主人公の物語が終われば、この物語は終わります。
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ハコキング No.11185905 2011年08月12日 02:35:59投稿
引用
ハコキング No.11210373 2011年08月21日 03:47:38投稿
引用
小鳥の鳴き声が囀(さえず)る森の中に差し込む太陽の光が見守る中、ボロボロのジーンズとTシャツを着た僕は、汚れた運動靴で土に足跡を付け、踏み歩く——
緑色の葉っぱから漏れ出した力強い太陽の光は、自然的でありながらも幻想的でもある色彩を森の中で生み出していた。
僕を見守る太陽のフレア(Flare)——
影が引き立てる自然のカラー(Color)——
幹の茶色と葉の緑色のコントラスト(Contrast)——
——ピチャッ
深い水溜りを踏んでしまったようだ。
太陽の光に温められた微温(ぬる)い水が靴の中に入り込み、靴下の中にも入り込んでくる。微温い水に濡らされた僕の足はストレスという不快な状態にも濡らされることになったが、それが疲れながらも休むこと無く踏み歩いていた僕の休息のきっかけとなった——
僕は近くにある苔(こけ)だらけの倒木の上に腰を掛けると、濡れた靴と靴下を脱いだ後に、まず靴下を強く絞る——水の入ったバケツの中に入れて濡らした雑巾には勝らないものの、僕の予想以上には水がどわっと出ていた。
絞りきった後は、近くに陽の光に当たっている、やや太めの木の枝があったので、そこへ干した。靴も水を切った後に木の枝の先っぽに引っ掛ける。
そうすることで、僕はようやく休むことができた。
——僕は何となく、ポケットから小さな布袋を取り出した。
今、僕の過去を証明してくれる証拠はこの小さな布袋の中に入っている綺麗な"光"だけだ。
僕の過去というのは、とある小さな村での記憶だが——僕は山と森に囲まれたその場所で、家族や友人と共に不自由なく過ごしていた。
僕は3人家族だった訳だが、森の向こうにある街で働いているエンジニアである父親には殆ど会ったことがない。数えている訳ではないので、余り覚えてはないが——ん?
……あぁ、なんだ。すぐ分かることか。
父親はいつも10月の最後の日に帰ってくるから、昨日で15回会ったことになる。そして、その15回目の家族揃っての団欒(だんらん)の後に、僕から何もかもが消え去った……
“ノスタルジア(Nostalgia)”が絶対に僕の心から離れないものとなったきっかけを、父親が残した後でもあるかな。
「父親として接する事が出来なくてごめんな——
でも、寂しくなった時はこの“光”を見つめるんだ……」
その言葉と共に僕が父から貰ったのが、今、僕が手に持っている“光”だ。気が付いたら、僕は袋から“光”を取り出していた。
いや——気が付いたらではなく、寂しくなっているからだ……
何故だろう——
長い時間が経った訳でもないのに——
光を見ると、森を見ると——
——今までの時間が凄く懐かしく、切ない。
僕はその想いを乗せ、“光”に黙祷(もくとう)を捧げた……
「あのぅ……すみません……」
目を瞑(つぶ)っている途中に、突然として綺麗な女の子の声が聞こえてきたので、僕は少し驚きながらで目を開けた。
それから僕に見えたのは自然の景色を背景にして、目の前に大きく映しだされた栗色の髪の美しい少女だった。僕と同じ年位だろうか……?
「はい……」
少し緊張した声で答えると、涼しい風が吹いてきた。
優しいそよ風に靡(なび)く、彼女の都会的なデザインの白いスカートとコート、そして綺麗なセミロングヘアの髪——風が吹いた後、彼女は右側にかかっている細い三つ編みおさげの位置を手でそっと直す……
「街の方に向かうんだよね……?」
少女に質問された僕は、ただ黙って頷く。村でもここまで綺麗な女の子を見たことはなかったからだ。
だが、その緊張を裏切るかのように、僕が頷いたのを見た少女は笑顔を見せた。
「じゃあ、私と一緒に行かない?ここよりも良い休憩場所を教えるから」
そう言った少女の様子には、悪意や企みは全く感じられず、寧ろ健気さを感じた。彼女も少し緊張をしているのか——?
「念の為、キミの名前を教えてもらってもいい?」
「……“獅琉涼介(しりゅう りょうすけ)”」
「あたしは“琳条晶紀(りんじょう あき)”って言うんだ。よろしくね——」
その後に彼女は何か呟いたが、聞き取れなかった、
ハコキング No.11231804 2011年08月28日 02:57:18投稿
引用
僕は琳条晶紀と共に森を歩いていた。足音を揃えて土を踏む——
彼女は他人ある筈なのにこんなにも親近感があるのは何でだろう?
いや——緊張感のある表情と親しみのある言葉で僕に話しかけた琳条晶紀は本当に"他人"と言っていいのか?
そして本当は——"友人"と言うべきなのか?
もしも、僕が彼女を"他人"と言うならば、僕あるいは彼女が心を許してない関係であり、感情の共有ができない状態になっているということである。
とすれば、僕は"他人"という状態を完全には肯定できないかもしれない。もしかしたら、彼女の方は僕の事を完全に"友達"だと思っているかもしれない。
友達ということは、お互いに心を許し合う——つまり感情の共有ができる関係になっているということだ。
僕は琳条晶紀のことをどう思っているのか?
——分からない。何故か知らないけど、分からない。
だから僕は“他人”という関係に対して、完全には肯定できない、と言ったのだ。
何故、分からないか?それは、僕が感じている晶紀に対しての妙な親近感と、彼女が僕に話しかけた時の様子に対する戸惑いからだ。
少なくとも、晶紀の事は嫌ってないとだけは断言しよう。ただ、彼女を見ると、何だか違う感情が湧いてくる。
その感情はこの状況で出てくるものではないのだ。明らかに……
難しいな——何で僕はこんなことを考えるようになってしまったのだろうか。でも、僕はこの感情の正体を探るのを止めなかった。
——しかし、段々と耳に入ってくるようになった川のせせらぎが、それを止める。
「もうすぐ川に付くから、そこで休憩しようね」
晶紀が笑顔で僕の方を向いた。
僕も笑顔で返事を返す——が、やっぱり解せない。
川の近くで草が生い茂る地面に座った僕と晶紀——木を背にして隣り合い、休息を始めた。
僕はリラックスしている晶紀の横顔を、緊張しながらチラチラと見ていた。
正直言って、彼女の外見は僕の好みと恐ろしい程に一致していた。
色気のある肌の色や少女らしい顔立ちには魅力を感じるし、栗色の綺麗で真っ直ぐなラインを描いた後ろ髪と、同じく綺麗な曲線を描いている片方だけの細い三つ編みおさげには息を呑(の)まざるを得ない。
と——じっくり観察している内に晶紀に気付かれてしまった。
僕は彼女に引かれるのではないのかと冷や冷やしたが、彼女は分かりやすい表情をしていた僕を誂(からか)うかのように、「フフッ」と少女らしく笑った。
「あたしのことが気になる?」
「えっ、いや——あの……」
「ゴメンね、冗談だよ。じゃあ、あたし、お水を汲(く)んでくるね」
彼女は楽しそうな表情を浮かべながら、自分の手提げ袋からステンレスの水筒を二つ取り出し、川のすぐ近くへ向かった。
そこから彼女は綺麗に流れる流水を1つずつ、水筒の中に入れていった。
恥ずかしいと自分でも分かっている。僕は優柔不断な性格なのだ。
さっきのように誂われたら、戸惑うことしかできない。
……この性格が、これからも災いしない事を願うが——
「終わったよ」
僕の隣へと戻ってきた晶紀は、濡れた水筒の一つを僕に手渡した。
村だった土地から出てからずっと、何も口にしなかった僕は、水によって冷たくなっていた水筒を触った瞬間に食欲が湧いてきた。
僕は勢い良く、水筒の中の水を飲む——
11月の森の冷気に冷やされながら川に流れていた水が、今度は僕の喉を流れる。潤しながら——
僕の体は生命のエネルギーを吹きこまれたかの様に軽くなっていった。
「美味しい……」
つい、言葉が出てしまった。
それを聞いた彼女は満足そうに微笑み、自分の水筒から水を飲みながら「美味しいよね」と答えた。
「涼介くんは何でタワーシティに向かっているの?」
「タワーシティ?」
もしかして、森の向こうにある街のことかな?
「あれ?知らない?
ここから川に沿って、下流の方に向かうと着くんだけど——」
「ゴメン、僕は森の向こうにあるのが街という事だけしか知らなかったんだ……」
「あぁ、そっか——確か、君が来た方にあるのは村だよね?
だったら、名前知らなくても仕方ないか……」
村か——
「父親として接する事が出来なくてごめんな——
でも、寂しくなった時はこの"光"を見つめるんだ……」
改めて言うが、この言葉は僕の最後の思い出である。父はこの言葉の後に、僕に"光"を渡して、部屋から出ていった。
それから僕は真っ暗になった自分の部屋にて眠りについたが、眠りから解放された後には、それが何もかも変わっていた。
フカフカのベットからチクチクする草の上に、家の天井から青空に、
そして、村が——僕の故郷が——何もかも消え去ったのだ……
「それじゃあ、そろそろ水も十分飲んだことだし、出発する?」
晶紀の呼びかけによって、僕は思い出すのを中断した。
水筒を軽く上下に振ってみると、思ったよりも軽い水の音が鳴った。どうやら、僕は意識しない内に中々の量の水を飲んでいたようだ。
「うん、行こう」
僕はそう返事して、晶紀と共に再び歩みだした。
僕はこっそり、彼女の後ろ斜めの方を歩き、彼女の顔を見つめようとする——
——それを見た僕は、つい立ち止まってしまった……
「どうしたの?」
晶紀も立ち止まり、髪を靡(なび)かせながら、こちらの方を向いた。
「ゴメン、飛んできた虫にビックリしただけ」
僕は嘘を付いた。
「フフフッ——なーんだ、こっちこそビックリしちゃった……」
彼女は無邪気な笑いを見せた後、再び僕と共に歩き出した。
彼女はさっき——
とても、悲しい顔をしていた——
ハコキング No.11241015 2011年08月31日 03:22:51投稿
引用
初めてその目で見た滝に感動を覚えた僕は、足早に吊り橋まで歩いていく——
吊り橋の上を歩くと揺れるのが少し怖かったが、僕はそれでも歩みを止めずに歩いた。
「あっ、待ってよー!」
吊り橋の上をガタガタ歩く音がして、僕が歩いていったことに気づいた晶紀は慌てた様子で僕を追っていった。
吊り側の真ん中辺りまで付いた所で僕は足を止め、滝を見た。
「凄いなぁ……」
滝の水は途中で突起していた石に何度もぶつかることによって、真っ直ぐ流れずに、竜の胴体の如く湾曲していた。
言うなら、上から下に流れる川……
さっきの「強く降り注いでいく」という表現よりも「強く流れていく」という表現の方が合っているかな。
そして、滝の底には、少し小さく見える崖下の川があった。滝はそこで白く、巨大な水飛沫(みずしぶき)を上げていく。
「突然先行かないでよ——涼介くん……」
「うおっ!」
晶紀が思った以上に近くに居たのでビックリしてしまった。
恐らく揺らさない様にゆっくり歩いていたから、僕を追ってきたはずなのに来るのが少し遅かったのか……
暫く彼女の顔を見ていると、顔色が少し悪いことに気づいた。
「大丈夫……?」
晶紀は気まずそうな表情をしている——
「ゴメン、ちょっと高い所は苦手なだけなの——変だよね?」
最後の一言で僕はきょとんとした顔をした。
「どうして?高所恐怖症って、そんなに珍しい?」
「……とにかく早く行こ?もうお腹も空いているでしょ?」
晶紀に押される様に、僕は先に進んだ。
その途中——ふと、右の方を振り向くと巨大な金属でできている"塔"が見えた。
それは、物凄く高く、雲の上まで続いていた……
"塔"の中間辺りには何やら皿状の大きな足場が見える。
その足場に乗っているのは——街?
高い建物がいくつも見える。
次に塔の根元を見ると、その左側の方に、海に接している街があったのだ。
だが、その街は、手前、真ん中、奥の3つのエリアに区分されている様に見える——
「あの街がさっき私が言ったタワーシティね」
晶紀が少し息苦しそうな声で僕に街の事について説明した。
「タワーを除けば、エリアは3つに分かれているんだけど、吊り橋を渡ってその先にある階段を降りれば、最初に着くのは手前の"スター"というエリアだよ」
え?あんな、いかにも一昔前の田舎の町というような場所の名前が?
「"スター"ってあの星の?」
「うん。真ん中のエリアは"ムーン"、奥のエリアは"サン"って呼ばれていて、あの大きい塔は名前の通り"タワー"って呼ばれているんだ」
……流石に違和感を感じた。
「エリアと言っても街なのに、どうしてそんな微妙な名前を?」
「んー、確かに言われて見れば微妙なネーミングだなぁとは思うけど——確か、ナントカ占いが由来って話を聞いてことがあるよ」
「ふーん……」
無愛想な返事をしていた時に僕が見ていたのは、岸から少し離れたところにぽつんとある岩で出来た塔だ。
"タワー"よりずっと背は低いが、静けさのある海に孤立しながらも存在感を出しているのが印象に残る。
吊り橋を渡り終え、その先に見えた長い下り階段を降りた時——新しい街に踏み込んだ……
獅琉涼介の目的——
ハコキング No.11268803 2011年09月09日 02:42:41投稿
引用
上下左右の識別ができない、何もかもが真っ暗な空間の中——そこから、川の様に平行に流れる幻想的な色合いのレーザーが何本も現れた。
流れる光によって照らされたのは、分厚いコートと帽子を被った、深いあごひげが特徴の大柄でやや太り気味の男だった。
彼はこの不可解な空間で椅子に座り、煙草(たばこ)を吸っている……
「ようこそ」
男がそう言いながら椅子から立ち上がると、彼が座っていた椅子はゆっくりと消えた。
「私の名は"ガブリエル"と名乗っておこう。尤(もっと)も、ここで語るのは神の言葉ではなく、"この物語"だが」
ガブリエルと名乗った男は洒落を言い、笑う。
「今、あなたは"この物語"において、誰の物語にも属さない視点にいる。
だから私は、今、この物語の語り手となる事ができる」
ガブリエルは煙草を口から離した後、指を鳴らした。
すると、獅琉涼介の姿がこの場に現れる。だが、飽くまでも、それは姿に過ぎない。
「獅琉涼介——"この物語"は彼が森の中を踏み歩いている所から始まった。少なくとも、あなたの視点ではそうなるだろう。
でも、"獅琉涼介の物語"は10月の最後の日——つまり、彼の誕生日に父親が帰ってきた所から始まった。獅琉涼介は、寝る寸前に父親によって、最後の思い出である言葉と"光"を貰ったが——驚いたことに、目覚めた時には、彼の村は消えてしまったんだ。
彼は最初は訳もわからず、途方に暮れていただろうね。
しかし、彼は意外に冷静な性格だったのかな。太陽が南の空を過ぎる頃までには、父親が働いていたという街——タワーシティへと向かう決心をしたようだ。
そして、そこへの道となる森の中を歩いている途中に、ある出来事が起きたね。
森の道は大分険しかったので、途中で休憩をした獅琉涼介は、父親から貰った"光"と向き合いながら黙祷している時——」
ガブリエルはもう一度、指を鳴らし、今度は琳条晶紀の姿を獅琉涼介の隣へと呼び起こした。これも姿に過ぎない。
「獅琉涼介は、美しい少女である琳条晶紀と出会った。
都会的な服装から察するに彼女はタワーシティの住人である事には間違いないが、一体どういう目的で森の中に入ったのだろうね?怪しい言動も目立つが、彼女に企みは感じられないようだ……
まぁ、それはともかく、そうして彼らは吊り橋を渡り、タワーシティへと辿り着いた……」
——パチン……
これで彼が指を鳴らすのは三度目である。今度は、獅琉涼介の姿も琳条晶紀の姿もここから消えた。
「これで、今回の語りは終わりだ。また機会が来た時には、あなたがまたここへ来ることになるだろう……」
——◇——
海辺の田舎チックな街"スター"にある屋台にて、晶紀と共に温かい醤油ラーメンを食べながら、僕は彼女に、この後どうするのかを聞いた。
「実は私、"バー・アルカナ"っていう"ムーン"にある店でバイトとして働いているんだけど、そこでバーデンダーをやっている"ハトコ"さんっていう人が、結構、気前の良い人でね。その人が力になってくれると思うんだ。
だからその人の所へ行こうと思っているんだけど……」
「鳩……?」
「あっ、ゴメン、ゴメン。つい、あだ名で言っちゃった。
フルネームは"冴川鳩子(さえがわきゅうこ)"って言うんだけど、下の名前の"きゅう"って言う部分が、漢字で鳩って書くからハトコさんっていうあだ名が付けられているの。
まぁ、あの人もちょっと気にしているけどね」
晶紀は小さく笑った。
……にしても、ラーメンを食べたのは初めてだが、こんなに美味しいものだったとは——疲れた気持ちが無くなるし、心も体も温まる……
「にしても、美味しいなぁ——」
つい、声に出てしまった。
すると、鍋のお湯から出る暑苦しい湯気に包まれながらも作業をしているラーメン屋のおじちゃんは口をニヤリとさせた。
「そりゃあ、そうだ。このラーメンは、麺も、スープも、おじちゃんが編み出したものだし、具もこの近くで取ったものを使っているからね!」
おじちゃんにそう言われた僕は、更に食欲が湧き、そのままラーメンを夢中で食べ続ける……
そして、食べ終わった後は晶紀が金を払い、「ごちそうさまでした」と声を掛けた後に屋台から出ていった。
屋台から出て、この街の景色を見渡すと、夕方の赤い太陽に照らされた、瓦(かわら)の屋根の木造の家があちこちに並んでおり、少し離れた所に見える海も、夕暮れの赤い光によって、カモメの鳴き声と共にロマンチックに赤く輝いていた。
「ところで——」
僕はそう言いながら、海面上にそびえ立つ、岩の塔を指差した。
「この岩の塔は?」
「……凄いよね。自然の力でこんな塔が出来るなんて」
「……知らない?」
「うん——というより、本当に何も無いよ?中にあるのは階段と何かの広場だけだし……」
「そうか……」
僕と晶紀は海辺の駅を目指し、二人で一緒に坂の道を降りた。
にしても、見れば見るほど、この街は僕が住んでいる村にそっくりだ。違いとしては、瓦の屋根の建物ではなく、丸太組構法(まるたぐみこうほう)の住宅が多い点かな。イメージとしては、ヨーロッパ辺りの村を想像すればいい。
小さい駅から電車に乗り、都会的なエリアである"ムーン"まで着いた。駅は少し低めである上に、人が結構多かったので、晶紀と離れないか恐れていたが、同時に、初めてこの目で見る都会に好奇心を感じていたりもしている。
電車に乗っている時、窓からは海が見えたが、その時にはもうあの赤い陽は沈み、ここまで着いた頃にはすっかり夜になっていた。
……夜に見えるムーンの都会的な街景色に僕は完全に不意を付かれた。色とりどりに輝く、大量のネオンライトが、僕を街の中へと誘うかの様に街を照らしている。そして、人が多く居ながらも、何だか感じるサイレンス(静けさ)——
僕はこの光の景色に感動していた。吊り橋から見た時はあんなに印象が薄かったのに——
「このエリアはね、夜景が綺麗だから"ネオンの街"っていう別名があるんだ。昼はそこまで人がいるわけでも無いんだけど、夜になると人がホントに多いの。だから、レストランやクラブとかのお店が多いかな」
「でも、電機屋や洋服屋も結構多いよ?」
「確かにこのエリアは色んな店があるけど、洋服を買うんだったら“サン”に行ったほうがいいと思う。高いけど、お洒落な服が結構多いよ」
「へぇ……」
僕が初めて見る街並みに見とれていると、晶紀は「早くバー・アルカナに行こ」と言いながら、僕の手を引っ張った。
そうして辿り着いたのが、静かなストリート(通り)にあるレンガ建ての小さな店だった。店前に立ててある黒板にはこう書いてある。
『バー・アルカナ
AM11:00〜AM3:00,PM9:00〜AM1:00まで営業しております!』
女の人らしい字だった。しかも、その黒板が照明灯でライトアップされているのが、妙に不思議な印象を与える。いや、それよりも——
「あれ?まだ9時になってないよね?」
「あっ、大丈夫だよ。今頃、お掃除していると思うから」
晶紀はそう言い、店の扉を開けた。
ハコキング No.11286205 2011年09月17日 00:21:49投稿
引用
扉を開けると、それに張り付いてあったベルが鳴った。すると、「すみません、まだ営業準備中でーす」という元気な女の人の声が聞こえた。
その女の人は、バーデンダーの格好をした赤髪ロングヘアのボディラインの良い女性で、後ろ髪はゴムバンドを使って一本に纏めている、
彼女は晶紀を見て、一瞬驚いたが、すぐにニッコリと笑った。
「あれ、アキちゃん、どうしたの?」
「ごめんなさい、ハトコさん。ちょっと、山まで散歩に出かけたらボロボロの人が居たから……」
"ハトコ"と呼ばれた、バーデンダーの女性は、ボロボロの服を着ている僕を見ると話を分かってくれたらしい。
ここは本名を言わないとダメかな。確か——
「冴川鳩子(さえがわきゅうこ)さんですよね?」
「あっ、うれしい!カゲロウさんの他に、私の事を"きゅうこ"って呼んでくれる人って久しぶりなの!」
本当に嬉しそうに目を輝かせていた。まだ若いとはいえ、大人の女性とは思えない程の素直さだ。
「お客様にハトコばかり言われて誂(からか)われるせいで、あたし、本名をあんまり覚えられてないのよね……」
——それは可哀想に……
と、軽く心で同情した。
「さて、オープン前とは言えお客様には変わりないから——」
と言って、ハトコさんは僕に一番近いカウンター席にコースターを出した。
……何をすればいいのだろう?
「ほら、座って、座って」
晶紀はそう言って、僕の背中を軽く押した。僕はその優しい力に従うがままに、コースターを出された席に座る。
「何か飲み物はいりますか?
……あっ、もちろんお酒はダメよ?」
「分かってます」と笑って言った僕は、少しの間考える……
「じゃあ、アップルジュースをお願いします」
「はーい、ちょっと待っててねー」
ハトコさんは酒棚の下にある冷蔵庫からアップルジュースのビンを取り出し、食器棚から取り出したロングドリンクグラスの中に数個のキューブアイスを入れ、ピン抜きでアップルジュースの蓋を抜いた後にそれらを僕に渡した。
僕はおもむろにオレンジジュースをビンから氷の入ったグラスへと移し、それからゆっくりと飲み始める。
「ところで、キミって何処から来たの?」
僕は思わずぶるっと震え、グラスの中の氷を鳴らせてしまった。僕の見開いた目は驚いた顔のハトコさんを見つめている。
何と答えればいいのだろう?適切な返事が頭の中でどうしても思い浮かんでこない——と思っている内に……
「忘れました——」
「え?」
ハトコさんはびっくりした表情を変えないまま、こちらを見つめてくる。
晶紀はどう思っているのだろうかと思った僕は、後ろを振り向こうと考えてみたが、この沈黙した空気がそれを許さない。
そして、ハトコさんの口からこんな言葉が出てきた。
「もしかして、記憶喪失なの……?」
「……はい。覚えているのは僕の名前だけです」
でも、これは言っておこう。
「……名前は覚えています——」
そこから少しの間を置いた後に——
「涼介……獅琉涼介です……」
「獅琉涼介……」とハトコさんは僕の名前を、何回か呟いた——その内、彼女は「獅琉——」で言葉を切り、興味深いことを言った。
「何処かで聞いたことがあるような……」
「本当ですか!?」
僕はつい興奮して言ってしまったので、ハトコさんは少し困った表情になってしまった。
「あっ、うん——ちょっと、待っててね。思い出すから——」
そう言いながら、ハトコさんは難しい顔をしながら目を閉じた。自分で言うのもあれだが……
……獅琉なんていう苗字は余り見かけるものではない。
とすると、もしかしたらだ……
「獅琉秋人のことですか?」
「あっ、その人!」
ハトコさんは思い出せたことによるカタルシス(Katharsis)を感じたのか、さっきの僕と同じ様に少し興奮した様子で叫んだ。
それを自覚したハトコさんは「ごめんなさい」と言わんばかりの表情で、少しの間、口を止めた。
「と言っても、あたしが知っている事は少ししかないけど——
秋人さんは、“カゲロウさん”が仕事で何度も世話になった方で、何度もこの店に立ち寄ってくださったの。性格は温和で、このバーの常連様の全員が好感を持っていたわよ」
これはチャンスだと思った僕は、すかさず「その“カゲロウさん”と会うことはできませんか?」と聞いた。
「"カゲロウさん"に?あたしは良いけど、あの人は疲れているから、話は手短に済ませてもらえないかな?」
「はい、そうなるようにやってみます」
「ありがとね!じゃあ、カゲロウさんを呼んでくるから、ちょっとここで待っといて!」
ハトコさんはそう言って、カウンター奥の扉の中に入った。
……まさか、こんなにも早く、父親と関係がある人に会うことになるなんて思ってもいなかった。僕にとっての世界が消された時点で、当てなんてなかったのだ。
そういう意味では嬉しかったが——時として、真実よりも残酷なものはないという事は、僕ですら知っていた。
僕の故郷——言い改めて"ノスタルジアの対象"が消えた真実を聞いた時、果たして僕はどうなるのかな。
考えれば切りがなかった。
僕はこの胸苦しさを解消するために、アップルジュースを飲みながら、この店を見渡してみた。
店自体は、カウンターテーブルの7席しか無い為、結構狭いが——綺麗に磨かれている床、壁、カウンターテーブルを見るに、ハトコさんの様な若い女の人が経営している店とは思えない程、キチンとしていた。色んな種類の酒が入っている酒棚も、絶妙な明るさの電球に照らされ、綺麗に輝いている。しかも、ホコリが全く乗ってない。
……もしかしたら、バイトとして働いている晶紀がやっているのではないのか?
「ねぇ、晶紀ちゃんって、この店で何をやっているの?」
「テーブルと床のお掃除だよ。たまには電球の埃も取ったりするけど、ここまで綺麗にしているのは、やっぱりハトコさんのお陰かな。ハトコさんって、かなりのきれい好きで真面目な性格だから、いっつも店の中をピカピカに磨いているんだ。
凄いよね。夜中まで働くだけでも大変なのに、そこから、ここまで綺麗にできるなんて——
あっ、でも、仕事に一生懸命と言ったらやっぱり“カゲロウさん”かな」
「そういえば、カゲロウさんってどんな人なの?」
「一言で言えば、見た目がちょっと怖い頑張り屋かな?
頑張り屋って言っても、この世界でカゲロウさん程、仕事を真面目にやり遂げる人は居ないって言える程なの。それに、あの人ね、働きすぎて目の辺りが——」
晶紀がそこまで言った時、カウンター側の扉が開けられる音がした。
「はい、カゲロウさんだよ。目の辺りがヤバいカゲロウさんだよ」
「あっ、カゲロウさん……」
物凄く疲れている様子の声と共に、黒髪に渦巻き状のパーマをかけている男性が出てきた。特徴は——明らかに最初に言わなければいけないのは、目の下にある隈(くま)だ。尋常じゃない程の濃さである。
そのせいか、目付きも鋭く見え、どう見ても彼の表情は仏頂面にしか見えなかった。この人が本当に父の知り合いなのだろうか?
「まぁ、あんまりさ、隈の事は言わないでくれよ。仕事は好きでやっているけど、隈は好きで付けているわけじゃねーし」
壁に手を付けながら、口から放っているその言葉は、とてもふらついていた。
すると、男の後ろからハトコさんが出てくる。
「ごめんね……カゲロウさんはただでさえこんな感じなのに、最近は一日に1時間しか寝てないから、更に調子が悪いの……」
やっぱり、この男がカゲロウさんの様だ。本名は察するに“冴川影郎(さえがわ かげろう)”かな。なんていうか、名前のイメージ通りな気がする。
そして彼は、こちらを睨みつけてくる。いや、隈のせいでそう見えるだけかもしれないが……
「あー、喋る前にとりあえず座ってもいい?」
「あっ、いいですよ……」
カゲロウさんは僕の隣に座って、体ごとこちらに向けた。なんというか、目に恐怖を感じた。
「わりぃな、ビビる気持ちもよく分かるけど、本当に少ししか寝てねぇんだ。しかも、目をバッチリ開けられる気もしねぇし——あっ、鳩子ちゃん、いつものカクテル頼むわ」
「はいっ」
僕は心の底から、早く寝てください、と思った。
「んで、名前なんだっけ?」
「獅琉涼介です」
「あー、師匠の息子さんね。思い出した、思い出した。
あの人とは大学の講義で知りあってから、世話になってるけど、ご家族にあったのは初めてだな。確か、俺の年齢が23歳だから——世話になって、4年か」
「師匠って、どういう師匠ですか?」
「色々とあるけど、強いて言えば電子技術系かな。あの人はその分野の中では名高いんだぜ?」
「そうですか……」
でも、僕が今聞きたいのは、父の武勇伝ではない。
「ところで、今、父が何処に居るのか知りませんか?」
「ん?あの人なら昨日、家族の元へ帰るって言っていたけど」
「……聞きませんでしたか?僕、記憶喪失です」
僕はまた嘘を付いてしまった。
だが、カゲロウさんはそこで真剣な目になる。
「実は、昨日の昼にな——師匠が妙な事を言ったんだよ」
——暫く会うことはないだろう。
もし、私の息子がここへ来たら、私の部屋をそいつに貸してほしい——
「ってな。
しかもさ、理由を聞いても、教えてくれなかったんだよなぁ」
"暫く会うことはないだろう。"
僕はその言葉を頭の中で何回も呟いた。
つまり、僕の父は——
「消えることを知っていた……?」
「なにが?」
「あっ、いえ、何でもないです!」
危うく嘘がバレてしまう所だった——そう思っていた自分が何だか怖い。
……そうだ。今思えば、"光"と共に父から渡された、最後の思い出となった言葉にも、それを思わせることがあった。
「とりあえずさ——リョウちゃんも見るからに疲れてそうだから、ここで休めよ」
「いや、むしろ、カゲロウさんの方が休んでください」
突っ込んだのは晶紀だった。僕は物凄い共感を覚えている。
「うはぁー、痛い事言うなー。
でも、そう言えばさ、俺が世話になっているお医者さんがこんな事を言ってきたのよ。食べ物しか与えられてない奴、水しか与えられてない奴、そのどっちも与えられているけど寝かされない奴——
その三人の中で誰が早死にすると思う?」
まさか、この人——飲食すれば、寝なくても良いとでも言いたいのか?
そう思いながらも、渋々と「水ですか?」と答えると——
「寝ない奴が一番、早死するってさ」
「じゃあ、もっと早く寝てください……」
今度は僕と晶紀の声がピッタリと合ったので、ついお互いに笑ってしまった。
カゲロウさんは、にやけながら溜め息をつきながら、先程、コースターの上に出されたカクテルを半分まで飲んだ。
「まっ、俺も“リョウちゃん”も今はそんなに頭が回りそうにないから、今日は早めに寝るわ。起きてるのは鳩子ちゃんとアキちゃんだけになるけど、あんまし俺が寝ているって言うなよ」
「分かってますって」
そう言ったのは、ハトコさんだった。ところで、“リョウちゃん”とは僕のことだろうか。うん、そうに違いない。
「あっ、ちょっと先に師匠が使っていた部屋の整理してくるから待っててな」
そう言って、カゲロウさんはカウンター奥の扉の中へ入っていった。
「カゲロウさんどうだった?面白い人でしょ?」
晶紀が嬉しそうな表情を僕に向けた。
「確かに隈のせいで怖い人にしか見えなかったけど、意外に良い人だったね」
そう言いながら、彼が座っていた席を見ると、飲みかけのオレンジ色のカクテルが目に入った……
酒であるとは分かってはいても、ジュースらしい見た目と匂いが食欲を沸き上げる。
オレンジジュースを飲み干しても、その食欲は収まらないので僕は、つい言ってしまった——
「これ、ちょっとだけ飲んでいいですか?」
「カゲロウさんに分からないようにね?」
ハトコさんは悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべながら即答した。
そして、僕はグラスを手に取ってカクテルを少しだけ飲む——
トロピカルな味とクリーミーな食感は、僕のこれまでの酒の概念を覆すほどの美味しさである——
「美味しいですね……」
「ありがとね。結構フルーティーな味だから——って、あれ?リョウくん?」
ん?どうしたんだろう……?
……と、ここで初めて気付いた。何だか意識が朦朧としていて、目の前がどうなっているのかが分からない。そして、頭の中が回っているような感じがした。
「え、ちょっと、リョウくん!?」
今度は晶紀の声が聞こえてきた——そういえば、村でもちょっと酒を飲んだだけで、こうなったんだっけ……
第一章 終わり
ハコキング No.11289208 2011年09月18日 00:21:09投稿
引用
・獅琉涼介(隠者"ハーミット")
16歳の極普通の少年。特徴としては服装以外、描かれてないが、ある意味当然かもしれない。
故郷を失い、未だに心に残っているノスタルジアを心から解放する為にタワーシティへと向かった。
白い"光"を持っている。
・琳条晶紀(恋愛"ラヴァーズ")
涼介と同い年の極普通の少女。髪は栗色のセミロングで、右側にある細い三つ編みおさげが特徴。極普通という意味では涼介と同じかもしれない。
孤独になった涼介を助けた最初の人物でもあるが、互いに複雑な感情を抱いている。
・冴川影郎(剛毅“ストレングス”)
目の下の隈が怖い、クルクルパーマの若いお兄さん。23歳
常に疲れているのか、かなり適当な性格に見えるが、実は仕事熱心で面倒見もいい。
知り合いからはよく“カゲロウさん”と呼ばれている。
・冴川鳩子(節制“テンペランス”)
23歳にして“バー・アルカナ”の店主兼バーデンダーを勤めている、冴川影郎のお嫁さん。かなりの綺麗好きで、誰に対しても優しい性格。読みは“さえがわ きゅうこ”
容姿に関しては、後ろ髪を一本に束ねた赤髪ロングヘア、スレンダー体型の美しいボディラインと、隙がない。
せめて、キュウちゃんとでも呼ばれればよかったのだが、漢字を見ると“ハトコさん”と呼びたくなってくる。
・ガブリエル(運命“フォーチュン”)
“この物語”の語り手。
ハコキング No.11359435 2011年10月12日 01:25:53投稿
引用
第二章 優しき者"テンペランス"
上下左右識別不能な、何もかもが真っ暗な空間の中——川の様に流れる幻想的な色合いのレーザーが何本も現れた。
この前も見せた光景である。
「また会ったね」
そう言い放ったのはコートを着た、煙草を吸っている男——ガブリエルだ。今度は最初から立ちあがっている。
「獅琉涼介が琳条晶紀の導きによって冴川鳩子が働くバーに入った事によって第一章が終わり——第二章が始まった」
バー・アルカナの入り口がガブリエルの後ろに、ゆっくりと現れた。
「私は語り手に過ぎない存在であり、刑事でも探偵でもないが、これは言っておこう。
冴川影郎と冴川鳩子——諦めを知らぬが如く働き続ける男と綺麗な笑顔の優しい女——旅を始めてすぐに彼らに会えたという点では獅琉涼介は運が良かったのかもしれないが、彼自身が触れていた様にそれは本当に嬉しいことなのだろうね?
まず、彼にはこれまで知っていた人物の全てがどうなっているのかを知らないという大前提があるのだから、外との交流が最も深かった父がどうなっているのかすら分からない。
それに、彼はあの夫婦に"嘘"をついてしまったんだ。
嘘というのは必ずしも"悪"に属する行為でなければ、"正義"に属する行為とも限らない。
だが、嘘について、これだけは絶対だ。
"真実"には絶対に属さない……
彼が"真実"を求めるなら、最終的に嘘から帰らねばならない……」
そこまで言うと、ガブリエルはバー・アルカナのドアノブへと手を掛けた。
「さて、全ての者たちに"光"が配られた。獅琉涼介がどう物語を変えていくのかが楽しみだ……」
ガブリエルはポケットから藍色の"光"を取り出し、手のひらに置いたそれを暫くじっと見つめ——そして、それを握りしめてから、扉を開けた。
——◇——
眩しさを感じた所で僕は目を覚ました。目を開けると、白い天井とシンプルなデザインのシャンデリアが見えたが、今はその電球は付いてない。代わりに、朝の光が部屋を照らしていた。
ふかふかのベットの上で寝ていたことに気付いた僕は、僕の体を覆っていた掛け布団をゆっくりと前に出す。
ベットから起き上がると、すぐ前に仕事用のデスクの上に乗っている硬派なデザインのPCが見えた。
ここが父の使っていた部屋なのだろうか……?
ただやっぱり、周りの質素なデザインの家具は、仕事熱心で家族には優しいという父親にピッタリだった性格の彼に合っている。
——コンコン
右側にある扉から聞こえるノックの音の後に「入っていい?」という聞き覚えのある女の子の声が聞こえた。
「どうぞ」と返事を返すと、琳条晶紀が扉を開けて部屋に入ってきた。手には紙袋を持っている。
「大丈夫?急に倒れちゃったけど……」
「急に倒れた……?」
「ほら、お酒のせいで倒れたでしょ」
「あっ——」
僕はカゲロウさんが飲み残したカクテルを飲んだ後に、意識が朦朧(もうろう)としていたことを思い出した。
「その……カゲロウさんにバレた?」
僕が恐る恐るそう聞くと、晶紀は笑いながら「バレたよ」って答えた。やっぱりそうか。
「でもあの人、意外に優しいから、その程度じゃ怒らないよ。ほら、人は見かけによらずって言うでしょ?」
「そうか……」
でもやっぱり気不味さ(きまずさ)はある……
「まぁ、それはともかくとして——リョウくんの着替え、買ってきたよ」
「えっ、わざわざ買ってきたの?」
「うん、昨日の夜、帰るついでに買ってきたんだよ」
「あっ、ありがとう……」
何と言えば良いのか、優しすぎてちょっとズレているな、と思った。
「じゃあ、着替え終わったら一階のリビングに来てねー。カゲロウさんもリョウくんの話を聞きたいって言ってたし」
「うん、急いで着替えるね」
会話が終わり、晶紀は洋服の入った紙袋を僕の膝元に置いた後、部屋から出ていった。紙袋の中を覗く——
薄い青のジーンズ、長袖の無地の白Tシャツ、水色と薄い黒のYシャツ、黒い靴下、そして丁寧にパンツまで入ってあった。
——僕って、そんなにしっかりしてない性格に見られているのかな……
着替えを済まし、ボロボロの服から解放された僕は、その服のズボンのポケットから"光"を取り出し、今着ているジーンズのポケットに移す。その後に部屋の扉を開け、廊下に出た。
廊下を見ると、すぐ前に『優しくノックをするように』という文字が大きくプリントされてある紙が貼られている髪が見えた。どう考えても、この扉の先はカゲロウさんの部屋である。
でも、「家族や身内の人しか入ってこないんだったら、態々書かなくてもいいのでは?」という疑問が浮かび上がった。が、それはすぐに頭の片隅に置いておくことにする
次に左を振り向くと、右と左と奥とで三つの扉が見えた。奥の扉の上には大きな写真が飾ってある。
「これは……?」
写真に写っている風景を簡単に言葉で表すと、砂浜から見た海に浮かんでいる、てっぺんが丸い岩の塔だ。岩の塔は遠くの方に写っているものの、写真の写りが良いのか、四角く切り抜かれた様に作られた窓があちこちにあるのが見えた。
——吊り橋を渡っている最中にも見たな……
僕はこの写真に不思議な感覚を覚えながらも、さっさと廊下の右にある階段を降りて、リビングへと向かった。
階段を降りると、そこがリビングだった。開放感はそこまで無いが、玄関の傍の窓から漏れ出す光が、確かに朝を告げていた。
カゲロウさんと晶紀の二人は既に朝食のサンドイッチを食べている最中であり、二人して朝のニュース番組をじっと見ていた。
「おっ、リョウちゃんじゃねーか。酔いは覚めたかー?」
僕に気付いたカゲロウさんが気前よく挨拶をした。が、いきなり痛いところを付いてくる……しかも、目の隈はまだ残っているままだ……
僕のせいでまた遅くまで起きることになってしまったのだろうか……
「す、すみません——美味しそうだと思って、つい……」
「あー、いいんだよ、いいんだよ。若い頃はそういう失敗の積み重ねで成長していけばいいんだしさ」
「カゲロウさんもまだ若いじゃないですかー」
「あっ、そういえば俺って今23歳か……うん、アキちゃんの言う通り、俺もまだ若いな」
アキとカゲロウさんは楽しそうに笑っていた。
その中にいまいち、溶けこむする気が起きない僕を見たアキは、優しい眼差しで僕を見つめた。
「リョウくん、確かに気不味い気持ちは分かるけど、カゲロウさんもハトコさんも会ったばかりの君の事を心配してくれていたんだよ。
確かに、君のお父さんの知り合いだからっていうのもあると思うけど、こんなにいい人達に出会ったんだから今の内に悔いの無いように楽しまないとね!」
そうか……不安ばかり感じていたって、新たな悔いを残すだけか……
「……ありがとう。晶紀ちゃん——って、あれ?」
そういえば、ハトコさんが居ない。
「鳩子さんは何処に?」
「まだ寝てるぜー」
あんなにしっかりしてそうな人が、いつも眠そうなカゲロウさんよりも起きるのが遅い……?
「鳩子ちゃんな、生まれつき体が弱いのにバーを一回も休まずに動かしているから、時々本気で体調崩しそうになるんだよなぁ。しかも、昼にも動かしているし……」
「そうですか……」
「うん、だからなるべく鳩子ちゃんに無理させねーようにな。後、明るそうに見えて、意外に寂しがり屋なんだよなぁ……」
ハトコさんも大変なんだな、と思いながら、僕は空いてる椅子に座り、自分の分のサンドイッチを食べた。
「どう?美味しい?」
そう聞いたのはアキだった。そう聞くということは彼女の手作りか……
だが、確かに腹ぺこの時に食べる彼女の手料理は本当に美味しかったし、感謝の気持ちすら示そうという気にもさせた。
「うん、美味しいよ」
僕が笑顔でそう言うと、「ありがとっ!」と彼女は喜んだ。
が、その表情をずっとこちらに向けてくるので、恥ずかしくなってきた僕は、顔を赤らめた後にテレビの方に視線を逸した。
「素直になりゃいいのによー」
カゲロウさんは僕をからかってきたが、言い返すことすら出来なかった。
言い返せない自分に恥を感じているとき——僕の寂しさが証明される時が来た——
『次のニュースをお伝えします。発明家及びエンジニアとして有名な獅琉秋人氏が、昨日、11月1日から行方不明になりました』
が、カゲロウさんはそんな僕を見て真面目な表情を見せた。
「なぁ、リョウちゃん。確かに師匠は行方不明だけどよ。手掛かりは残っていると思うんだ。本人の行動から察してな。
だから、もし手掛かりとなるようなものがあれば教えてくれ」
「手掛かり……?」
……そう言われて思い浮かぶものは一つしかなかった。
——"光"
いつの間にか僕は呟いていて、ポケットから小さい布袋を取り出し、テーブルの上においた。袋の中からは微妙に白い光が漏れ出しているのを見て、カゲロウさんは目が醒(さ)めたような顔つきになった。
「……これが、手掛かりか?」
「分かりません。でも、これしかなかったんです」
僕がそう言うと、カゲロウさんは用心するような眼差しで布袋を見つめ、ゆっくりとそれを手に取った。
「開けてもいいか?リョウちゃん」
「はい、お願いします」
カゲロウさんは袋の紐を解(ほど)くと、中に入っているものを手に持ち、そして——それを外に出した。
「あ……」
カゲロウさんは自分の掌(てのひら)にある"光"をじっと見つめた。何度も確認するように見つめた。
暫くして、彼は呟いた——
「俺——これと同じもの持ってるわ——」
ハコキング No.11498504 2011年11月24日 00:57:34投稿
引用
様々な疑問が浮かび上がった。
「本当に……持っているんですか?」
いや、それ以前に僕は、卑怯にもカゲロウさんの言葉をにわかに信じることが出来なかった。
「ああ、今日起きた後に軽く俺の仕事部屋に向かったら、そこの机においてあったんだよ。マジで眩しかったから、あの時は目が痛くなったな——。まぁ、そんな訳で、適当に小さな袋の中に入れたけど、光る色はこれと違ったなぁ……。後、形も違うし……」
色と形が違う……?だったら、それは光るだけの別物では?
僕はそう言おうと思った。しかし、カゲロウさんは「眩しすぎて目が痛くなった」と言ったのだから、もしかしたら僕の持っている"光"と関係があるのかもしれない。それに、今もカゲロウさんは目を細めながら、手で目に光が入らないように防いでいる。
どちらにしろ——、見てみる価値はあるだろう。
「僕からも確認したいので、少し見せて下さい」
「オッケー。そんじゃあ、俺の部屋から取ってくるわ」
カゲロウさんは僕の"光"を小袋の中に戻してから僕に返した後、テーブルから立ち上がり、微妙にふらついている様子で階段を登った。
「待ってください」
その声はアキのものだった。彼女の表情から緊張が読み取れるが、一体何を言い出すのだろう?
——……
暫くの沈黙が流れ、カゲロウさんはついに「どうした?」と聞く。
すると、彼女は自分のポーチから何かを取り出した。
「私も持ってるの。"これ"を——」
アキは取り出した何かをテーブルの上に置いた。
そう、緑色に輝く"光"を——
「え?」
僕は思わず驚いた。色も違う——、形も違う——、でも僕は思った。
これは"光"だと。
そして、カゲロウさんが「これと同じ物を持っている」と断言した理由も何だか分かったような気がする。
「……おい、それ、マジかよ」
アキの持っている"光"をじっくりと見ると、僕の持っているような縦長の八面体——つまり、クリスタル状の様に単純な形ではないことが分かった。
一つの面が四角い渦巻きを描いた階段になっている正六面体が三つあり、それらが互いに繋がっているという、幾何学(きかがく)的かつ古代的な形だった。
「私も今日の朝、自分の部屋で見つけたんです」
彼女は表情をまだ変えていなかった。
「う、うん、運命共同体って何だかロマンチックだよな……」
カゲロウさんはかなり驚いて困惑している様子でサッと階段を上がっていった。
どうして、さっきはあんなに疲れた様子だったのに、ちょっと焦っただけで、こんなに元気よく動けるのだろうか……
上から扉を開ける音が聞こえたと思ったら、少しの間の後に、今度は閉まる音が聞こえた。
「さぁ、運命共同体よ——持ってきたぞ」
そう言いながら降りてきたカゲロウさんは、表情こそ笑ってはいるものの、目は困っている様子だった。無理も無いだろう。
彼が右手の人差し指で吊るしている小袋の中に"光"が入っているのだろうか?
「がんばってじっくりと見たり触ったりしたんだけど、この光る奴って鉱石だよな?」
リビングまで降りてきたカゲロウさんは、小袋から青い"光"を取り出し、僕とアキにそれを見せた。
僕の持っている"光"が白く輝いているのに対して、カゲロウさんのは青く輝いているし、細長の板の様な形状は僕の"光"の形とも、アキの"光"の形とも一致しない。確かに僕の持っているのとは違った。
しかし、これも絶対に"光"だ。
それから、少しの間、"光"に関する軽い議論が行われた。
まず、最初に出た疑問がアキの「こんなに光る鉱石なんて見たことがない」という言葉である。それに対してのカゲロウさんの現時点での答えが「極めて希少な自然鉱石か、特別な技術で精製した人工鉱石かのどちらか」ということだった。
カゲロウさんによると、発光する石自体は存在するが、"光"の様にここまで鮮やかな色で発光する石はやはり見た事が無いらしい。
次の疑問は"光"が何処から来たかということだ。
しかし、"光"が希少な自然鉱石だとしても、特別な技術で精製した人工鉱石だとしても、それについての手掛かりが手元に全く無いので、それを知るには——先に父を探すしか無い。
そこで議論は終わった。
「師匠を探す、か——。現状じゃあ、どう考えてもそこにしか辿り着かないよなぁ。
だって、今の所、これ("光")を直接渡されたのってリョウちゃんしかいねーし、しかも渡した本人がリョウちゃんの親父さん——改め、俺の師匠だろ?」
忘れるわけがない。この記憶こそが僕の感情を満たす一番の手掛かりなのだから。
「はい。確かに僕は父さんに"光"を渡されました
ところで、父さんっていっつも此処で何頼んでました?」
そう聞いてみたのは、単なる興味だ。
それに、酒飲んで倒れるというのは流石に遺伝であってほしい……。
「あの人いっつも、ノンアルコールカクテルしか飲んでないよ。理由は聞いても答えてくれなかったけどね」
アキが答えた。そういえば、カゲロウさんは仕事部屋に篭(こも)りっぱなしだから、知っている訳が無いか。まぁ、時々、バーの方へ降りて来て談笑はしそうだが。
にしても、安心した。
「でもさ、その父さん——改め、師匠は、残念だけど行方が分からぬ人なんだよな。
だからもう、これ("光")自体を調べてみようと思うんだ。だから、ちょっと二人が持っているのを貸してくれねーかな?」
「時間って、どれくらいですか?」
「んー、分からないけど依頼された仕事もう全部終わらせちゃったし暇だから、研究機関のサーバーへちょっとお邪魔するぜ。時間はかなり掛かると思うけど」
流石になんて言っているのかが良く分からなかった。
「まぁ、要はハッキングするんだけど、それで正午までに入れなかったら、科学のスペシャリストのダチに渡してみるわ。まぁ、恐らくそうなるだろうけど」
僕は生憎、父からコンピューター関係についてそこまで教わってないので、意味が分からなくて頭が混乱してしまった。父が自分から進んで教えてくれなかったのは、父自身が自分の道は自分で決めるという思考の持ち主だったからだろうか。時々、謎めいた事を言う人間だったが、人間的にはよく出来た人だったと思う。
話は戻すが、混乱しているが、僕はこのままだと自分が暇になってしまうというのは理解できたので、カゲロウさんに何をすればいいのか聞いてみることにした。
「と、とりあえず、その間に僕は何をすれば?」
「あっ、そうそう、忘れる所だった。本当はアキちゃんだけに頼むつもりだったんだけど、ついでにリョウちゃんにも頼んじゃおうか」
「あっ、"あんちゃん"にあれを届ければいいんですか?」
「そうそう。あれだ、あれ」
そう言いながら、カゲロウさんは椅子の下に立ててあった封筒をテーブルの上に置いた。この封筒の中に入っているのは何だろう?
「リョウちゃんに説明しとくけど、流石にスターってのが何なのかは分かるだろ?」
「えっと、この街のエリアの名前ですよね?」
「そうそう、そこの駅から少し離れた所に"星坂"っていう坂道があって、その坂の砂浜の近くに駄菓子屋があるんだけど、そこを経営しているロシアンハーフの女の子に届けてくれ」
「はい、分かりまし——」
ん?確かさっきは"あんちゃん"に届けろって言って、今度は"ロシアンハーフの女の子"に届けろ——。あんちゃんとは何者なんだろう?
「"あんちゃん"ってどんな人なんですか?ロシアンハーフの女の子って言ってましたけど……」
「あっ、わりーわりー。"あんちゃん"ってのはあだ名なんだ。そのロシアンハーフの女の子のな。
本名は"閏宮アンナ(うるみや あんな)"っつうんだけど、そこまで言ったら、何でそのあだ名になったか分かるよな?」
「はい」
あんちゃん——、閏宮アンナ、のアン——、アンちゃん——。なるほどな。
ロシアンハーフと言っても、あだ名で“あんちゃん”なんて呼ばれる位だから、男らしい外見だったりするのだろうか?もしそうだったら——怖いな。
「まぁ、そんな感じでアンナちゃんに届けるんだけど、このおつかいにはもう一つ意味があるんだ」
「もう一つ?」
「リョウちゃんは師匠が見つかるまでこの街に居続けるんだろ?だったら、ある程度この街の形を覚えたほうがいいぜ」
「えっ、ということは……?」
「決まってるじゃねーかよ。だって、師匠の子供なんだろ?」
カゲロウさんの言葉を聞いて、僕は嬉しいと言うより申し訳ない気持ちになった。なぜなら、僕は嘘つきだから。自己嫌悪に陥っているから。
「という訳で、この封筒を"あんちゃん"まで頼むぜ」
僕は何も考えず、黙々と封筒をカゲロウさんから受け取った。
「あっ、そうだ。リョウちゃんも、あれ渡してくれよ」
あれと聞いて真っ先に思い浮かんだのは“光”だった。
大切なものではあるが、今は何に使うか分からないので、僕やアキが持っていたって意味はないだろうと思った僕はそれを袋の中に入れたまま、カゲロウさんに渡した。
「ほい、ありがとうな。大切に預かっておくぜ」
カゲロウさんにそう言われた後、僕はアキに引っ張られるように玄関へと向かった。僕の靴がもう既に置いてある。
態々、丁寧にそこまでしてくれたのか——と思い、まさかと思ってアキの方を振り向くと、笑顔でこっちの方を向いてた。
「あ、ありがと……」
「どういたしまして」
——流石に一々、戸惑うのも疲れるな……
僕は何とか作り笑顔で返しながら、扉の方を振り向き、靴を履いた。アキが「いってきます」と元気よく叫んだ。
「おう、気をつけてなー」
「はーい!」
扉を開けると、外に出た僕らを夜明けの光が迎えた——