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きのこのこのこ

この世に死神なんてものが存在するとして

雑談

レス:60

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    きのこのこのこ No.10959296 

    引用

    「あなたの言う、抵抗っていうのは……人間同士の異性間における、思春期から生じた、互いのプライベートスペースに立ち入るときの心理的な遠慮、特に夜を共にする行為に対する回避意識……という意味ですか?」
    「お前は広辞苑か何かか」
    「はい? こーじえん?」

     何言ってんだという気分でツッコんだ言葉に、何言ってんだという反応を返されてしまい、祐一は少し凹んだ。
     人間のことについては色々詳しいアルミナだが、広辞苑という言葉は知らないようだ。

    「……えっと、よく分かりませんがそれはさておき、今言った意味であっていますか?」
    「まあ、そんなところだよ」
    「それなら、心配要りませんね。わたしは人間ではありませんし、睡眠を取る必要もありませんから」
    「?」

     アルミナの言葉に祐一が怪訝な顔をすると、彼女は床に座ったまま、指を一本立てて胸を張った。

    「死神なので、同族でない人間に対してそういった感情は抱かない、ということです」
    「へえ……」
    「それから死神には生も死もありませんから、生物が生きていくために必要な、睡眠という行為が必要ないんです。つまり寝込みを襲われる心配もないというわけですね」
    「そんなことしないよ」
    「分かってますよ」

     分かってるなら何故言った、と、祐一は微妙な気分になりながら話を聞く。
     もうひとつ、彼を微妙な気分にさせるのが、睡眠がいらないというアルミナの言葉だ。彼女は本当に眠そうな素振りを見せない。そして、睡眠なしで生きていくことは、人間には、不可能なことである。

     死神の話、心から拒絶しようとはもう思わないものの、彼の理性のどこかが受け付けないでいるのだ。

     アルミナは、立てていた指をくいっと折り曲げ、片目を閉じて悪戯っぽい表情になって続ける。

    「それに、もしものことがあったとしても、人間の一人や二人なら、すぐに成仏させられますからね」
    「死神は生き物には手を出さないんじゃなかったのか」

     言い終えるのとほぼ同時に、すぐさま祐一に指摘され、アルミナは僅かながら答えを寄越さず黙った。
     ゆっくりと指を引っ込めると、今度は両腕を組んで祐一のことを見据える。

    「その通りです。もちろんわたしは冗談を言いました。でも、人間が容易く他の生き物の命を奪えるように、死神が生き物の命を奪うことができるのも事実なんです。命のエネルギーを根こそぎ奪い取る、という形で。ですから、くれぐれも血迷わない方がいいですよ」
    「だからしないって言ってるだろ」

     話を区切るように、祐一は溜息と同時に立ち上がり、閉まっていたカーテンを引き開けた。

     外は、太陽がまだ頭のてっぺん辺りしか出ていないようで、反対側を見れば星も見えるかもしれないくらいの明るさだ。薄陽が部屋の中を照らし、少しだけ部屋が明るくなる。

     窓から見える近所の家の屋根の上に、一対の鳥、おそらくスズメか何かが止まっている。あのスズメ達と人間の命のエネルギーとやらにはどれほどの差があるんだろう、などとふと考え、祐一は窓の外から部屋の中へ振り向いた。

     部屋に差し込んできた、柔らかな光に少し目を細めたアルミナに向かって、彼はさらりと言う。

    「俺ら人間からしても、お前みたいな変ちくりんな姿格好したやつにそういう感情抱かないから、安心していいよ」
    「そっ、その言い方はひどくないですか!?」
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    きのこのこのこ No.10960846 

    引用

     朝食の時間がやってくるまでだいぶあるし、何かマンガでも読んでいようと、アルミナと一緒になって本棚を探っていた祐一。彼は、本の背表紙に順に指を走らせながら、ふと、横で一心に本棚漁りを楽しんでいるアルミナを見た。

    「そういえばなんだけど」
    「何ですか?」

     話しかけると、目線は本棚に固定されたままだが、即座にアルミナの反応が返ってくる。
     本棚から適当なマンガを引き抜いた祐一は、その表紙を見ることなく続ける。

    「ちょっと疑問に思ったんだけど、寝なくてもいいなら、夜の間にその死神とやらの」
    「とやらはいりません」
    「…………死神の仕事っていう、悪い幽霊退治をしてきたりしないの? 人ん家の本棚漁ってる場合なのか」

     彼が気になったのは、霊魂をあの世へ送るなどと大層なことを言う割に、アルミナが随分のんびり過ごしているように見えることだった。ノルマが終わったとか、暇だとか言っていたが、人の魂を取り扱う(らしい)以上、そんなに簡単に終わってしまっていい仕事なのだろうかと思う。

     だがアルミナは、鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気で、相変わらず本棚に熱中したまましっかり答えた。

    「大丈夫ですよ。この世には、死んだ後もこの世に残ることを選んだ霊魂がいくらでもいますが、悪意的な魂なんてそのほんの一部です。さらにその一部の中でも、この世に影響を与えられるほど強いものとなると、もっと限られてきます。だからそんなに急いであっちこっち回る必要はないんです」
    「ふーん。で、いざ仕事をするときになると、あっちこっち回って霊魂を見つけ出すのか?」
    「そうですね。でも、これは死神の特性なんですけど、そういった霊魂の存在をある程度は感知できるんですよ。索敵レーダーのように。何というか、この辺にきゅっぴーんと来るんです」

     言いながら、アルミナは片手で自身の頭頂部を指さす。
     妖怪アンテナのように髪の毛が立っていたりすると見た目にも分かりやすかったのだが、髪は普通にぺたんとしていて異常はなく、何だかつまらなかった。

    「じゃあ、残念だな。夜のうちに霊魂探しの冒険に出て、そのまま俺の家の場所を忘れてくれれば楽だったのに」
    「……」

     と、そこでアルミナはぴたりと動きを止めると、じろり、という擬音が似合いそうな横目で祐一を見た。

    「……忘れませんよ。大体、どうしてわたしがあなたの家を知っていたと思います?」
    「一軒一軒、家の中を覗いてきたとか?」
    「それこそ怪しい者じゃないですか。違います。あなたがわたしに命を分けてくれたから、ですよ」
    「何?」

     話の繋がりがよく分からなかったので思わず祐一が聞き返すと、アルミナは体ごと向きを変え、彼を正面から見つめた。
     何となく持っていたマンガをぺらぺらとめくる祐一に、アルミナはゆっくりと解説をする。

    「わたしはあなたから命を分けてもらいました。わたしの中には、あなたの命の一部があるんです」
    「輸血みたいな?」
    「そんなところです。そして、わたしの中にあるあなたの命がエネルギーとして消費されるまで、命の大元であるあなたの居場所が、勘のように何となく分かるんですよ。これも死神の特性なんですけど」
    「……じゃ要するに、ストーキングに便利な能力ってことだね」
    「聞こえてますよ」
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    きのこのこのこ No.10963737 

    引用

     ぱらぱらとめくっていたマンガを閉じ、祐一はアルミナに人差し指を向けた。

    「……っていうことはさ。俺に初めて会ったとき、命をくれって言ってきたのは、こうやって俺の場所を知って知り合いになれと催促しに来るためだったりする?」
    「……正直に言えば、半分はそうです」

     彼の指摘は当たっていたということで、気まずそうに俯いたアルミナだが、彼女はすぐにまた祐一の目を見て、目線を合わせる。

    「霊魂に絡まれた上に、死神の話も一通りすることができて、そんな人間と出会う機会なんて今後二度とないかもしれないと思って。わたしも実は、あのときは相当ドキドキしていましたけど、このチャンスを逃したら自力じゃ人間の知り合いなんて作れないだろうと思ったので、強硬策を取りました」

     祐一は黙ってアルミナを見返しながら、今は素直に、死神の特性とかいう、もらった命から命の持ち主の場所を何となく知る能力というものを恨んだ。
     あのとき、早く話を切り上げようとして適当に相手をするつもりになっていたのは迂闊だった。

    「お前って、そんなに知り合いが欲しかったの? 端からはそこまで辛いようには見えないけど」
    「それはもう。何でも1人で行動するって、慣れても寂しいんですよ。だから話し相手が死ぬほど欲しかったです。まあ、わたしは死神なので死ぬことはありませんけどね」
    「…………」
    「……ジョークなんだから何か反応してください……」
    「えっ? 黙って話聞いてただけなんだけど……」
    「あ、あっ、そうですか。えっと、それはいいとして、とにかくわたしはチャンスを手放したくないと思って、あなたに命を分けてくださいと頼みました。でも、理由はそれだけじゃないですよ。わたしたち死神の存在には生き物の命が必要だから、純粋に分けてほしかったのも嘘ではありません。ずっと霊魂の相手をして、ちょっと疲れていましたし」

     そう言って、ようやくアルミナは祐一から本棚へ視線を戻した。

     祐一は、つくづくどこの国の人だか分からない、不思議な顔立ちをしたアルミナの横顔を眺めつつ思う。大体の人間は心の中が態度に表れるものだが、死神はそうでもないのだろうか、と。
     口で直接言われるまで、彼女の思っていることはいまいち分からないのだ。

     話し相手が死ぬほど欲しい、と宣言する割には、人間にどんなきっかけをもって話しかければいいのか分からない、等と言っているし。それは相反する表現だと思う。
     祐一は、具体的には分からないが、もっと根本的な部分に何かの深層意識があるのではないかと感じた。

    「にしても、死神でも疲れることってあるんだ」

     内面の考え事を一旦捨てて、彼がそう話しかけると、アルミナはまたきちんと彼を見て頷く。

    「長くて3日、激しく動き回れば1日足らずで、もらった命のエネルギーを消費してしまいます。もっと沢山もらえばその分伸びますけど、くれた人間を危険にさらしてしまったら元も子もないですから」
    「そんなものなのか。……って、じゃあ今までは誰からもらってたんだよ」
    「道行く人です」

     アルミナはさらりと言い、自分の髪にそっと触れた。

    「この髪も隠して、頭も下げて、できるだけ目立たないようにしながら混雑したところに行って、歩いていてわたしと体が触れた人から、ちょっとずつもらっていました」
    「器用だな」
    「……そうですね。悪い器用さです。いつも罪悪感を感じていました。だからわたしは、死神のことを知っている人間の知り合いが欲しかったんです。その人の了承を得てから、命を分けてもらうことができるから」
    「……。……で、何でこっち見るの?」

     呆れたように祐一が言うと、彼女ははっと顔を赤くして、すまなそうに俯いた。
     つまりそれは自分のことなのだろうと、祐一には察することができた。
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    きのこのこのこ No.10966236 

    引用

    「……まあもういいや、どうでも」

     少し間を置いてから。

     一旦、色々と、アルミナが今まで自分に語ったことを自分なりに整理しようと努力してみたのだが、寝起きでまだ脳が完全に働いていないからか、それとも別な理由があるのか、祐一は複雑に考えるのが面倒になってきた。

     この自称死神は人間の知り合いが欲しくて、そして不運にも偶然から自分が選ばれてしまった。それだけ認識しておけばもういいやと、彼は思考を止める。
     もちろん、それ自体は彼が望んでのことではなく、仕方がないという意向が強い。

     そう、仕方ないだろう。死神に憑かれたのだ。

    「どうでもって……」

     投げやりな口調で投げやった祐一に何か不満のありそうなアルミナをほっといて、彼はもう一度壁の時計を確かめた。

     まだ朝食の準備も始まっていないだろうし、降りて行くには少しばかり早い時間ではあるが、新聞を取ったりでもしようかと思い、祐一はすっくと立ち上がる。

    「じゃあ、俺はそろそろ1階に降りるけど」
    「はい、行ってらっしゃい」
    「行ってらっしゃいじゃなくて」

     やっと興味の向く本を発見したアルミナが僅かに本の表紙を捲りながら言った言葉に、祐一は心から面倒臭い声で被せた。

    「いつになったら出て行くの?」

     アルミナはぽかん、という顔で彼を見たが、すぐに得心した表情に切り替えた。

    「そうですね、霊魂の反応がビンビン来るようになったら、深夜になるのを待って、あの世に送りに行きますよ。昼の間は人間達も多いですから、霊魂もおとなしくしていますしね。急ぐ必要は——」

     そこまで言いかけたアルミナだったが、祐一が指摘して言うまでもなく自分で彼が言わんとしていたことを予想して察したのか、慌てて言い直す。

    「あっ! じゃなくて、えっと、お邪魔でしたか? それなら今すぐにでも出て行きます」

     せっかく手に持っていた本を、アルミナは素早く本棚に戻してしまう。

     祐一の側から言わせてもらえば、既にあなたはお邪魔しているのだが……。
     彼女はそこまで判断が追いつかないようで、中途半端に察した状態で(それが礼儀だと思っているのだろう)自分を伺うものだから、祐一もズバッと言ってしまうことができなかった。

    「……別にいいけどね、いつでも」

     ぼそっと言い捨てると、祐一はアルミナに背を向けて部屋を出る。
     すると、廊下に出たところで彼の袖が後ろからくいっと引っ張られた。

     振り向けば、祐一の袖を軽く掴んだアルミナが、もう片方の手にさっき戻した本を持ち、控えめな表情で彼を見上げていた。

    「あの、この本、読んでいてもいいですか?」
    「好きにしていいけど、汚すなよ」
    「汚しません、わたしの存在に誓って。……あ、それと」

     胸に手を当てて誓った後、何かを言いかけたアルミナだったが、しばらく口の中で言葉を彷徨わせてから結局こう言った。

    「……やっぱり、何でもないです。行ってらっしゃい、学校楽しんできてくださいね」
    「俺まだ出かけるわけじゃないんだけど……」

     彼の指摘は効いたのか効いていないのか、アルミナは首を傾けるようにして微笑んでみせた。
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    きのこのこのこ No.10968368 

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     階段を降り、廊下を通り、枠に填められた磨りガラス越しに見える薄暗いリビングのドアを開けると、そこには先客がいた。

     祐一がドアを開けた音に気付き、先客はくるりと首を回して彼を見る。

    「あっ、兄ちゃん。おはよう」
    「日和か……おはよう」

     先客の日和は、ソファの上で体育座りになり、片手にリモコンを装備した状態で、いくつかの局の、早朝のあまり面白くないニュース番組のうちどれがマシかを吟味していた。
     偶然にしては珍しく、日和も早起きだったようだ。

     この時間帯なら当然のことだが、リビングには彼女の他には誰もおらず、コーヒーメーカーもトースターも動いていなかった。薄明の静かな部屋で、テレビだけが無駄に明るく己の役割を全うしている。

    「父さんも母さんもまだ?」
    「お母さんはさっき部屋で着替えてたけど、お父さんは知らねー。まだ寝てるんじゃない」

     何人かのニュースキャスターを入れ替わり立ち替わりテレビ画面に登場させながら、日和はいかにも眠そうな声色で返事をする。そして、一番歯切れの良い喋り方をするキャスターで妥協すると、欠伸をしながらリモコンをサイドテーブルへ滑らせた。

     その返事を受けて祐一は、近くにある電気のスイッチと、カーテンも雨戸も閉めっぱなしの大窓と、テレビと、それから日和の頭を順に見てから、やれやれと気怠い足取りでリビングと一繋がりのダイニングキッチンの方へ向かった。

     コーヒーメーカーをセットしながら、彼は日和の頭に話しかける。

    「電気は点けなくてもいいけどさ、テレビ見るなら雨戸くらい開けろよ。暗いだろ」
    「えー、寒いから嫌だ」
    「夏だぞ今」
    「はいはい、分かったよ。開けるよ。兄ちゃんは暗いところ駄目だもんな」
    「お前な……」

     適当に事実無根の生意気を言いながらも、日和はソファをさっと降りると、てきぱきとした仕草でカーテンと窓を開け、雨戸のロックを外し、そしてガラガラと激しい音を鳴らしながら横へスライドさせた。

     窓を覆い隠す金属板と厚い布のコンボが取り払われたことによって、リビングの中が僅かに明るくなった。
     夏の割には気温が低く、涼しい外の空気が部屋に入ってくる。庭の芝生には朝露がついている。さっき隣の屋根に見かけたスズメか、鳥の鳴き声が微かに聞こえる。清々しい朝だ。流石は早朝というべきか。

     気持ちのいい朝だという感想を抱いた祐一だったが、開けた窓のすぐ側にいる日和の方は、自分で自分の腕を抱いてぶるっと大きく震えた。

    「やっぱ寒い! 寒いじゃねーかよ!」
    「窓開けっ放しにしてるからだよ。それに寒いわけないって、夏だって言ってんだろ」
    「じゃあ兄ちゃんこっち来て体感してみろ!」
    「いいから窓閉めろ」
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    きのこのこのこ No.10977536 

    引用

     誇大表現に違いないのだが、寒い寒いとひとくさり文句を言った日和は、ふて腐れてまたソファの上で体育座りをして丸くなってしまった。

     祐一も、新聞をポストから取ってきた後にソファに腰を下ろした。
     二人は並んで座り、コーヒーメーカーの立てるぽこぽこという音を聞きながら、小さなニュースを小さな声で喋っているテレビを何ともなしに眺めている。

     朝の喧噪が始まるまでのちょっとした静かな時間、祐一と日和は何か会話するでもなくじっと黙って時間を潰していたが、ふと祐一の方から口を開いた。

    「日和」
    「なに?」

     日和はテレビを眺めつつも、心はそっちにはないのだろう、すぐさま話に乗ってくる。

    「幽霊って信じる?」
    「幽霊?」
    「そう」
    「あー……幽霊って、白い着物着てうらめしやーとか言ってる日本のやつ? それとも、半透明でその辺飛び回ってるアメリカのゴーストみたいなの?」
    「コナンに出てくる犯人のシルエットみたいなやつかな」
    「…………は?」

     断言するような彼の台詞に、凄まじく怪訝そうな声を発した日和だったが、どうせ説明しても理解できないだろうから祐一はそれ以上言わないでおく。

     姿形は似てこそいるが、もちろん実際には全く違うものだ。百聞は一見にしかずとも言うし、あの気味悪さとおどろおどろしさは自分の目で見てみないと分からないだろう。そして、彼は日和にそんな経験をしてほしいとは思わない。

    「そんな幽霊聞いたことねえよ……」

     祐一が説明しないものだから、ぼそぼそと消化不良な様子で呟く日和。彼だってそんな姿の幽霊の話など聞いたことがない。だからそれでいい、それが普通のはずだ。

     日和は体育座りのまま、膝頭をぽんと弱く打って答える。

    「……いるんじゃない? 見たことないから信じてるとは言わねーけど」
    「……そうか」

     彼女の意見は極めて曖昧で、でもその意見の持ち様こそが常識だという気が祐一はしていた。やはりそういう風に思うのが一般的なところだろうなと、彼は納得する。

     そして、別の質問。

    「じゃ、死神って信じる?」
    「は?」

     今度の「は?」は即効性だったのに加え、より怪訝な色合いが高まっていた。まあ、無理もない。
     訝しむような日和の目を見て、祐一はひらひらと手を振って補足した。

    「あれだよ、人の魂を集めてあの世へ連れて行くようなやつだよ」
    「……そんなん信じてないけど」

     不審に思うような微妙な声色ではあったが、日和のその返答に祐一は大いに安心した。

    「そうだよな。やっぱり普通の人間だったらそう思うよな。よかったよかった」
    「……兄ちゃん、何ほっとしてんの? つか何言ってんの? 死神なんているわけなくね」

     訝しみ、不審に思い、さらに最後には困惑や心配の色まで混ぜて言う日和。彼女は、今自分がいる家と同じ家に、そのいるわけない死神がいることを知らない。祐一も是非そう思いたかった。

     だが、彼は死神という存在を知っている。死神は今、おそらく彼の部屋で彼の本を読んでいる。
     世間の常識を大きく踏み外してしまいかけている祐一だが、彼の常識を求める部分が、日和の言葉に安堵していた。

    「まあでもな……、どっちかといったら信じられるんだよな……。あんなわけ分かんないことなのに何でだろうな……ていうか知り合いになったんだもんな俺ら……」

     ぶつぶつと、内心の思考をそのまま独り言にして呟く祐一の隣では、日和がついに顔を青ざめながら彼を遠巻きに観察し始めた。そして恐る恐る祐一の腕をつつく。

    「……ちょっと、兄ちゃん……マジで何言ってんの? すっげー不気味なんだけど」
    「何でもないよ。気にするな」
    「気にする! 今日の兄ちゃん何か変だ! 変! いつもやることなすこと変だけど、今日はいつも以上に変——」
    「……日和。でこ貸せ」

     びちっ!
     額を打つ音と「痛っ!」という短い悲鳴が、早朝の一軒家の屋根を鋭く突き抜けて響いた。

     その音に驚き、スズメたちが屋根を飛び立つ。
     死神が本を取り落とす。

     何とも滑稽味に溢れた朝だった。
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    きのこのこのこ No.10984546 

    引用

    ============================================

      中書きです。お話の区切りです。

      ……暇潰しになりましたでしょうか?
      あんまり面白くないと思いつつ、ここまで読み進めてくださった努力家な方は、
      気持ちはありがたいですが、くれぐれも無理をなさらないでくださいね。

      そうでもない方はもう少しお付き合いいただけると嬉しいです。

      http://pictures.sarashi.com/g1.html
      それと、自分絵で大変申し訳ないのですが、アルミナの挿絵を描いてみました。
      視覚補完もしておきたい方はどうぞ。

      ……こうして見ると、僕が文中で言うほどあまり変な格好じゃないなぁ……なんて……。

    ============================================
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    きのこのこのこ No.10986512 

    引用


    #4


     ——キーン、コーン、カーン、コーン……

     授業の終了を示すチャイムが鳴る。その音に、半ば夢の世界にいた者は意識を引き戻された。

     一日勉強漬けで頑張った生徒達を労るように、はたまた夏の暑さを少しでも和らげようとしてくれるかのように、ゆったりとした風が開いた窓から教室内に吹き込んでくる。本日最後の授業がこれで終わった。

    「それじゃあ、次の授業までに練習問題18と19をやっておくこと。次はその答え合わせからな」
    「気をつけー、礼ー」

     形式化したやる気の低い号令と共に、一応の礼が行われ、担当の教師は持っていたチョークを黒板に戻した。

     各々の生徒達も教科書やノートを鞄にしまい、肩の力を抜いて脱力する。静かだった教室が、段々と話し声で溢れてくる。
     放課後まで、あとはホームルームを待つだけである。

    「……」

     そんな教室の窓際の席では、チャイムが鳴る前から窓の外を見て微動だにしない少年がいた。
     机に頬杖をつき、教科書とノートも広げっぱなしで、もしかしたら授業が終わったことにも気付いていないのかもしれない。

     教師が教室を出て、生徒達も次々に席を立って動き出す中、彼一人の空間だけ止まったままだ。

     そして、外の景色をぼーっと眺める彼は、気付かない。
     隣の席から、彼の頬杖を引っこ抜こうと狙う影があることを。

    「そいや」

     かけ声が聞こえたときには、時既に遅く。
     彼の頬杖は、伸びてきたストレートによって、根本から取り外されてしまった。

     ガタンッ!

     後はお察しの通りだ。窓の外を眺めていた少年は、上半身、特に額を激しく机にぶつけた。
     その音量に、三列向こうの席のクラスメイトまでもが驚いて振り向く始末である。

    「痛たっ! 何だよ!?」
    「祐一お前、さっきからなーに外見てんだよ。外で1年女子の体育でもやってんのか?」

     思わずあげた声に返ってきたのは、何とも男子高校生らしい吹っ掛けの台詞。

     ぼんやりと窓の向こうに目を向けていた少年は、真札目祐一であった。
     そして、額をさすりつつ、彼が抗議の目線を送るのは、クラスメイトである隣の席の男子生徒。

     名前は横浦到達。到達と書いて『いたる』と読む。
     世間でも類を見ない珍しい名前である彼と祐一は、高校1年からの友人であり、珍妙な名前を持つ者同士だからか、どことなく気が合った。

     到達は、自らのノートをぐるぐると丸めると、通路越しに祐一へと突きつける。

    「退屈な数学の授業と、可愛い後輩達を比べたら、そっちを選んじまう気持ちは分かる。俺も男だからな。でもお前一人で窓際の特権を使うのはずるいじゃないか! 畜生!」
    「うるさい、お前と一緒にすんな」

     うんざりしながら横目で到達を睨みつける祐一。到達はこの通り、辺りを憚らず欲求に素直なところがあったり、悪ふざけが過ぎることもあるが、根はいい奴である。

    「あーあーいいなー! 俺も祐一みたいにずっと女子の体育眺めてたかったわー!」
    「だからお前と一緒にすんなっ!」

     ……今は少し迷惑だが。
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    きのこのこのこ No.10997474 

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    「じゃあ、何だってんだよ。可愛い後輩の体育を眺めてたんじゃないんならさあ」

     到達が口を尖らせた。
     異様に『後輩』というワードに拘るその様子を、祐一は鬱陶しそうな視線で見る。

     今は夏だが、季節がひとつ前だった頃は、二人とも最下級生だった。中学で先輩という立場に慣れていたのが、高校に入ってまた一番下に戻ったのだ。
     それが、今年度で後輩ができたわけだし、ちょっとばかり嬉しく感じる気持ちは祐一にもわからなくもない。けれどそれにしたって、初めてできた後輩というわけではないのだ。

    「お前ってさ、そんなに後輩が好きか?」

     やれやれと片肘をついて、そう祐一が質問すると、到達は何故か胸を張って言う。

    「当たり前だろ。青春といえば高校生活、高校生活といえば可愛い女子の後輩だ。中学の後輩はガキばっかだったけど、高校は、高校の後輩は……なんか、いいんだよなぁ……」
    「……お前もう女子校行けば」

     はあ、と息を吐き、ようやく机の上の教科書やノートなどを片付けにかかる祐一。
     生憎だが彼にはそこまでの興味はない。
     祐一がぼーっと窓の外を見ていたのだって、校庭で何をやっているかなどとは全く関係のないことだったのだから。

     一人で勝手に酩酊じみた満足感に浸っていた到達の方は、あるとき泡が弾けるように我に返ると、さっきの丸めたノートで祐一を突いてきた。

    「で? 結局、何で授業中ずっとぼんやり外見てたんだよ。どっか具合でも悪いのか?」

     たった今までの馬鹿トークを引っ込めて、訊ねてくる。一応でもこうして気遣ってくれるのは、到達のいいところである。

    「違うよ。ただちょっと考え事をしてただけだ」
    「ああそう、考え事ね……」
    「何だよ」

     どこか嫌味な含みのある相槌に、祐一は鋭く切り返す。

     と、しかしそれが変な引き金を引くことになってしまったようで、丸めたノートを一旦引いた到達はいきなりマシンガンのように鬱憤をぶちまけ始めた。

    「……はっ、考え事ですかそうですか。このワケ分かんねぇ数学の授業中に、話聞かないでもテストで点は取れちゃいますよっていうその優等生アピール! いいよなー頭のいい奴は!」
    「はぁ?」
    「ノートも書かないし教科書も見ないで、ぼーっと外見ててもちゃんと理解してんだもんな! ああそうか、君の先生は窓の外にいるんですかー!?」
    「お前うるさ」
    「俺はさ。俺はだよ? 中間ヤバかったから、眠いの我慢して真面目に授業受けてんのによ。隣で頭いいのが外見てたらやる気なくすんだよこの野郎! ちょっとここ教えてくれよ!」
    「…………どこだよ」

     始まったと思ったら唐突に止まる。口を挟む隙を与えない、テンションの落差の激しい到達マシンガントークに、祐一はついて行けない。

     そして、うるさい。

     近隣のクラスメイトも大方同じことを思ったのだろう、騒音の発生元であった到達から、みんな少し距離を取った。

     さらに——

    「……あの、真札目くん」

     祐一の学生服の背中辺りが、後ろからくいっと引っ張られた。振り返ると、後ろの席の女子が身を乗り出すようにして彼の学生服を掴んでいた。
     祐一が振り返ったことで、そのクラスメイトは握る力を少し弱め、口を開く。

    「……静かにして」

     ——何故か、彼が注意された。
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    きのこのこのこ No.11003167 

    引用

     静かにして。

     それだけ言って気が済んだのか、その子は祐一の学生服を掴む手を離した。
     彼女が元通りに席に座り直すその一連の動きを、ぽかんとしながらただ眺めている祐一。何故俺が? という疑問が喉の辺りから先へ進まなかったのは、あまりにも確固とした態度で言われてしまったからだった。

     だが、彼女が、いま祐一に文句を言うために一旦中断していたのだと思われる問題集を再び開いたところで、ようやく祐一は復活した。

    「おい、棚岡」

     ちょっと待てよと思った祐一は、椅子の背もたれに腕を預ける。そうして、首だけで後ろを振り向いていた体勢から、首のみならず上半身全てを使って後ろを振り向いた。

     彼の声に、後ろの席の彼女は問題集から顔を上げた。開いていた問題集がはらりと閉じる。

    「なに?」
    「うるさかったのは俺じゃないと思うんだけど」

     自分は悪くないのだと、当然の主張をしながら、彼は、通路を挟んだ隣の席の到達を指した。
     指し示す指の先を二人して見る。すると、到達はさっき祐一に教えてくれと言ったところを自力で解こうとしているフリで、知らんぷりをしているようだった。

     あとでデコピンだな、と思いつつ、祐一は視線を戻す。目が合う。
     そのクラスメイト、棚岡は、祐一の言葉に瞬きをした。

    「うるさかったのは横浦くん?」
    「そうだよ」
    「そうなんだ。ごめんね、真札目くん。声量には気をつけろ馬鹿って思ったりしたこと、謝るね」
    「……うん、?」

     相手違いだということを知った棚岡は、とりあえず謝ってくれたのだが。
     謝ってくれた言葉の中に、さらりとおかしなことが聞こえた気がするが、気のせいだろうか。

     ……気のせいということにしておこう。棚岡は、こうして見る限りは華奢な文学少女って雰囲気で、まさか、気をつけろ馬鹿だなんてことを言うようなタイプには見えない。
     祐一がそう結論づけたとき、棚岡が先を続けた。

    「じゃあ、真札目くん。あとで横浦くんに、周りのことを慮れない人は最低だって、伝えておいて」
    「……」

     痛恨の一撃だった。

     どうも彼の気のせいではなかったようだ。
     周囲は帰り学活の準備に忙しく、幸運なことに、祐一以外の誰かが棚岡の過激な発言を聞いたりしてはいないようであるものの……。
     何て返答したものかと、祐一が思い巡らせていたとき、何ともタイミングの悪いことに到達が話しかけてきてしまった。

    「なあ、話終わった?」

     その瞬間。
     泣く子も黙る辛辣な舌打ちが、俯いた棚岡の口から発せられた。
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    きのこのこのこ No.11009412 

    引用

    「…………」
    「…………」

     気まずい空気が流れる。

     その舌打ちの音は、祐一のみならず、到達の耳にもしっかり届いたのだろう。見るからに不意打ちをされた怪訝な表情で、一瞬だけ言葉に詰まる。
     彼が黙ったせいで、3人を包む空間と外の喧噪との間に、分厚い壁ができたかのようだった。

    「あの?」

     棚岡の席は最後尾なので、休み時間中は彼女の席の後ろは大通りと化す。女子のグループが通り過ぎたその隙を突き、恐る恐るというより聞こえなかったから聞き直す程度の軽さで、俯いた棚岡に声をかける到達。
     危険を顧みない勇気があるというか、空気の読めない残念さがあるというか。

     しかし、棚岡の反応はなく、完璧に無視だった。

    「……」

     一言も発しない。ちゃんと呼吸をしているのかどうかさえ疑わしくなってしまうほどだ。

     棚岡が何も反応してくれないので、到達は困ったように祐一を見る。お前も声かけてみてくれと目で訴えられた祐一は、さっき知らんぷりをされた分、後は勝手にすればと投げ出してしまいたい気持ちも山々だったのだが、それはそれ、これはこれ。
     机と見つめ合って動かぬ石像になってしまった棚岡に、彼は覚醒を促してみる。

    「……あのさ棚岡、ちょ」
    「なに?」
    「わっ」

     祐一に対する反応は驚くほど早かった。

    「ええー!? 何で祐一のときは返事するのに俺のときは何も言ってくれな」
    「うるさい横浦くん。黙って」

     到達に対する反応は悲しいほど冷たかった。

     もともと、うるさかった到達がどう酌量してもうるさいのだからこの対応はしょうがないといえばしょうがないが、ここまで無下にあしらわれた様子を見ると、祐一でも哀れに思った。

    「……なあなあ祐一」
    「……何だよ」

     一度彼女の机から距離を取り、到達は祐一にそっと耳打ちをする。

    「棚岡の俺へのこの仕打ちは何なの? あんまり話したことなかったから知らなかったけど、もしかして俺って嫌われてるのか?」
    「……聞いてみれば?」
    「おし、聞いてみる」
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    きのこのこのこ No.11017054 

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     半分冗談の提案だったのに、彼は見た目にも分かりやすく気合いを入れて、棚岡へ挑む。

    「はい! 棚岡、質問。質問がある。俺のこと嫌いか?」
    「……」
    「棚岡、聞いてるのか? それとも無視してるのか? 俺のこと嫌いだから無視してるのか?」
    「…………だったら何?」

     彼女は冷ややかに言い切った。
     顔を上げた棚岡の鋭い目つきは、そのまま到達の心臓を貫いた。迷いなく一刀両断にする、とんでもない気の含まれた一言に、さしもの彼も怯んで黙る。

     その様子を観察していた祐一は思う。何でこの子はここまでキレているのだろう。
     到達がうるさかったからイラッときた、というところまでは予想できるが、その先は……。今日の棚岡がたまたま弁当に嫌いなおかずでも入っていて機嫌が悪いとかしか……。

    「……祐一」

     到達が情けない声で彼を呼んだ。

     ヘルプ要請を受けた祐一は、正直こんなに怖い棚岡と対峙したくはなかったのだが、自分の隣と後ろの席の人の仲が険悪であってもらってはグループ授業の際に困る。仕方なく仲裁役を承った。

    「棚岡。到達の何に怒ってるの? こいつ確かにさっきうるさかったけど、でも別に初めてのことじゃないよね?」
    「……」

     波風が立たないよう、優しい物言いで話しかけると、彼女は祐一の方をじろりと見た。
     これは俺も嫌われる予兆か、と彼が思ったのもつかの間、棚岡は机の上に眠っていた問題集を無言でおもむろに手に取る。

     そして、ぱらぱらとそれを捲って、あるページに辿り着くと、ばん! と強くしごいてクセを残し、二人の方へ突きつけてきた。

    「このページの、練習問題18番の(3)を見て」
    「あぁ、うん……」

     言われた通りに目を凝らす。
     何でもない問題集の1ページであるそのページは、出題の下にいかにも女の子らしい字で、祐一なら飛ばしているような部分の式まで丁寧に書き連ねられていた。答え合わせをしていたのか、途中までその上にきっちりとしたマルが並んでいる。

     この何がおかしいのかと祐一がアイコンタクトを送ると、棚岡は唸るような低い声で続けた。

    「さっきわたしは、このページの答え合わせをしてたの。慎重にね。綺麗な見た目にしたいから。そうしたら、横浦くんが大きな声を出すから、ほら——」

     ——ここ、見て。
     そう言って棚岡が人差し指で示した部分には、他のきっちりと丸くつけられた赤いマルと違い、歪んだ赤いマルがいた。

     到達の大声に驚いて、赤いボールペンでつけていたマルが、大きくぐにゃりと歪んでしまったのだ。

    「……汚いマルになっちゃった」
    「……うん」
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    きのこのこのこ No.11023346 

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     そうなんだ、残念だったね、としか感想が浮かばず、さりとてそれをそのまま言えば挑発に受け取られかねないので「うん」とだけ頷いた祐一。しかし、それが裏目に出て、またしても変な引き金を引いてしまったようで、今度は棚岡ダイナマイトに着火してしまった。

    「それだけ!? こんなに大きく歪んじゃって、全体のレイアウトも崩れちゃったのに、反応それだけ!? 真札目くんだって答え合わせのマルがぐにゃってなったら嫌でしょ?」
    「いや、別に……」

     マルが多少歪んだから何だというのだ。

    「…………信じられない」

     棚岡にとってその回答は奇天烈なのか、異端者でも眺めるような目で祐一をじっと見た。
     祐一の立場からしてみれば、そんな目で見られるような気負いはない。彼女の方がよっぽど特異だ。

     それにしても、マルが歪んでしまっただけであそこまで冷たい怒りを放つとは、めんどくさいなこの人は……と、本人に察せられないように祐一は密かに思う。思いながら、祐一は、彼に成り行きを任せていた到達の耳に小さな声で告げる。

    「到達」
    「何だ? どうなった?」
    「よく分からないけど、棚岡はお前が大声を出したせいでマルつけに失敗してご立腹だ。こういうタイプは素直に謝っておくに限るぞ。急に大声出してごめんって、謝っておきなよ」
    「そっか分かった。まかせとけ」

     まかせとけじゃねーよ。お前が原因だろ。
     そう突っ込みたかったがここで口を挟むと長引くので、祐一は我慢して見守った。

    「棚岡、五秒だけ俺の話を聞いてくれ」
    「…………なに?」
    「ごめんな。俺がでかい声を出したせいで、お前の問題集が被害を受けたんだって? 俺は何かあるとつい叫んじゃうから」
    「……うん、別に、怒ってないよ」

     嘘つけ。めちゃくちゃイライラして到達に物凄い冷たい態度とってたじゃないかお前。
     突っ込みたくて手や足がむずむずしてきた祐一だが、口を出してしまうとあと一歩の仲直りを邪魔してしまいそうなので、我慢して見守り続けた。

    「それどうにかして消せないのか?」
    「ボールペンだから消せないよ。それに式も書いちゃってるから、気にしないで」
    「じゃあ、修正液貸そうか」
    「途中式、せっかく書いたのに、また書き直すの嫌だし」
    「あ、棚岡はテープ派? テープは俺持ってないんだ。祐一が持ってると思うけど」
    「最初はクソ食らえって思ってたけど、謝ってくれたからわたしは別に」
    「ストップストップ! お前らお互いの話ちゃんと聞きなさい!」

     不協和音の鳴り続ける会話に、祐一は我慢の限界でついに割って入った。
     テープは祐一が持っているとか到達は言ったが、そもそも祐一の修正テープは彼に貸したまま帰ってきていない。棚岡も最後ら辺で爆弾ワードが飛び出していたような気がする。

     話も噛み合わなければボケも連発する二人の会話を、突っ込まずにただ堪え忍んで聞いているなんて、祐一には土台無理な話だった。
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    きのこのこのこ No.11036096 

    引用


    #5


     一方その頃。
     祐一の家で時間を潰していたアルミナは、読む許可をもらった本を何十回と読み返してしまい、流石に暇を持て余していた。

     本棚にはまだ沢山の、それもマンガ雑誌から上製本まで幅広い本が並んでいたが、本人のいないところで勝手に読むのは気が引けて、結果最初の1冊を暗記し……そして、何もすることがなくなっていた。

     これは彼女にとって今日に限った話ではなく、今までも、昼の間は何もすることはなかった。どこかでぼーっと夜まで時間を潰していたか、物陰に隠れるなり屋根の上に登るなりして、人間の営みを観察するか、人混みに出向いて人々から命を分けてもらうか。
     どれにしろ、自分の仕事が始まる夜を待つ、それだけのスタンスだった。

     アルミナもそのことにはすっかり慣れ切っていた。だが、誰かと会話を続けられる楽しさを知ってしまうと、一人で待っているという行為がいかに退屈か、改めて思い知らされた。

    (暇だなぁ……)

     数え切れないほど捲ったページを定期的に捲りつつ、アルミナは長いこと忘れていた気分を感じる。

     暇だなんて感情は、やりたいことが本当に何もないときには、抱かないものだ。
     何か望んでいることがあるからこそ、それが起きないときに暇を感じる。

     つまり、アルミナが暇だと感じるのにも、ちゃんとした理由があるわけで……。

    「…………」

     開いた窓から、夏の緩やかな午後の風が吹き込んできた。ぺらぺらっと勝手に捲れた数ページを戻しながら、アルミナは自嘲のような薄笑みを浮かべる。

     死神のくせに、自分の望むことがこれだとは。
     普通の死神はそんなことは思わないと、前にたまたま仕事がかちあった死神にそう言われたことがある。

     何故だかは知らないが、死神は誰かと何かを共にするということを嫌う。人間はおろか、同じ種族である死神同士でもその意識が強く、アルミナは誰と会っても異端なものとして見られた。話には応じてくれても、アルミナの考えに理解を示してくれる死神は誰一人としていなかった。

     それでも、アルミナは話し相手が欲しくて。一緒にいられる友達が欲しくて。自分の全てを知った上で認めてくれる存在が欲しくて。
     心の中で淡く思い続けていて……、今、そんな存在に出会えたのかもしれなかった。

     人間にとって死神というものがどんなに信じがたいものなのか、観察をしていれば自然と分かる。だからこそアルミナは知り合いが欲しくても誰かに話しかけてみる勇気が抱けなかったのだが、そんなジレンマを根刮ぎ吹き飛ばしてくれる存在と出会えた。

     その偶然には、心から感謝したいと思う。
     そして、部屋に入れてくれた少年にも。

    「……学校、いつ終わるのかな……」

     アルミナは本を閉じ、窓の外の空を眺めて、小さな声で呟いた。
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    きのこのこのこ No.11044095 

    引用

     その後、歪んだマル騒動の一件を無事に収めた祐一は、ホームルームが終わるとすぐに、到達と共に帰路についていた。
     誤解をしないよう補足しておくと、帰宅部だからではない。二人とも部活に入ってはいる。いるものの、毎日活動する目立った運動部とは違い、活動ペースは週2〜3日。何の活動もない今日は早く帰るのみである。

     野球マンガによく登場するような、幅の広い川沿いの、傾斜が緩やかな土手に差し掛かった頃。数学の問題集を片手に祐一から講釈を受けていた到達はふいに溜息をついた。

    「はあ……」
    「どうしたんだよ」
    「ホント、どうして分かるんだろうな。……俺がこう頑張っても分からない問題を、授業聞いてないお前に易々と説明されるとへこむわ」
    「……あのさ到達。お前が教えろって言うから教えてるんだろ。それでへこまれたら俺はどうすればいいんだよ」
    「もう少し頭悪くなってくれ」
    「何だその最低な要求」

     祐一もやり返すように溜息をつき、平淡に拒否してやった。
     そもそも祐一は、自分が極端に頭がいい人間だとは思ってはいない。期日までたっぷり時間のある宿題を、わざわざ提出日の前日になってから慌ててやるような到達が悪いだけなのだ。

     岸から川に向かって石を投げる下校中の小学生達を見下ろして歩きながら、祐一は何となく空を見る。

     川沿いの土手に映える時間帯といえばやはり夕方だが、今はまだ季節柄、それに日が傾くのはこれからという時間帯なため、空も青々としていた。

    「……」

     その青さに、祐一の脳裏には、誰かさんの青銀色の瞳が浮かんでしまって離れない。
     非常識な事態過ぎて、脳が鮮烈に記憶してしまったのだ。これはそう拭えるものではないだろう。

    「おい。祐一、今度はどこ見てんだ?」

     と、祐一がぼーっと空を眺めていたのを不思議に思ったのか、到達が彼に声を掛けてきた。
     その声で彼の脳裏に浮かんでいた画像が薄れる。祐一が空を見るのをやめると、彼が見ていたものを当てようと、彼が眺めていた空の方に目を凝らす到達が目に入った。

     祐一は、すぐに答えることはなかったが、少ししてから考え考え言葉を絞り出す。

    「……もし。もしもの話なんだけど、ちょっと聞いていいか」
    「ああ」
    「到達は死神に出会ったらどうする?」
    「何が?」

     相槌を打ったくせにほとんど聞いていないとはどういうことなのだろうか。

    「だから、死神だよ。死神に出会ったらどうするかって聞いたんだ」
    「死神?」

     はあ、お前何言ってんの? と、日和と似た怪訝な反応をする到達。
     その反応は、死神という言葉が普段どれだけ耳慣れないものであるかを率直に示していた。

     もう既に祐一はその言葉に違和感を感じなくなってしまったが、昨夜より前の祐一も、同じように思っていたはずなのである。
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    きのこのこのこ No.11047951 

    引用

    「死神ねえ……」

     到達は問題集を片手で器用に空中側転させながら、横目で祐一を見た。

     どうもそのまま頭を使うような素振りを見せたかと思うと、到達は空いている方の手で手鉄砲を作り、びっ! と難しい問題を解いた瞬間さながらに祐一へと突きつけてきた。

    「もしかして久しぶりにデスノートでも見たのか? それでどうせお前のことだから、現実にああいう死神が出てきたらどうするか……とか意味不明なこと考え出したんじゃねーの?」
    「違う」

     得意げに自身の推論を語る到達だが、祐一はそれをすっぱりと切って捨てた。
     次いで、二重の意味でな、と心の中で付け加えておく。

     意味不明なことを考え出したのは、デスノートを見たからじゃない。そして、現実に現れたのはビジュアルバンドでも組んでいそうな出で立ちの異形の死神ではなく、極めて普通の人間に近い姿形の、少女の死神なのだ。

    「ちぇ……違うのか。じゃあどうしてだよ。教えてくれ」
    「そんな理由はどうでもいいから、俺の質問に答えてもらえないか」

     意図せず話を脱線させようとする到達に、祐一はそれを押し戻しながら訊ねる。
     すると到達は不思議そうな顔をして。

    「質問? お前なんか俺に聞いてきたっけ?」
    「……、ほんの十秒前のこと忘れたのかよ。もし死神に会ったらどうするかって聞いただろ」
    「え、死神?」
    「…………」

     こいつに聞いてみるべきではなかったか……と、祐一が少し後悔したとき、到達は今度は考える素振りも見せずに言い切った。

    「手を組んで世界を狙うね」
    「……ふざけてるのか?」

     色々と低い声で祐一が聞くと、到達は指を振って「いや、まじめまじめ」と笑う。

    「死神って、好きな奴の命を取っていけるだろ? てことはさ。それと手を組めば俺無敵じゃん」
    「発想が小学生だな」
    「お前が聞いたくせに酷くね? だって考えてもみろよ、味方に付ければ怖いものなしなんだぜ」

     はっはっはという笑い声が似合いそうな、腰に手を当てて踏ん反り返るポーズをとる到達。
     言うことやることまるでガキである。これが到達の個性なんだけれども。

    (味方に付ければ怖いものなし……)

     ふと、到達の言葉に祐一は昨日の夜のことを思い出した。
     怖いもの、と言われて今一番に浮かぶのはあの黒い人型の影だ。アルミナの話を信じるなら、死神という存在は、今までその悪意ある霊魂とやらから、人知れず人間を守ってくれていたということになる。

     それなのに、当の人間は、自分も含めて死神には強いマイナスイメージを抱いている気がする。
     そこまで祐一が考えたとき、踏ん反り返っていた到達がふいに元に戻り、彼の顔を覗き込んできた。

    「……何だよ到達。男にそんなことされても嬉しくないぞ」
    「いやもしかしてお前さあ……授業中外見てたの、そんなこと考えてたからなのか?」

     問われた祐一は僅かに黙る。
     そんなこと、が死神のことだとするならば、確かに祐一は、ぼーっと窓の外の青色を眺めながら、死神云々について思考を整理していたのだ。

    「……まあ、そうだけど」

     ゆっくりと答えると、到達の顔がみるみる呆れた表情になり、その表情のまま彼はしみじみと言った。

    「お前ってつくづく変な奴だな」
    「窓の外見るイコール女子の体育とか考えてる変態には言われたくない」
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    きのこのこのこ No.11058175 

    引用

     川岸を離れて路地に入り、到達と別れて自分の家に帰ってきた祐一。
     特にこれといって目立った箇所のないシンプルな家だが、父も母も車を使うので駐車スペースは広い。そこを脇目に通り過ぎて玄関に辿り着くと、両親は仕事、日和は部活、家には誰もいないわけで、玄関扉には鍵がかかっていた。

     ……が、二階を見上げれば、祐一の部屋の窓が開いている。
     それはもう、窓より内側のレースカーテンがはみ出て風にはためくほどに、しっかりと開いている。

     人の気配のしない一軒家だからこそ、二階の窓だけが活き活きと働いている違和感が際立っていた。

    「泥棒入ってきたらどうするんだ、あいつ……」

     見上げる祐一の口から、思わず呟きが漏れた。
     それに、あんな風に開けっぱなしにしていたら虫が入ってくるじゃないか。

     やれやれとばかりに頭を掻き、彼は鍵を開けて家の中に入る。
     家の中は静かだが、誰もいないと分かっているいつもとは違い、どこかに生き物が潜んでこちらを窺っているかのような雰囲気を感じた。

     二階にいるであろう誰かさんを意識したわけではないものの、小さめな声でただいまを言い、靴を脱ぎ、揃え、リビングには足も向けずに階段を上り、廊下を早足で歩いて、そして、自分の部屋の前に立つ。

    「……」

     一呼吸おいて、祐一がさっと部屋の戸を開けると。

    「おかえりなさい」
    「うわっびっくりしたぁ!」

     すぐ目の前、爪先5センチも離れていないような至近距離にアルミナが立っていた。

     戸を開けると同時に先手を打たれ、ひどく驚いてつい叫んでしまった祐一を見て、アルミナはしてやったりとばかりにくすりと笑う。
     それから、彼女は悪戯好きな子供そのままの表情で言う。

    「驚いたでしょう。気付いていましたよ、あなたが帰ってきたこと」
    「……何だ、窓から見てたのか?」
    「違いますよ。何も見ていないし聞いてもいません。昨日お話ししましたよね? 死神は、命を分けてくれた人の居場所を何となく察知する特性を持っているんです」

     ああ、そんなことも言っていたなと祐一が思い出した素振りを見せると、アルミナはまたちょっぴり機嫌の良さそうな笑みを浮かべ、ひょこっと後ろへ下がった。

     入るスペースを作るために退いてくれたのかと思い、祐一が部屋の中に入ろうとすると……、一歩踏み出した祐一に待ったをかけ、本が一冊差し出された。

    「おっと」
    「あっ、ごめんなさい」

     まるで大事な証書でも扱うかのように、丁寧な持ち方で本を差し出したアルミナ。今朝彼女が気に入って引っ張り出したものだと気付いた祐一が、アルミナの顔を見ると、彼女は頭のてっぺんを軽く下げる。

    「この本、貸していただいてありがとうございました。面白かったです。覚えました」
    「……読むの早いな。じゃあそれ、終わったんなら、本棚に入れとい……——えっ、覚えた!?」
    「はい、覚えました」

     再び驚かされた祐一だが、今度のアルミナは至極真面目に話しているようで、しれっと答えた。
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    きのこのこのこ No.11070651 

    引用

    「何なら、暗唱してみせましょうか」
    「……いや、別に」
    「いきますね。『その塔は、月のない夜にしか人目につくことのないことから、闇夜の塔と呼ばれていた。半島の先端に位置する塔には——』」
    「いいっていいってやらなくて!」

     アルミナは、中途半端な祐一の返事をかき消して、冒頭文を早口ですらすらと諳んじ始めた。寿限無が得意な落語家もびっくりな速度で並べ立てられる彼女の言葉を、祐一は声を張り上げて妨害する。

     アルミナが暗唱している間、祐一はどうしていろというのだろう。
     何百ページにも渡る文章の暗唱などを、じっと聞いている耐久力は彼にはない。

     待ったをかけられたアルミナは、不承不承といった感じでゆっくり口を閉じた。

    「何その不満そうな顔」
    「不満そうな顔なんてしていません」

     アルミナはそう言うが、言葉と反対の心を表すように、唇がつんと尖っていた。

     今はもう鞄置き以外の用途で使われることのない学生机に鞄を置き、祐一は、目で自分を追っていたアルミナを宥めてみる。

    「暗記したのは分かったからさ。ああ、もしかして、その暗記ができるっていうのも死神とやらの特性か?」
    「とやらは余計です」

     質問に対する答えより先に、忘れずに注釈してから、アルミナは「違います」と首を横に振った。

    「死神が暗記上手でも、何の利点もないでしょう? そもそもわたしたちは、人間みたいに色々なことを記憶する必要性に迫られていませんから。今回は、わたしが頑張って集中して暗記しただけです」
    「ああそう……」

     ベッドに腰掛けた祐一が適当に頷くと、その適当さを『話に興味がない』とでも捉えたのか、アルミナはまた不満げな目になって彼を見つめた。

    「…………いいです、分かってくれなくても」

     アルミナは祐一にぷいっと背を向けて、手に持っていた例の本を、本棚にきちんと戻す。
     いったい何が原因で機嫌を損ねたのだろうかと、祐一が少し思案していると、アルミナは別の本を引き抜いてちらりとこちらを振り返った。

    「……」
    「何で無言でこっちの様子を窺ってんだよ。先に釘を刺しておくけど、パクったら承知しないぞ」
    「パク……ぱくたら? って、何ですか?」
    「…………盗んだら追い出すぞ」
    「盗むつもりなんてありません! そんなつもりであなたを見たんじゃないです!」

     迂闊な一言だったか、と祐一が溜息を吐きたい気分になったのも束の間。烈火の如くまくし立てると、アルミナはすたすたと祐一の方へ歩み寄ってきて、本を彼の眼前にどんっ! と突きつける。

    「この本読ませてもらえませんか!」
    「あ……ご自由に」

     そんな威圧感の滲み出る頼み方をしなくてもいいのでは、と祐一は思った。
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    きのこのこのこ No.11095226 

    引用

     ぺら、ぺら、と本のページをめくる音だけがしばらく続いた。

     もちろん、本にぺらぺらぺらぺら喋らせているのはアルミナである。その読む速度は、祐一の、あるいは一般的な人間の視点で見ればとても尋常ではなかった。

     何せ、1ページ読むのに10秒かかっていない。絵本でもない活字の本を、流し見るような速度で読み(おそらく内容も理解しているのだろう)進めるアルミナの姿は、ああやっぱりこいつは普通じゃないなと祐一に思わせるには充分だった。

     こんなペースで読めるのなら、暗記だってしてしまえるだろう。
     床に座り込んで一心に読み耽るアルミナに、遮るのが申し訳ない気がしながらも祐一は声をかけてみる。

    「そんなに面白いか?」
    「はい、面白いです」

     律儀なことに、アルミナはぴたりと手を止め、本から顔を上げて答えた。

    「本というものは知ってはいましたけど、読んだことは初めてです。人間は色々なことを考えますね。こんな、見たこともない世界のことを書き表せるなんて」

     言いながら彼女は表紙を指す。その本は、架空の世界でのファンタジー冒険小説だった。

    「気に入ったんだったら、いちいち俺に言わなくても勝手に次の巻を読んでていいよ」
    「……そうですか? じゃあ、読み終わったので次の巻を貸してもらってもいいですか」
    「早すぎるだろ!?」
    「嘘ですよ」

     アルミナはちょっと笑ってまた本に目を戻した。
     いくら何でもその速度はチートだろ……と驚きを通り越して恐れを感じるほどの速度だっただけに、祐一は少し安心した。遅れて、アルミナの言うことを割と簡単に信じるようになっている自分に気付く。

     死神の存在を完全に認めたかと聞かれれば、まだ煮え切らない思いを抱いてはいるのだが。

    「あのさ、床で読んでてもいいんだけど、座りたいならベッド使う?」

     ふと、本を読むアルミナの様子を眺めていて、今ようやく彼女が床に直座りという体勢でいることに気付いた祐一は、空いているベッドを指し示した。
     彼はというと、アルミナが熱心に読書をしている隙に、机とセットになった椅子の方へ移動している。

     今の今まで配慮できなかったのは、例えば日和や到達がこの部屋に遊びに来たときは、まず部屋主より先に遠慮なしにベッドという座り心地のいい椅子を確保しているからだ。それが祐一にとっても当たり前だったので、考えてみればそれ以外の行動というのはなかなか見慣れなかった。

     アルミナは、ベッドと祐一とを交互に見る。

    「それはちょっと……」
    「嫌か」
    「いえ、図々しいような気がします」
    「……」

     予想外の返答に祐一は虚を突かれた。

     図々しいって……。
     ベッドに座るのは図々しくて、夜中に人の部屋に押しかけるのは図々しくないのか。
     その辺りの判断基準がいまいちよく分からない。

    「その体勢だと、疲れるんじゃないかって思ったんだよ。お前、変なところで遠慮するんだな」
    「変なところって何ですか」

     怒ったように言い返してきたアルミナ。だが祐一の申し出自体はありがたいものだったのか、すぐに逡巡した表情で黙り、またすぐ今度は威勢のない口調で言った。

    「……じゃあ、あの……失礼します」

     そう言ってアルミナは腰を上げた、がしかし。

     ちょっと移動したと思ったら、相変わらずアルミナは床に、ベッドの縁を背もたれにするようにして座り込んだ。そして、そこはちょっと違うということに気付かないまま顔を綻ばせる。

    「あっ、ありがとうございます。ちょっと楽になりました」
    「…………」

     またしても予想外の行動である。

     ベッドを背もたれにするよう勧めてはいない。
     座りたいならベッド使う? というのは、そういう意味ではない。

     祐一は本来の意味を教えるべきかどうか迷ったが、

    「人間は便利な道具を作りますね。色々な使い方ができるように考えているんですか」

     ……何だかもう勝手に感心しているようなので、いいか。と、諦めて息を吐いた。
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    きのこのこのこ No.11104077 

    引用

     結局アルミナは、祐一なら全巻読むのに5日ほどかかると思われるシリーズを、わずか1時間足らずで読破してしまった。
     もちろん、祐一は人間だから日々やることが沢山あるわけで、5日といってもぶっ通しで読んでの5日というわけではないが、それでもこれは早すぎる。

     個人の努力で片付けられるレベルではないだろうし、これも死神とやらの便利な能力だとしたら、祐一にはちょっとだけその能力が羨ましかった。

    「……しっかし、ここまでくると驚きも恐さも通り越して気味が悪いような」
    「何か言いましたか?」
    「…………」

     ベッドにもたれたままの体勢で1時間弱。いい加減お尻が平らになってもおかしくないほど動かなかったアルミナだが、体が固まった様子など微塵も見せずに素早く本棚へと本を戻した。

     この程度の本棚なんて、アルミナにかかれば1日もかからず全ての本を読み明かされてしまうに違いない。

     人間だから仕方ないっていうか、でもこんな日本人らしからぬ見た目の少女に日本語の本を読む速度で負けるなんて悔しいなと、祐一が微妙なライバル心を抱いていたとき、件の日本人らしからぬ少女はつと振り向いて言った。

    「そろそろ、時間になりました」
    「は?」

     頓狂な声を出した祐一に、アルミナは至って何気ない様子で、窓の外に顔を向ける。

    「外も暗くなってきましたし、動き回る霊魂がどんどん増えてくる時間です」

     言われてみれば、と祐一はもう既に日の沈んだ時間になっていたことに気付いた。
     アルミナに習うようにして窓の外を見ると、なるほど暗い。
     外に出れば、ぼちぼち自転車のライトを点けないと怒られる暗さだろう。さっき雨戸を閉める音がどこかの家から聞こえてきたし、昼の間に吹いていた緩い風も、もう止んでいる。

     ……すっ、と窓枠に腰掛けたアルミナに、祐一は椅子の背もたれに腕を乗せながら聞いた。

    「やっぱり暗い方が好きなのか、幽霊って」
    「大方はそうだと思います。人間が出歩いたり集まったりしにくくなりますし、暗いところなら目立たないし、目立たないということはつまり——」

     そこでアルミナは言葉を切り、ぞっとするような笑みを浮かべた。

    「獲物の命を闇に乗じて奪いやすいということでもありますから」

     背筋の寒くなるような言葉に、祐一は思わず背もたれの腕を浮かせかけたが、アルミナはすぐに今とは打って変わった安心できる声色に戻った。

    「ですけど、そんなことをしようとする凶悪な霊魂は、ほとんどわたしたちが先に見つけてあの世へ送っていますから、人間は心配することないですよ」
    「見つけて……って言われると気になるんだけど、俺らにも見えるものなのか? そういうのって」
    「見えると思いますよ。だって昨日、あなたも見ましたよね? 見えないように隠れているだけで、実はそこかしこにいるんです」

     わたしたち死神もそうですよ、普通の人間の目には見えないとかじゃなくて、ただ見つからないように隠れているだけです。
     彼女はさっとカーテンで身を隠す仕草をする。

    「でも普通の人間は、見つけても迂闊に近寄らない方がいいと思います。霊魂は、本当はこの世界にいるべき存在じゃないですから。それにもしそれが悪意ある霊魂なら……間違いなく命を持って行かれます」
    「そんな物騒なやつを相手にしてるんだ、死神って」
    「それが私たちの仕事なので」

     きっぱりと言って、アルミナはちょこっとという擬音が似合う程度に微笑んだ。
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