高村光太郎
※ステータスは初期値と()内に最大値を記入予定No.36 高村光太郎 | |||
CV:森田成一 | レア | 無 | |
派閥 | 明星 | ||
武器 | 銃 | ||
精神 | 安定 | ||
ステータス | |||
攻撃 | 169() | 防御 | 115() |
回避 | 64() | 技術 | 47() |
天才 | 48() | 美 | 43() |
主題 | 42() | 真実 | 44() |
文学の分野では詩人として活躍しているが、
その他にも彫刻や絵画、書道など多彩な才能を持つ。
武道の心得もある一方で戦いは悲しみを生むだけと考えており、
浸食者と戦わなければならないことには少し複雑に感じているようだ。
彫刻に適した木を見ると周りが見えなくなる。
有碍書 | 文豪 | 発生 | |
ろ「手袋を買いに」 | 石川啄木 | 戦闘前 | |
ろ「蝿」 | 北原白秋 | 戦闘前 | |
へ「注文の多い料理店」 | 宮沢賢治 | 戦闘前 |
・い「歌のわかれ」
・い「夫婦善哉」
洋墨 | 時間 |
400 100 50 | 1:00:00 |
文豪 | 洋墨 | 栞 |
◆レシピ一覧はこちら
1983年3月13日-1956年4月2日
光太郎の本名は「みつたろう」と読む。
1897年、共立美術学館予備科を卒業し、東京美術学校彫刻科に入学。
文学にも関心を寄せ、在学中に与謝野鉄幹の新詩社の同人となり『明星』に寄稿。
1902年に彫刻科を卒業し研究科に進むが、1905年に西洋画科に転科。
1906年より留学に出て、ニューヨークに1年間、その後ロンドンに1年間、パリに9ヶ月滞在し、1909年に帰国した。
1914年に詩集『道程』を出版。
同年、長沼智恵子と結婚した。
1929年、智恵子の実家が破産し、この頃から智恵子の健康状態が悪くなり後に統合失調症を発病。
1938年、智恵子と死別し、1941年に詩集『智恵子抄』を出版。
※参考資料
https://ja.wikipedia.org/wiki/高村光太郎
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