけていたのかもしれない。
    唯一の憧れの親友の、眩しいほどに強い姿の中に。



     その少年は、ある悩みと異質性を持っていた。

    「紫暮。今日はどうするんだ」
    「陽斗くん」
    「一人で帰れるのか?」
    「うん、大丈夫だよ」
    「そうか。なら俺は先に帰るぞ」
    「バイバイ」

     放課後、ジャージ姿で下校準備をする。
    紫暮にとって陽斗は、まるで過保護な兄を持った気分だった。
    御園紫暮は友達が少ない。以前は交友関係も広かったのだが、ある事件を境に状況は変わった。
     



    「紫暮はね、イジメられてたらしいんだ」
    「…マジ?」
    「といっても、実際どうだったかは知らない。私が見た感じじゃ、可愛らしい外見をからかわれてるように見えたけどね」



     15歳の紫暮は、中世的な外見だった。透明感のある白い肌に、光を受けて流れる髪。
    身長も低く細い身体。体毛も薄く声も高い。
    制服を着ていなければ女子に見えることもあった。
     そんな彼は空気に溶け込むような自然さもあったが、目立ちもした。
    他の男子に外見をからかわれることも多かった。
    内気で人見知りしがちな紫暮はあまり強く言えず、誰もそれを明確な悪だと認識してはいなかった。



    「曖昧に笑ってても、紫暮と他の男子は本当に仲良くはなれなかった。
    だからあるクラスメイトはもう一歩踏み込もうと、スキンシップを始めた。これがよくなかった」

     紫暮にスキンシップ…だと…?

    「…ごめん、今の表情は割と素でキモかった」
    「おい」


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